188 STRIP STRAP
happy new year!
ニューヨークの街並みに色とりどりの紙吹雪が舞った。
網を張り巡らせたストリートにはたくさんの人達。
そんな人の波に揉まれて、Hunk Stageで関わった皆と年越しを祝った。
俺がエーデルとモーテルの屋上で語り合ってから二週間、その間に様々な出来事というか、とても濃い体験をする事が出来た。
天体観測をした次の日。
アスカに叩き起こされて目が覚めた。
アスカの部屋に行くと、パソコン画面に謎のカウントダウンが表示されていた。
フリージオがそれを見て「このモーテル、爆発するんじゃない?」と言いだし、アスカは耳を抑えて絶叫した。ムンクの叫びに近い表情を生で見た。
俺とエーデルは、アスカに促されて、彼女の大事な物を野外に運び出す事となった。パソコンは勿論、ヘッドマシーンや目隠ししてあった棚の物など。
棚に何があったのかというと、モンスターのフィギュアの数々があった。ジュラシックバスターのトランプに描かれていたモンスターに似てたので、多分、ジュラシックバスター関連のフィギュアだったのだろう。隠しておきたかったのだろうから、フィギュアについてのツッコミはしないでおいた。
アスカの必要な物や俺達の荷物を運び出した数時間後、モーテルは爆発音を発しながら燃え上がった。俺達はその状況を、ただただ見守る事しか出来なかった。
日が落ち始めて夜が見え出した頃で、燃えさかる炎は赤々と滾っていった。それを近くで見ていたアスカは、膝を付いてショックを受けている様子だった。
生まれ育った場所かはわからないが、長年住み慣れた家を失ったんだ、気落ちしてしまうのは当然だと言える。
フリージオは「やっぱり警察に繋がらない」と言った後、携帯端末を炎上したモーテルに向けた。撮影した様子を警察に提出するつもりなのだろうか。
冷静すぎるフリージオに少し怖さを感じた。
モーテルの火災の件は、フリージオが担う事になり、俺達は一足先にニューヨークへ行く事となった。なんと、アスカも「ニューヨークに行く」と言い出したので、少しの間、共に行動する事に。
持てる分の荷物は持ち、残りはフリージオに手配してもらってアメリカに送るという話になった。
クレイ師匠との話し合い日程までまだ時間があったので、フリージオと別れた際に貰ったメモの場所へ行く事にした。メモには建物の名前と住所が書かれている。英語だったのでチラ見した程度ではどういう場所なのか認識しない形でズボンポケットに入れた。その時はニューヨークに着いてから確認すればいいだろうという軽い気持ちだった。
行きが怖かったバスに乗り、帰りは穏やかな気分で乗車していた。窓越しの青黒く染まった平原を見ていたが、あの変なアンドロイドが窓に張り付いてくるかもしれないと思ったら、自然と窓から離れて内側の席に移動していた。
ニュージーランドの空港で誰がチケットを取りに行くか、少し揉めた。
先導してくれたのは渡航歴の多かったエーデルで、チケットを三枚分取ってきてくれた。……多分、このチケットでアメリカに行けるはず。
その場にいた全員が、この時代の交通機関に不慣れで、この時、フリージオの有難みをひしひしと感じたのであった。
ニュージーランドからアメリカへの渡航は、約半日かかる。
俺とエーデルは疲れもあって、その殆どを寝て過ごした。
意識を取り戻した時に、アスカのいる席をちょいちょい見た。彼女はずっとノートパソコンのキーボードをカタカタと弄っていたようで、真剣な眼差しで画面に対峙していた。彼女のバイタリティの凄さを、薄い意識の中で感じていた。
アスカとはニューヨークまで一緒に行動した。ランチも一緒に食べ、彼女は明るく振る舞っていた。出会った時の、ムスッとした印象はもうそこには無かった。
アスカは「ニューヨークで会ってみたい人がいる」と言っていた。その人はアメリカのニューヨーク出身で、彼女にとって物凄い憧れの人物なのだという。俺はアスカに「会えるといいね」と言ったが、俺自身は会いたい人に会えない状況だったので、内心複雑な心境ではあった。
グランド・セントラル駅の構内で、アスカと別れの挨拶を交わした。その時に何気ない感じでフルネームを聞いた。
彼女の名前は「アスカ・クライムハザード」という名前だった。その名前のかっこよさに、思わず「かっけぇ」と呟いてしまった。
俺とエーデルは、夜のカーテンが下りたニューヨークの街並みを歩きながら、フリージオから貰ったメモを見て目的地を目指した。もうすぐクリスマスという事で、街全体が馴染みのある冬化粧をしていた。心なしか鈴の音も聞こえてくる。
改めてメモに書かれた文字を見ると、「Hunk Stage」と書かれていた。意味を調べる内に嫌な予感がしてきた。そんな最中、目的の建物に着いた。
ダーティなネオンが煌びやかに光り、来るものを誘ったら逃さないような出入口をしていた。違う建物かもしれないと思って辺りをみたが、名前と見た目が一致する場所は、ここ……しかなかった。
こんなん絶対、ストリップ劇場じゃねーか!
エーデルと共に入口付近でまごまごしていると、「あらー!!」と大声を出した老年の奥様が、ふくよかなバディを揺らしながら駆けてきた。
「貴方たちが、フリージオちゃんの紹介で来たハンサム君達ねっ!」と大奥様は言った。その言葉を聞いて、色々察した。
異様な輝きを放つ店内を通過し、オーナールームに案内された。そこで自称八十代、見た目年齢四十歳の大奥様、ネネさんから詳しい話を聞いた。この「Hunk Stage」というストリップ劇場で、今年の四月まで働いていたポルノロイドである「クレッセント」というアンドロイドが、警備アンドロイドに襲われて破壊されるという事件が起き、それ以来、この店の活気が失われたのだという。
クレッセントは、Hunk Stageにおいての看板ポルノロイドで、一夜で最高百万ドルをも稼いだとされるストリップ界の伝説的スターだった。
色気のある品やかな動きは他の一般アンドロイドでは真似できず、彼無しでの経営は成り立たない状況になっていったのだという。彼がいなくなってから売り上げはガタ落ちし、今年いっぱいで店は閉めるとの事。
そこで、最後に一花咲かせる為、俺達にストリップショーに出ないかと交渉してきた。正直な所、俺はちょっと出たいという気持ちがあった。
ベスト・ワイルド・ジャパンやメンズ・オークションのようなステージイベントは活気があって好きだ。目立つのも嫌いじゃない。
それに、モーテルで溜まった鬱屈した気分を発散したいとも思った。
俺は、そーっとエーデルの方を見た。
エーデルはスィっと目を逸らした。
俺はエーデルの肩をガシッっと掴み「出よう!」と言った。エーデルは「君が出るのは構わないが、僕は……少し考えさせてほしい」と言って悩んでいた。
俺は「出ますっ!」と言って、ネネさんと固い握手を交わした。
次の日、参考の為に、クレッセントのストリップショーのビデオを数時間見た。人間らしいというか、彼の品のある肉体美はまさに人間にしか見えなかった。
……このクレッセントというアンドロイド、最初のアンドロイド暴走事件がニューヨークだから、もしかして最初の被害者か?
クレッセントの経歴や性能についての資料も目にする。
彼は、ストリップショーでポルノロイドとして活動する傍ら、セックスロイドとしても活躍し、何人もの女性と交わったとの事。
……何なんだよこの資料。
彼の竿は、女性の所謂……花びらの中をウォシュレットの如く洗浄、または吸引し、内部をプルプルツルツルにする機能があったらしく、相手をしてもらった女性は、天にも昇る快感とオーガズムと健康を手にするらしく、こちらの事業でも、クレッセントは年間百万ドルを稼いでいた。
まさに彼は、百万ドルの男であったと言えるのだろう。
内部をウォシュレットか……これは気持ちいいんだろうなぁ。
イカンイカン、この資料はもういい。
クレッセントの参考資料を見た後、別の資料として「マジック・パンク」というストリップ俳優を題材にした洋画を何周か見た。彼らの生き様や情熱を見て、謎のやる気が出てきた。
続編もいくつかあったが、そっちは何となく見なかった。
あくる日。
Hunk Stageのストリップショーを成功させようと、散り散りになっていたスタッフ達が店にやってきた。
俺はスタッフだった彼女達と握手をする。それだけの行為なのに、彼女達ははしゃいで喜んでいた。その様子を見て、なんだかこっちまで嬉しくなった。
ストリップショーの内容を固める為に、店内で集まって話し合いが行われた。法律上、生身の男はショーで一定以上過激な事をしてはいけないらしく、パンツまでは脱がない方向性に決まった。
使う楽曲はエーデルの希望で、アメリカでは知らない人はいないと思われる大スター「マイケル」の曲メドレーとなった。
衣装、装飾、楽曲などが決められていく中、俺は稽古に励んだ。
ショーが行われるのは年末の三十一日。
それまでに完成させなければいけなかった。
クリスマスイブの日。
オーナールームにエーデルを呼び出し、再度「一緒にやらないか?」と説得した。年末のショーを俺一人でやるにはプレッシャーが凄いし、華やかさが足りない。最低でも二人以上は欲しかった。
エーデルは顎鬚を掻いて悩んでいる。出るのが嫌な理由を聞くと、エーデルは小声で「出るより……見たい……」と言った。
ドンッ……っと、ドアの開いた方を見ると、そこにフリージオが立っていた。彼とは約一週間ぶりの再会である。「会いたかったよー!」と言って、フリージオは俺に抱き付いてきた。数秒許した後、離れてもらったというか剝がした。そして俺はフリージオに事情を説明した。
フリージオはエーデルの傍にいって、耳打ち。何を言ったかわからなかったが、エーデルは「……やる」と言ってくれた。
俺は「ありがとう!」と言って、エーデルにハグをした。
クリスマスの日。
ネネさんの希望で、エーデルを含めた三人デートをした。
ネネさんが男を一人占めする形になるが、Hunk Stageのスタッフ達は不満を漏らす事もなく、ネネさんに敬意を示して俺達を送り出してくれた。
ショッピングやレストラン、煌びやかなホワイトに包まれた街並みを歩いて楽しんだ。「欲しい物があれば買ってあげるよ。イッヒッヒ」と、ネネさんの突然な魔女口調にビビるが、それでも楽しかった。
エーデルも何かを思い出しているようで穏やかだった。俺は、エーデルがフリージオに耳元で何を言われたのか気になったので内容を尋ねた。どうやらプロのカメラマンに頼んで映像を残してもらえるようにしたらしい。エーデルは少し照れ臭そうにしていたが、ダンディな表情は崩さなかった。完全にキャラ立ちしてキマッているなと思った。
一日だけだったが、仲も深まって、三人デートも悪くないと感じた。
それからはエーデルと二人で年末まで稽古漬けの日々。
有名なマイケルダンスをミュージックビデオを見ながら覚え、人を魅せる筋肉を仕上げる為のジムトレーニングやブライアン公園でのランニングを行った。
そして二八二六年、最後の日がやってきた。
Hunk Stageの最後のショーは大々的に宣伝せず、スタッフ関係者やネネさんの友人達で占められた。それでも店内は満席で埋まった。
マイケルの曲がスタートの合図。
最初の楽曲は「ゾンビレスラー」。リズミカルな音楽が店中に響き渡り、天井のカラーボールやネオンのライトの束が縦横無尽に駆け回った。
ハットを被りパッツンパッツンのスーツ姿の俺は、マイケルに扮してステップを踏む。スーツの上着を脱ぎ捨て、白シャツを破り捨て、上半身裸で身軽になった所でゾンビダンスを踊る。
歓声が沸いた時に、刑事に扮したエーデルが登場。エーデルは、俺を手錠で捕まえようとするが、俺はムーンウォークという流れるような足技で躱した。俺達のコミカルな動きに、観客席からの笑いが彼方此方から溢れ出した。
俺はエーデルの背後を取り、彼の首元を齧った。これで彼もゾンビレスラーだ。
エーデルは照れ臭そうにしながら雄たけびを上げて、上着をぎこちない動きで脱いで、投げ捨てた。マシュマロのようなでっぷりとした大胸筋がお目見えし、腹筋もむき出しのシックスパックに仕上がっていた。
俺が「いい筋肉じゃねーか!」と叫ぶと、会場の女性達から「CUTE!」という歓声と笑い声。エーデルは笑うのを必死に堪えながら赤面していた。
レスラーという設定なので、俺はエーデルを背負い投げして観客席に投げ飛ばした。女性達はエーデルに襲い掛かるゾンビと化し、色んな所を触ってズボンに御捻りのドル札を忍ばせていた。
エーデルは女性達を丁重に払いのけて、ゾンビ設定を忘れつつも、俺に反撃の投げ飛ばしをした。俺もエーデル同様に女性陣に揉みくちゃにされた。
それから数分はプロレスの技を掛け合い、会場全体を巻き込んで楽しんだ。
マイケルの曲もメドレーで変わっていき、ラストは「ヒールワールド」という癒しのバラード曲に乗せて、札束の海面上をエーデルと即興の謎ワルツで円をいくつもつくった。足元に散らばった金品が無造作に流れていく。経営不足で閉店するこの店だが、皆、金には目もくれずに、大胸筋と大胸筋をすり合わせた野獣と野獣のダンスに釘付けとなっていた。
癒しの曲が終わる時、俺達ゾンビもその生涯を終えてステージ上で息絶えた。
何時の間にかすすり泣く声が聞こえた所で、点々とした雨粒のような拍手がスコールのように広がっていった。そしてスタンディングオベーション。
俺とエーデルは、躍動する筋肉を呻らせながら荒い呼吸をして立ち上がり手を繋いで一礼した。エーデルと目が合った時、彼ははにかんだ表情を見せた。なんだよこのおっさん可愛いじゃねーか。そう感じた事は脳裏を一瞬で通過し、意識は歓声に呑まれて酔っていった。
再び前方を向き、深々と四十五度の一礼。
拍手の雨と札束の海を以って、俺達はショーを締めくくるのであった。