186 新人記者の遭遇
「本当にニュージーランドに行くんスか?」
二号の発言に私は振り向いた。
「何よ、今更」
「自分達だけじゃ、危険な気がするっス……」
「ニュージーランドだって観光スポットは沢山あるでしょ? 撮りたくないの?」
「撮りたいけど……」
「もしかして、怖いの?」
「怖いっス」
やけにハッキリ言う。
「そっちは怖くないっスか?」
「怖いわよ!」
「じゃぁ何で行くっスか?」
「そんなの、怖さより好奇心の方が強いからに決まってるじゃない!」
「……行って、会いたい人に会っても本当の事を言わないかもしれない」
「イマーラの話を聞いて、何も感じなかったの?」
「何スか?」
「直接話す事で、物事が大きく前進した。それに今回は直に話さないと得られない情報だった。本当の事を相手が言わなくたっていい。相手の目と口と表情を見て、感じ取れる事はいくらでもある。そこは記者の腕の見せ所じゃないの!」
「イマーラの表情を見て、何かわかったっスか?」
「それは……わからなかったけど。……あの人はポーカーフェイスだったから仕方ない」
「それに、自分が暴走したらどうするっスか?」
「……それは、困る。でも……それこそ、いざという時の為に、フリージオ・エトワールとはコネクションを持っておいた方がいい」
「でも、何て言うか、会えないというより、避けられてる感じっスよね」
確かにそう。
ゆきひと一行やサラやクレイを追えば追う程会えない。
会えない理由、それはイマーラの話を聞いてわかった。
彼らの全てが、表向き善良な活動という訳ではないから、記者を遠ざけている。
イマーラの連絡が遅かったのは、フリージオに配慮していたから。
私達は意図的に避けられていたんだ。
でも……。
「次は会える気がする」
「何で?」
「あのモーテルの火災映像、あれは私達を誘いだす為に見せたんだ」
「だから?」
「今からだったらバンコクの一回忌に間に合う。でもニュージランドに行けば間に合わないかもしれない」
「だったらバンコクの方に行けばいいっス」
「今年の二月にバスタードの葬式が行われたんだけど、そこにフリージオ・エトワールも参列していた。恐らくクレイ一族とフリージオは繋がっている。あの火災映像はバンコクではなくニュージランドに来いっていう合図。だから、一回忌に参加しても得られる情報は少ないと思う。だったらニュージーランドの方に行った方がいい。あの火災は多分、アンドロイドによる生前整理の一環。フリージオがアンドロイドの暴走事件を追っているなら、現場を調べる為に、まだ警察には連絡していないはず。会うなら今しかない」
「なんていうか……」
「何よ」
「記者として、一人前になったんスね」
「や、やめてよっ! 褒めたって何も出ないんだから!」
「えらい、えらい」
二号が私の頭を撫でた。
その手を勢いよく払う。
「ちょ、それはセクハラだから」
「ハハハ……わかったっス、自分もニュージーランドに行くっス」
「アンタが暴走したら、私がアンタを守る。私が危ない目に遭ったらアンタが私を守って。私達はバディなんだから」
「そうっスね。バディっス」
「そういえば、二号、萌香様の配信の時、暴走しない自信があるって言ってたけど、その自信は何処からきたの?」
「マルウェアって大抵、オフライン状態なら防げるじゃないっスか」
割とまともな答えが返ってきて驚いてしまった。
マルウェアは悪意を持ったソフトウェアの総称で、コンピューターウィルスもマルウェアに含まれる。今調べたら、そう出てきた。
二号、そういう単語も知ってるんだ。……とにかく、脳内のナノマシンは今後オフラインにしておいた方がよさそうだ。
私達はニュージランドへ渡航する為、クラーケンガッタ空港に向かった。
便のチケットは二号に任せて、私はその間にトイレを済ませた。
ロビーに向かう途中、渡航客が座る用の透明な長椅子に、男がいると気付いた。
一般人の所有するアンドロイドだろうか?
その男はスーツ姿だったが、擦れているというか、胸と腹部の間に暴行を受けたような跡が残っていた。少し影のある様子が目立っている。……にも関わらず、他の渡航客達は見向きもしなかった。
まるで、私にしか見えていないような感じだった。
私は、恐る恐る声をかけた。
「あの、お困りですか?」
「……いえ、そういう訳ではありません」
「貴方の主は何処へ?」
「わたくしの主ですか? ……もう会えないかもしれないですね」
何だろう……もの凄く、心がざわつく。このアンドロイドの周囲だけ、亜空間が広がっているような、そんな風に見える。
関わらない方がいいのだろうか。
でも、ここで引いてしまったら記者の名折れだ。
「これから旅行ですか?」
「ヨーロッパの方へ行こうと思います」
「ヨーロッパへは何の用で?」
「久しぶりに会いたい人がいまして」
「会えるといいですね」
「あの……もし、わたくしの主に会う事があったら、このUSBを渡しておいてもらえないでしょうか?」
擦れたアンドロイドが、USBを差し出した。
「パステル……! チケットを取ったから、もう行くぞ!」
「二号!?」
二号に勢いよく手首を掴まれた。
今まで彼が私の名前を呼んだ事があっただろうか。
急に手首を掴まれた以上に、名前を呼ばれた事に驚きがあった。
……ていうか、話し方が普通……。
「……ちょっと待って」
私は二号を制止して、USBを受け取った。
「貴方の主に会う事があれば、渡しておきます。貴方の旅に幸あれ」
「貴女もどうかご無事で。貴女の旅に幸あれ……」
私と二号は、擦れたアンドロイドに背を向け、手を繋いで歩いた。
二号の手が汗ばんでいるように感じる。
ハリウッド映画のワンシーンのような張りつめた緊張感が伝わってきた。
「久しぶりだナァ……オイ」
ドスの効いた声に驚いて振り返った。
さっきまでいた擦れた男が消えている。
まるで、アニメの演出ような形で一瞬に。
そもそも、さっきの男の声なのだろうか。
……久しぶり?
私はさっきの男と以前何処かで会った事があるのだろうか。
それとも……。
私は二号の横顔を見た。
彼は何ともいえない神妙な顔をしていた。