185 新人記者のオカルト対談
首都キャンベラは思っていた情景と違っていた。
美術館、図書館、戦争記念館など、文化を発信するような施設が多く、
高層ビルなどは何処にもなかった。
どちらかと言えば、青々と広がる大自然を大切に保管しているようにも見え、
古くからの伝統というか、もっと遡れば遺跡の集合体のようにも感じられた。
オカルトマニアの対談場所は美術館。
前日のメールで対談相手の素性を知る事が出来た。
彼女の名前はイマーラ・ロックハート。
美術館の館長職の傍ら、占いなどの副業もしており、ネット上ではオカルトサイトを立ち上げていた。いわゆる才女である。
美術館内部は、名画から異様な催事物まであり、本来ならば撮影禁止な所を、今回は特別に許しを得た。無論、二号は凄い喜んでいた。
彼女は館長室ではなく、地下一階の名の無い部屋で待っているらしい。
その部屋のドアの前まで来た時、独特な場所という事もあって少し緊張したが、今年の一月にアメリカ大統領と会った時に比べれば大したことはないと思い、自分を鼓舞した。
「失礼します……!」
内部はカラフルな薄いレースが幾重にも重なって天井から垂れ下げられていた。それに合わせて少量の音楽が聞こえる。この曲、聞いた事のある洋楽だ。恋に落ちた男女が見つめ合うと脳内で聞こえるあの曲、映画「護衛」の主題歌だ。
普段、この楽曲が使われるケースというのは、最初にパーカッションの「ダンッ!」から始まって、女性の溢れる熱唱が続くという形式が多いが、ここで流れる音楽は、歌唱部分のない切ないバラードのようなBGMだった。そんな独特な場所に彼女はいた。
ネット上に転がっていた情報によると、彼女はアフリカ系オーストラリア人とフランス系アメリカ人のミックス。私はイタリア系アメリカ人と日系カナダ人とのミックスなので、少ない共通点ながらも親近感が湧いた。
なので、神秘的で異様な空間ながらも平常心を保てた。
「初めまして、イマーラ・ロックハートと申します。今回、お越し頂いて感謝致しますわ」
イマーラは豪華な椅子に腰をかけていたが、座りながらにしてモデル並みにスタイルがいいというのがわかった。何より独特なオーラが凄かった。
「こちらこそ取材のご依頼ありがとうございます。私はパステル・パレット、後ろに立っているのは、カメラマンアンドロイドのマーティンです」
本来であれば、この手の何だかわからない取材はしないのだが、依頼主と会ってみてなるほどと感じた。ただ者ではない感じがヒシヒシと伝わってくる。
恐らく編集長は彼女の事を知っていて、突然の依頼でも何かがあると思って私に話を振ったのだ。
「貴女の事は、センテンスプティングのネット記事で知りました。アンドロイドの暴走事件についての内容、とても興味深かった」
「それは、どうもありがとうございます」
「出会って間もないのに、失礼な事を言いますが、貴女の記事には間違っている点があります」
間違っている点……?
「それは……どの辺りが?」
「最初のアンドロイドの暴走事件がニューヨークで起きたという部分です」
「世界の報道機関やネットの情報を見る限り、ニューヨークで最初に起きたのは間違いないと考えています。元々あったアンドロイドの整備不良などの事件を考えれば、以前にもあったであろうとは思いますが……」
「この写真、見覚えはありませんか?」
イマーラが出してきたのは、大桜ゆきひとがサーフィンをしている時の写真。
「この写真、貴女が撮ったものなんですか?」
「私ではありませんが……この写真のコメントについて、気になる点はありません
か?」
写真のコメントには「……(´;ω;`)」と書かれている。この写真のリプライの数々も悲しみの絵文字で溢れていた。
そういえば、エアーズロック観光でも二号に群がって悲しんでいる人がいた。なんでも、ソル様に二号を重ねているのではないかとの事。だとすれば、この写真の悲しみ欄も、ゆきひとにソル様を重ねていたという推測が立つ。
「この写真の男性に、ソル様という方を重ねていて、感動……ではなく、悲しんでいる?」
「あら、ソル様をご存知なんですね」
「エアーズロック観光をしている時に、観光客の方から聞きました。その……ソル様というのは、どういった方なんですか?」
「ソル様は、男性型のアンドロイドですわ」
「今は何処に?」
「彼は亡くなりました。彼、サーファー兼エアーズロックの観光案内人として仕事をしていたのですが、某日、サーフィンをしていた時に、突如現れた鮫の化け物に襲われて全身が粉々に……」
「さ、鮫!? ……ちょっと待って下さい。彼が亡くなったのって何時ですか?」
「今年の、三月です」
驚きを隠せなかった。
今年の四月の中旬にニューヨークで起きたアンドロイドの事件が最初だと認識していて、大桜ゆきひととヴィーナ・トルゲスの駆け落ち騒動が、何かしらのトリガーになったのではないかと考えていた。
しかし、今年の三月から既にアンドロイドが襲われていたというのであれば、アンドロイドの暴走事件と駆け落ち騒動に関連性があるのではないかという仮説が崩れてしまう。
「イマーラさんにお呼びして頂いた理由がわかりました……。しかし、鮫にアンドロイドが襲われたなら、もっと大々的なニュースになっても可笑しくはないのに、何故こんなにも広まっていないのですか?」
「ソル様が鮫に襲われていた時、彼を見守っていたファン達がその時の様子を映像に収めてSNSに上げたりしていて、私もその事を知ってブログに事件内容をまとめてアップしたのですが、次の日になると不思議な事に事件当日の映像や私の事件内容をまとめたブログが削除されていて、ソル様に関する情報やWikiなどがどんどん消失していった。終いにはソル様の名前をネット上に書き込めなくなって、結果、サーフィン男性の写真に悲しみの絵文字が溢れたという訳です」
アンドロイドが襲われる事件として、最近に起きた事件と比べて異質すぎる。
そもそも襲ってきたのがアンドロイドではなく鮫……。
「その鮫は捕獲されたのですか?」
「いえ、爆発したらしいです」
「ば、爆発?」
「その鮫の付近にいた人から聞いた話によると、ソル様を破壊した後、大人しくなってタイマーの音が聞こえてきたらしいんです。言葉に出さなくても時限爆弾ではないかという疑念が周囲にサーッと広まったらしくて……その鮫から人間達が離れた所でドカンと爆発したらしいです。飛び散ったのは銀色の粒で、恐らく……生きた鮫ではなく、ナノマシンベースの鮫ロボットではないかと言われています」
「何でそんなものが……」
「鮫もそうですが、ソル様自体謎が多かった。普通のアンドロイドであれば、重みでサーフィンは不可能。ですが、彼は悠々と波に乗っていた。誰が管理していたのかはわかりませんが、オーダーメイドの特注品である事は確かですね」
「なるほど……要約すると、私を呼んだ理由と言うのは、ソル様を記事にしてほしいという事ですかね」
「そうですね」
「でもネット上でソル様を書き込めないとなると……」
「センテンスプティングでは年に数回、紙の本で増刊号を出していますよね。その時にネット接続をせずに本を作ってほしいのです。ソル様の事が世間に伝われば、彼の弔いになり、ファン達の気持ちも報われると思います」
「今回、貴重なお話ありがとうございました。最初に発生したアンドロイドの事件がオーストラリアだった事を知れて助かりました」
「その事なんですが……違います」
「……えっ?」
「実は、ソル様の事件が起きる半月前に、ニュージーランド在住の一般の方の所有していた羊飼い役の男性アンドロイドが、何者かに破壊されたらしいのです。その方は、被害をネット上にUPしたり警察に相談したらしいのですが、ネットの情報は削除され警察に相談した内容が消されていたりした。そこで、被害にあった方が私に相談しにきて、そういった事件があった事を知りました。私の知る限り、最初にアンドロイドが破壊された事件は、ニュージーランドが最初だと思います」
「ニュージーランド……ですか?」
「この映像、知り合いのフランス人の方から送られてきたのですが、見て頂けませんか?」
彼女の傍にあるノートパソコンの位置まで促され、その動画を見せられた。
日は落ちていて辺りは暗い。撮影者の視点から見えるリアルは、二階建ての木造建築が燃えている様子だった。数人の人影が見え、その内の一人が膝を突いて呆然としていた。
動画は数十秒だったが、胸焼けするような恐怖を感じた。
「この動画は一体?」
「ニュージーランドに、通称バイオハウスという観光スポットというかホラースポットのようなモーテルがあって、それが炎上した様子……らしいです」
「ちょっと待って下さい。その動画を送ったフランス人って……フリージオ・エトワールじゃないですか?」
「あら、お知り合いでしたのね」
やっぱりそうだ。
ゆきひと一行がオーストラリアにいたのは、アンドロイドの暴走事件を追っているから。でも何故、アンドロイドの暴走事件を追っているんだろうか。大桜ゆきひとは駆け落ち騒動の方が気になっているはず。アンドロイドの暴走事件を気にしているのは、恐らく、フリージオ・エトワールの方。
彼の目的は一体……。
「彼……フリージオ・エトワールと知り合ったのは何時ですか?」
「今年の三月下旬に私の元に直接伺いに来て、先月もお会いしました」
「それは貴女のブログを見て……という事ですか?」
「そうですね。事件の事は数時間しかネット上に公開されていなかったので、私も驚きました」
それはつまり、ニューヨークのアンドロイド暴走事件が起きる前から、フリージオ・エトワールはこの事件に着目していた事になる。
私が得ている情報よりも、フリージオは一歩も二歩も進んでいるんだ……!
「彼の目的は知っていますか?」
「パンドラの箱を開けたいと言っていました」
「パンドラの箱……?」
「裏社会では有名な話なんですけど、ご存知ないのですね」
そんな言い方……フリージオ・エトワールが、まるで表の社会に生きる人間じゃないみたいな。
「存知あげません」
「アンダー・ザ・パンドラボックスの問題というのが、数十年前から裏社会で話題になっているようで……なんでも、その答えに辿り着けば過去に行けるとか」
「過去に行ける……? オカルト……ですね」
「えぇ、過去に行きたいとは思いませんが、話し自体に興味はあります」
「ソル様の件は、会社の持ち帰って検討致します。そろそろよろしいでしょうか?」
「ニュージーランドに行かれるのですね」
「そのつもりです」
「もう少しお話がしたいのですが、よろしいですか?」
「……はい」
「ニュージーランドとオーストラリアのアンドロイドが襲われた事件と、ニューヨーク以降の事件は、毛色が違うと思いませんか?」
確かにそうだ。最初の二件は情報を隠しているの対し、三件目からは情報を隠すどころか広めている。
「違うとは思います。……イマーラさんの目的は、ソル様の件を紙の本で出して広めてほしいとの事だと思うのですが、個人的にこの事件に興味があるのでしょうか?」
「そうですね。私の考えを先に述べると、三件目以降の事件は、AIの自殺だと考えています」
「AIの自殺ですか?」
「襲われているアンドロイドは、自身が死ぬ前に、自分の居場所を破壊していますよね。これって生前整理じゃないですか?」
「そう……かもしれないですね」
「自分では死ねないから、関係ないアンドロイドを巻き込んで殺してもらう」
「人間らしいアンドロイドの方が、関係ないアンドロイドにウイルスかバグを送って殺してもらうという事……でしょうか。つまり、被害者と加害者が逆」
「パステルさんの推理をお伺いします」
「アンドロイドの暴走事件の全ては、単独犯ではない……のだと思います。今、直感的に思ったのは、最初の二件の事件が公にならないので、似たような事件を起こして広めようとした模倣犯の可能性。……でも、これは違う気がする。三件目以降の事件は、ソル様のファンが起こしたとすれば話の筋は通りますが、一般人の出来る所業ではない」
「現実的ですね」
「お嫌いですか?」
「いいえ。推理ドラマとか、よく見ますので。まぁ、バグやウイルスを開発するなら、科学者辺りじゃないと無理ですね」
科学者……今思い付くのは、バスタードの自伝本に書かれていた男。
でも彼は、ガイア・ノアで眠っているはず。
「貴女のお知り合いにもいるんじゃないですか? ……科学者」
頭が沸騰するような感覚が湧きたった。
グツグツとグラグラとするような感覚。
一瞬、意識を失いそうになった。
「ソフィアは……! ソフィアはそんな事をするような子じゃありません」
「でも家族間の事、あまり知らないですよね。最近、連絡……取りましたか?」
「取ってないです。彼女は社長、私は記者、気軽に連絡はできません」
なんだろう、探られている気がする。
その理由は多分……。
「フリージオさんに弱みでも握られているんですか? 私との会話の内容、送るつもりなんですよね」
「いいえ。弱みではなく、資金提供して頂けるというので、真相解明に協力しているだけですわ」
「……なるほど」
「有意義なお話が出来て嬉しく思います。お手間を取らしてしまい、申し訳ありませんでした。旅の御武運をお祈り致しております」
「いえ、こちらこそありがとうございました」
彼女と握手を交わして一礼した。
慌てて走る。ぜえぜえと息を切らして。
美術館を出る際、二号に腕を掴まれた。