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183 新人記者は図書館へ

 次の日。

 セラの実家を後にした私達は、水上マーケット近くの格安の宿を借りた。

 川近くという事もあり、涼しげな場所でとても安らぐ空間だった。


 風鈴の聞こえそうな窓辺で、ノートパソコンを広げる。

 調べるのはバスタードの事。


 本名、バスタード・ストリティックエンダーロール。……名前、長っ。愛称はバス。タイ・バンコク出身、裕福な資産家の家庭に育つ。プレイボーイで根っからの女好き。恋人が途切れる事はなく、一夫多妻制の理念の元、複数の妻を娶った。

 彼が他の男性達と違って一線を画す存在となった理由、それは世界最高齢というギネス記録保持者だから……ではあるが、それに至った理由、状況などをよくよく考えると不明な点が多かった。


「バスタードが亡くなったのは、去年の十二月二十五日か……」


 オーストラリアの取材予定は十二月中旬。一回忌が十二月二十五日に行われるとしたら、スケージュール的に参加できない。

 取材を早めに切り上げてUターンすれば一回忌に参加出来るが、また無理をして体調を崩すのはゴメンだ。

 セラとの再会は断念せざるを得ないのだろうか。

 

 ネット検索を続けていると、バスが自伝本を出している事を知った。

 本を購入しようと電子書籍を探したが見つからない。どうやら電子書籍では販売されていないようだ。紙の本しかない。いざ紙の本の購入ページを探したが、全てソウルドアウトで買えなかった。

 失礼な事を言えば、この本自体に需要があるとは思えなかった。刷られている本数自体が少ないのだろうか。

 今時電子書籍で販売しないという利益を無視した形式を採るあたり、金銭的に余裕があり、かつ金に執着の無い人物であると推察出来る。

 ただ、これだけでは情報が乏しい。この自伝本をどうしても読みたくなった。


 今の時代で紙の本を出版出来るというのは、一流である証。

 電子書籍で売れたら紙の本で出す、それが一般的。何かの特典や同人誌、受注販売など特殊なケースはあるが、スタンダードな形式とは言えない。紙の本だけを販売するというのは、成功者、もしくは上流貴族の特権なのだ。

 街の本屋、そのほぼ全てが姿を消して事で、紙の本を入手するには、国が管理している図書館兼本屋に行かなければならない。

 バンコクの本屋を検索する。都心部に一件だけあるようだ。

 私は二号を放置して、バンコクの国立図書館へと向かった。


 国立図書館の床は大理石で、見上げれば二階建ての吹き抜け空間が広がっていた。所々に植えられた観葉植物は清涼感があり、適度な室温と湿度は心地良さがあり、抗菌された読書スペースは清潔感があった。それ以外の本棚スペースには紙の本がビッシリ。これだけ収集された紙の本を生で見たのは初めてだったので圧倒された。ここは通いたくなるような場所だと思った。

 入口に設置された本の検索機で、バスタードの自伝本があるかを調べる。

 三冊ほどあるようで、位置を確認して本を手に取った。

 

 すべすべのテーブル席に着いて自伝本を読む。

 内容を飛ばさないように一字一句丁寧に。

 その日の内に全ページを読み切れなかったので、次の日、また次の日と通い自伝本を読み切った。

 図書館通い四日目の雨の日。気になるページを読み返していた。

 大体のページは、ハリウッド映画や大河ドラマを拡張したような話だったが、後半のある部分、彼がこの時代に残る事を選んだ核心に迫るリアルな描写があり、何度も目を通した。


「ガイア・ノア計画……」


 三十年ほど前、世界人口の内、九分九厘が女性達の時代で正常な生活を送れなくなった七十名ほどの男性達が、通常の生活を送れるようになるまでコールドスリープで眠って時を過ごそうという計画があった。

 バスタードはその計画には乗らず、地上で生き続け、結果的にギネス記録最高齢男性となった。この時代で生まれた男性がバスタードただ一人になったのは、そういう経緯があったのだ。

 コールドスリープで眠っている男達の詳しい記述はなかったが、バスタードに対してガイア・ノア計画に誘った二人の男性についての嫌悪感を含んだちょっとした情報の記載があった。

 二人の男性は、大企業のCEOと富豪の科学者で、内容から察するにガイア・ノア計画の中枢メンバーだと思われた。無類の女好きであったバスタードからしてみれば、中年男性に何度も自宅訪問されるというのは、苦痛以外の何ものでもなかったのだろう。「俺はお前達のようなむさ苦しい男達と一緒に寝るのはゴメンだ!」というセリフがある辺り、どうゆう心情だったのかを想像するのは容易だった。


 この大企業のCEOと富豪の科学者とはどういう人物だったのだろう。

 関心がバスタードから、CEOと科学者へと移った。

 詳しく調べるには名前を知る必要がある。

 一時間程、様々なワードを駆使してネット検索をしたが、名前は出て来なかった。ここまで情報が出てこないものなのだろうか。男という性が貴重になりすぎて秘匿扱いになっている? 何にせよ名前、名前がわからないと始まらない。

 一度、宿に戻って視点を変えた。

 CEOと科学者が、ガイア・ノア計画の中枢メンバーだとすれば、開発に関わった企業に在籍しているはず。

 ガイア・ノア計画の開発に関わった企業を調べた。


「メビウスカンパニー……何だろう、聞いた事がない」


 メビウスカンパニーをグーグルやWikiで詳しく調べた。

 宇宙科学や医療に特化した企業で、アメリカ航空宇宙局のNASUなどに代々技術提供をしてきた経緯があった。西暦二七六五年辺りから急成長し、二七九八年にウィ・ウィッシュ・コーポレーションに吸収合併される。ウィ・ウィッシュ・コーポレーションは、後にストック・ウィッシュ・ホールディングスとなり、メビウスカンパニーはストック・ウィッシュ・ホールディングスの傘下となった。

 つまり、現在ガイア・ノアを管理しているのは、ストック・ウィッシュ・ホールディングスという事になる。

 CEOと科学者の二人は、メビウスカンパニーに在籍していた人間だと思うんだけど、名前が……ない。画面をスクロールして文字を凝視しても、ない。

 名前がわかれば、ここ最近起きた事件の真相に近づける気がした。

 この二人は重要なキーだという直感が働いたのだ。

 これは記者&女の勘だ。


 それから数日、この二人をあらゆるアプリを使って調べた。

 十日ほど経って、青い鳥のSNSのタイムラインを見ていた時に、サーフィンをしている男性の画像に目を奪われた。


「待ってこれ……大桜ゆきひとじゃない!?」


 屈強な肉体を携えてサーフィンをしているメンズ、夕焼け空の元で影がかっていて顔はよく見えないが、間違いない、このメンズは大桜ゆきひとだ。画像を上げたアカウント所持者の国籍を知りたかったので、即座に他のコメントを観覧した。どうやらこのアカウントの使っている人物は、オーストラリア在住らしい。


 これから取材する相手と、サーフィンをしていたメンズの画像を上げた人の出身国は、何方もオーストラリア。これは偶然か? ……悩んでる暇はない。まだ取材日程決まってないけど、今すぐオーストラリアに行かなければ。


 私は、二号を電話で呼び出して急いで空港へと向かった。

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