189 SUN&MOON
年明けを皆と祝ってから数時間後、疲れ切った俺は、Hunk Stageのオーナールームのソファで爆睡した。目が覚めると夕方になっていて、ショーを披露した部屋に行くと、既に撤収作業が完了しており、もぬけの殻状態になっていた。
誰もいない部屋の椅子にネネさんがおり、見知らぬ女性とお喋りをしていた。
俺の存在に気が付いたネネさんは、俺を呼び、話していた女性に俺を紹介した。流れで俺はその女性と握手。彼女の名前はリン。昨日のショーに観客として招かれていた客の一人だった。見た目年齢三十代のリンさんは「またお会いできるなんて、光栄です」と言ってきた。俺は「ん?」と思って「何処かでお会いしましたっけ?」と返した。リンさんは少し申し訳なさそうな顔をして、オーストラリアで俺がサーフィンをしている姿を隠し撮りし、ネットにUPした事を謝罪してきた。
あぁ……あの写真をUPした人なのか。
そう言えば、コメントに書かれたあの涙の絵文字は一体何だったのだろう。
そんな事を考えている内に、一緒に食事をしてお話する流れになっていた。
ディナータイム。
ニューヨークの高層ビルにて、金持ちしか利用しないような豪華な食事処で、俺とエーデルとネネさんとリンさんで食事をした。
俺以外の三人は場に溶け込んでいたが、俺は何か浮いている気がして少し恥ずかしかった。
サーフィン写真の悲しみのコメントについてだが、「ソル」というアンドロイドと俺のサーフィン姿が重なって、ああいう形になったらしい。
リンさんは、ソルの大ファンで追っかけをしていたのだが、今年……じゃなくて、昨年の三月に鮫に襲われて亡くなって以来、気落ちしていたのだという。ショーを見て元気が出たらしいが、俺はソルというアンドロイドの方が気になった。
昨年の三月に鮫に襲われて亡くなった……?
それだと、ニューヨークの事件より以前の話になるが、原因が鮫だからアンドロイドの暴走事件からは除外されているのだろうか。
俺はソルの事を詳しく聞いた。
ソルは、オーストラリアでは有名なアンドロイドだったそうで、サーファー兼エアーズロックの観光案内の仕事をしていたのだという。
ソルは、昨年三月の中旬にサーフィンを楽しんでいた所、鮫の化け物に襲われて粉々に砕かれたのだという。何だよ鮫の化け物って……。
ソルの死後、ネット上に彼の名前を書き込む事ができなくなって、あの涙の絵文字で感情を表すようになったのだという。不思議な事に、彼に関わる名前は書き込めないのだが、ソルト(塩)や別の意味だと書き込めたらしく、昨年のクリスマス辺りからは、復旧したのか、普通に書き込めるようになったらしい。
「不思議ねぇ」と言って、ネネさんとリンさんは笑い合った。
不思議話に続いて、ネネさんは推しアンドロイドであるクレッセントの思い出話をしてくれた。三十年ほど前、劇場のオーナーをしていたネネさんの元に「ストリップ俳優として仕事がしたいです」と、クレッセントが訪ねて来たのだという。クレッセントの容姿を見て、ネネさんは顎が外れるほど驚いたそう。なんでもクレッセントは、ネネさんの推し俳優であった「クレス・ラット」の若い頃にそっくりだったのだ。クレス・ラットという人物は、ハリウッド最後の大物男優で、男優がほとんどいなくなった社会では常に注目を集める存在だった。
当時のお気に入り写真を見せてもらった。
クリス・ラットと体格のいい男性が肩を抱き寄せ合って笑っている写真。共に四十代に見えるが、実年齢はもっと上だろう。
リンさんが、体格のいい男性の映った写真の上に、ピンクのマニキュアのついた指先を添えた。体格のいい男性の名前は、シュー・キングス。彼も俳優をしていて、ファンの間では、シュー様という呼ばれ方をしていたのだという。オーストラリア出身で、アクションがメインの俳優だったそう。このシュー様、リンさん曰く、ソルと容姿が酷似しているらしい。
クレスとシューの二人は、特に仲が良く友人という関係ではあったのだが、当時、二人のベットシーンの写真が流失し、物凄い話題になったのだという。
ネネさんとリンさん爆笑。
彼らは同性愛者ではなかったが、女性相手も飽きたし、俳優として研鑽を積みたいと、男同士で寝てみようという話になって、行為に至ったとの事。そのスキャンダルはマイナスには働かず、更にファンを増やしていった。
ネネさんは「今では全てがいい思い出」と言ってワインを一口。
思い出に耽っていた。
ディナーが終わって、高級レストランの外へ。
俺とエーデルは、ネネさんとリンさん、それぞれにハグをする。
俺達が感謝の言葉をかけると、ネネさんは「貴方たちは、まるで太陽と月のように輝いていた。全く違う境遇の元に生きたのでしょうけど惹かれ合っていると思うわ。今日は若かりし生きていた時代の、クレス、シュー様と食事が出来たようで嬉しかった。夢のような時間を与えてくれてありがとう」と涙ぐんで言葉を紡いだ。
俺はもう一度、ネネさんにハグをして彼女達と別れた。
フリージオの用意したニューヨークのホテルに向かう。
部屋に着くと、俺はふかふかのソファに項垂れた。
すると、後ろからついて来ていたエーデルが「もしかして、人間らしいアンドロイドには、それぞれモデルが存在するんじゃないか?」と疑問を投げた。
それは俺も感じた事だ。
クレス・ラットの若い頃に似ている、ポルノロイドであったクレッセント。
シュー・キングスと酷似している、オーストラリアにいたアンドロイドのソル。
クレスとシューの仲は良好、ソルは太陽、クレッセントは月の意味があり、全くの無関係だとは思えなかった。
ソルとクレッセントは、シューとクレスをモデルに作られているのではないか?
早速、クレスとシューの情報を脳内のナノマシンでググった。
クレスは、ハリウッドで大物になる前、若かりし頃にストリップショーに出ていた時期があったらしく、苦い経験だと話していた。
シューは、オーストラリア出身でソルと同じ出身国。互いにサーフィンが趣味。
これは……間違いないのでは?
エーデルとその事で少し話をした後、俺はふかふかのベットに移った。
エーデルはクレスという名前が気になったようで、何かを思い出そうとしていた。それが気になって、俺も考えたが、何時の間にか寝てしまった。
二八二七年一月三日の昼時。ニューヨークの某ビル前。
俺とエーデルは、去年、バトラーズ・エンジェルの映画撮影で使った一室へと向かった。そこで、俺、エーデル、フリージオ、そしてクレイを含めた四人で話し合いが行われる。やっと、やっとだ。今まで抱いていたフリージオとクレイの関係性を含めた謎が明かされる時が来た。アンドロイドの暴走事件についても進展があるだろう。俺の胸はドキドキで満ちていた。
指定の場所にクレイがいた。
凛とした佇まいの麗人は、相変わらず隙の無い雰囲気を見せていた。
約八か月ぶりの再会。あまり変わっていないように感じたが、少し空気感が柔らかくなったようにも思えた。
「おっ、久しぶり! クレイ師匠、元気だったか?」
「久しぶりだな。思ったよりも元気そうだ。それより師匠とはどういう事だ? 弟子を採った覚えはないが」
「それはこっちが勝手に思ってる事だから、気にしなくていいよ。そうそう、紹介するよ、俺の後ろにいるのが、エー……」
エーデルの方を向くと、彼は超高速のムーンウォークで後ずさりした。
「どうしたんだよエーデル。クレイがそんなに怖かったか?」
「いや……クレイ……何処かで聞いた事がある名だと思ったが、貴方でしたか」
ん……? 知り合いだったのか?
「ゆきひと、以前メンズ・オークションから逃げた男を捕まえた事があると話しただろう。それが彼だ。我々は初対面ではない」
あ……なるほど。
「まさか……ゆきひとの師匠が、クレイサンだったとは」
エーデル、クレイに何か……物凄くビビっているな。
「エーデル殿、あの時は生意気な事を言ってしまい、申し訳ありませんでした」
クレイが、エーデルにお辞儀をした。
「あの時の事は……もう気にしてない」
クレイが顔を上げる。
「ロシアのメンズ・オークション、あれからもう五年ですか。エーデルさん、随分と雰囲気が変わられましたね」
「自分では、どう変わったのか……よくわからないのだが」
「あの施設で初めて会った時は、この世の全てを憎んでるような、そんな殺気を感じました。今は雰囲気が柔らかくなったというか……隙だらけです」
「それは……気をつけねばな。……悪い意味ではないんですが、クレイサンもあの時とは違うように感じます」
「私も色々ありましたからね」
何だろうこの二人。
友人と師匠の初対面かと思いきや、互いに尊重しあって分かち合えている。
これはちょっと……萌える。
「みんなー! みんなじゃないけどみんな集まったー?」
含みを持たせ、モデルのような足さばきでフリージオが登場した。
満を持してといったオーラをフリージオから感じた。
聞きたい事は山のようにある。
俺は息を呑んだ。