192 CAPSULE TASTE
ガイア・ノアの位置、それは何度も来た事のある場所だった。
「ここはブライアン公園じゃないか」
去年の映画撮影時に利用したし、なんなら先月、ショーでの体づくり
の為にランニングもした。
自然溢れ、道端に寛いでる人達がいる何の変哲もない公園。
この場所にもの凄い最先端設備があるっていうのか?
「ユッキー、キョロキョロしても意味ないよ。アンダーなんだから、あるのは下だね。この場所の地下深くに僕達の目指す場所がある」
「なるほど」
それぞれが公園の草花や施設を互いに確認出来る位置で観察していた。
エーデルは、何かを探すように少し離れた場所へと歩いて行った。
「そこで何をしているんです?」
声の主はセカンド。
セカンドの方を見ると、誰かが草陰から出て来た。
「いやー、見つかっちゃったっス」
首にカメラをかけ、腕に買い物袋を下げた男。
よく見たらパステルと一緒にいたアンドロイドじゃないか。
俺は見つかったアンドロイドの元へ行く。
エーデル以外が、その場所に集まった。
「皆さん、揃いも揃ってピクニックっスか?」
「まぁ、そうですね。えっと、今はパステルのカメラマンですよね? お名前は何でしたっけ」
「今は二号って呼ばれてるッス」
二号か……。映画撮影の時はただのカメラマンアンドロイドだと思ってたけど、彼のモデルとなった人物は、ガイア・ノアの地下深くでコールドフリーズされているはずだから……謎が多いし、危険人物ならぬ危険アンドロイドだよな。ただ、俺は彼からカメラの扱い方とか教わってるし、あまり悪くは思いたくないんだよな。
「二号はブライアン公園に何用で?」
「主が作業で缶詰状態だから、買い出しを頼まれてその帰りだったっス。そんな時に、とてつもないオーラを放つ集団を見かけたので、つい後をつけちゃったっス」
「まぁ……そうだな」
俺も似たような集団を見かけたら気になるかもしれん。
「あの、銀髪のおじさんはいないっスか?」
「ん?」
エーデルがいない。
俺はナノマシンネットワークを使ってテレパシー会話を試みた。
『エーデル、今何処にいる?』
『いや……ちょっと探してる場所があって』
『なら、俺達も探すよ』
『ありがとう。GPS機能を辿ってくれ』
俺は皆に声をかけて、エーデルのいる場所へと向かった。
エーデルは、芝一面のエリアにいた。
「エーデル、探しものは見つかったか?」
「いや、無い。無理もないか、もう五百年以上経っているし」
「何を探してたんだ?」
「この辺りで、母さんの墓を兄さんと一緒に作ったんだ」
「エーデルのお義母さんって、この場所で亡くなったのか?」
「違う。あの時は、時間と場所を選べなかったから……この場所は母さんとは無縁だったけど、その時の気持ちとして、お墓を即興で作ったんだ」
皆がしんみりしていた所、二号が地面を指差した。
「ここ、タイムカプセル埋まってるっスよ」
「……!?」
驚いた表情のエーデルは、地面を必死に堀った。
出てきたのは、親指と人差し指でつまめる程度の大きさのカプセル。
パカッと開くと、折りたたまれた紙。
広げて見てみると、ハンバーガーの絵。
レシピのようだった。
「エーデル、なになに?」
「ハンバーガーのレシピだ……」
「何でハンバーガーのレシピがタイムカプセルに入って埋まってるんだ?」
エーデルは口を押えている。
驚きが収まらない様子だ。
「この場所は何度も都市開発が行われた場所だから、その度に工事に携わった人が埋め直してくれたんだね」とフリージオが言った。
パンッとセラちゃんが手を叩く。
「このハンバーガー、作ってみませんか?」
「イイネ、イイネ」
セラちゃんの意見にフリージオが賛同する。
「マーティンさんも参加します? ショーの時はお世話になりましたし」
マーティン……二号の正式名称か。ショーの時? あぁ……プロのカメラマンを雇うって、二号を一時的に雇ってたのか。
「ウッス」
プラチナフィストの話し合いが行われた部屋とは、別の階の調理が出来るスペースを借りた。材料の買い出しは、セラちゃんとセカンドがしてきてくれた。
調理スペースと材料が揃う頃には夕方になっていた。
エーデル主導で、料理経験豊富なセラちゃんとセカンドがサポートに入り、ハンバーガー作りがスタートした。
フリージオとクレイは、飲食スペースでワインを嗜んでいた。あそこだけ、ベルばらの空気になっている。相変わらず二人が揃うと少女コミックの世界だ。
残されたのは俺と二号。
調理手伝えって話だが、俺はカメラの扱い方を二号に教わっていた。
「ちょっと、質問いいスか?」
「何ですかい?」
「あのセカンドって人、何者なんスか? 自分が最初見た時と、見た目が変わってるんスよ」
「いや、俺もよく知らない……」
俺達の会話を聞いてか、セカンドがこちらに来た。
「二号さん、ショーでの時は大変お世話になりました。ですが、詮索はやめてもらえませんか?」
「またまたぁー自分の事、泳がしているくせにぃ。あんまそんな事してると可愛くなーいぞっ!」
「貴方もコソコソ嗅ぎまわって、パステルさん意外にも主がいらっしゃるのではないですか?」
二号とセカンドの視線の間にバチバチと火花が散っていた。
もしかして仲が悪い? 愛称、ルーツが同じだから同族嫌悪になっている? 二号はパステルに使われている。セカンドはフリージオのSPみたいになっている。
まるで、忠犬と番犬の争いですけん。
「ちょっと、ちょっとぉ、AI同士仲良くしてぇ!」
「ゆきひとさん、別に私は二号さんの事が嫌いではありませんよ。ただ、同類だと思われたくないだけで」
「自分も、ただセカンドさんの事が気になっただけっス。どういう経緯で、王子の狛犬なったのかなって」
やっぱりピリピリしてるじゃねーか!
「ゆきひとさん、ナノマシンを強化すれば、遠く離れた聴き辛い音声も拾うことが出来ます。試してみて損はないですよ」
「あ、そうですね」
「ただ今後、最新型のナノマシンに交換した方がいいと思いますので、それから慣らした方がいいかもしれませんね」
そうだよな。
ハーディAも、ナノマシンネットワークに侵入しやすいと言っていたし。
今の状態では、ナノマシン自体が重荷になってしまう。
「ハンバーガー出来ましたっ!」
セラちゃんの大声に、俺達は招集された。
「こ……れ?」
あまりふっくらとしてないハンズ。
そこまで厚くないビーフ。
そして、言っちゃ悪いがあんま美味しそうじゃない!
「皆さん、これがレシピ通りですよっ!」
皆の反応が薄いから、セラちゃんが不安になってる。
いや、皆じゃない。エーデルだけ目を輝かせて見ている。その目のまま、出来上がったハンバーガーを一口。
「美味いっ! いや……美味いというか、懐かしい……」
「懐かしい?」
「この味……最初に国内に出来たハンバーガーショップの味なんだ。再現度がとてつもなく高い」
エーデル、目をウルウルさせている。
「私、人数分作るので皆さんも食べて下さい!」
それから、セラちゃんはハンバーガーを人数分作って、それぞれがハンバーガーを口にした。皆「うん、うん」と言っている。
「エーデル、美味いよ! 多分、めちゃめちゃ美味いよ!」
「気を使わなくていい、ソ連時代のハンバーガーを再現している訳だから、現代のハンバーガーに比べて品質は劣る。懐かしいなぁ、どうしてもハンバーガーを食べたくて兄さんにせがんだんだ。……兄さん、料理人になれたんだな」
エーデルは顔を腕で隠して、バルコニーに出た。
皆から、追え、追え……というような視線を感じたので、エーデルの後を追った。バルコニーからはニューヨークの夜景が見えていた。黄昏の紅もうっすらと見えている。
バルコニーの手すりに掴まって、エーデルは百万ドルの夜景を眺めていた。
「不覚にも、感動してしまった……」
「よくわかんないけど、よかったな」
「あぁ、よかった。まさかここにきてこんな気持ちになるとは」
「俺も何だか、もらい泣きしそうだよ」
「ゆきひと、僕があの時のハンバーガーの味を覚えているという事、それは僕達がクローンではない証だと思う」
「うん……だといいけどな」
「あの暴走した博士も言っていただろ、ゆきひとは希少価値が高いと。クローンであれば、あの言葉は出てこない」
「そう言えば、そうだな」
「ゆきひと大丈夫だ。僕達はオリジンだ!」
タイムマシンは絶対にある。
エーデルとの会話は食事と共に弾んだ。
でも今は、何だっていいんだ。
よくわからない感動が、胸をいっぱいにしてくれたから。
俺達はまた、新たなステージへと昇って行った。