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182 新人記者は三十八度

 タイのバンコクに降り立った私達は、セラの実家を訪ねる前に、街並みを見て回った。十二月だというのに暑く、屋台を数件回る頃には汗だくになってしまった。涼しい場所に行きたくなったので水上マーケットへ。迷路のように入り組んだ川を小舟で移動する。狭い水路を果物や雑貨を乗せた小舟が行き交い活気が溢れていた。川沿いに建築された家々も見応えがあり、ちょっとした冒険気分を味わえた。

 次にバンコクで有名なワット・アルンへと向かった。

 神々しい外観の寺院は異彩を放っており、二号は嬉しそうに写真を撮りまくっていた。これで看病してもらったお礼は出来たかな。


 セラの実家を訪ねたのは夕方頃。アポ無しで訪問した。

 大豪邸というか富裕層が住んでいそうな建物の近くに、セラの親族と思われる女性がいたので、セラの友人だと説明して接触を試みた。すると、親族と思われる女性は微妙な表情で笑い「少し待っていて下さい」と言って、豪邸へと駆けて行った。結果的に、私は数分間その場で待たされた。


 豪邸から出て来たのは老年の女性だった。彼女はクレイとセラにとって大叔母に当たる人物で、族長という立場らしく、バンコクでも相当な権力をお持ちの方のようだった。セラの事を聞くと、現在、この建物にはおらず、別のホテルに滞在してるという情報を得た。大桜ゆきひと達だけではなく、セラにも会えないのかと落胆していたら、族長の女性が「今日は泊まっていかれたらどうですか?」と仰ったので、お言葉に甘えた。


 夕食時、広いリビングルームに、一族の女性が続々と集まってきた。ちびっ子から大人までがキッチンで作業をしていて、次々にタイ料理がテーブルに運ばれてきたと思ったら、それぞれが定位置に着いて束の間の静寂が訪れた。

 族長の女性が、私と二号の事をセラの友人だと説明をして、一族の視線が痛いぐらいに私の体を刺した所で食事がスタートした。「いただきます」などの言葉もなしに食べ始めた事に戸惑ったが、セラとクレイがお嬢様育ちだったという驚きの方が、私の中では大きかった。


 食後、族長の女性にお礼を言って、セラに会いたいので何処にいるのかと尋ねた。すると彼女は「セラはバスタードの一周忌に参加する予定ですので、会うならその時に……」と仰り、その場を去った。

 ……バスタード? 聞いた事があるようなないような。リビングのソファに座って、携帯端末でバスタードの事を調べてみると、顔写真が出てきた。その写真を見て驚いた。聞き覚えがあるもなにも、私が第三回メンズ・オークションで司会をしていた時に紹介した世界最高齢のギネス記録保持者の男性だったのだ。


 セラの情報を一族の人間から聞き出せそうにないと察した私は、突如関心が降って湧いたバスタードの情報を得ようと、夕食の片付けをしていた女性達に声をかけた。彼女達の反応は一様に「高祖父?」や「おじい様?」と発しながら苦笑いを浮かべるばかりで、内容のある情報は得られず、私の心は「……」で埋め尽くされた。彼女達の反応は、親族の一回忌をこれから行うとは思えない程他人事のように感じ、表情からは、(笑)が見えてきそうなほど、あっけらかんとしていた。

 セラだけじゃない……バスタードに対しての反応も可笑しい。滞在時間数時間だが、クレイ、セラの一族に対して、違和感をヒシヒシと感じた。


 一族の女性に部屋まで案内されて荷物を置いた。

 頭が煮詰まってきたので、シャワーを浴びたいと思い、シャワー室はないかと尋ねたら、浴場を使っていいと言われたので浴場へと向かった。

 誰に見られる訳ではないが、タオルを念入りに体に巻いて、いざ風呂へ。

 浴場の引き戸を開けると、そこには高級ホテル並みの空間が広がっていた。

 様々なタイプの湯舟があり、サウナルームもあり、架空生物の口からお湯がじゃぶじゃぶと出ていた。あまりの豪華さに頬が緩んでしまった。

 ゆっくりと暖かい湯に浸かる。


「はぁ……生き返るぅ」


 体中を包み込むような暖かさがじわじわと肌に浸透してくる。

 心も体もポッカポッカ。

 ……いい湯だなぁ。

 頭のしがらみが少しずつ緩んでいく感覚があった。


 その刹那。

 ガラガラガラッと、浴場の引き戸が勢いよく開いた。


「自分も入るっスー」


 二号が上半身裸、腰にタオルを巻いて入ってきた。

 手には携帯端末を持っている。


「ちょっと、アンタ何入ってきてんのよっ!」


「記念に写真を撮りたくて。ハイチーズっ」


 携帯端末のパシャっという音に合わせて、思わず笑顔でピースサインを作ってしまった。数秒でポーズを崩し、怒りが湧いた。二号に対してと、何時までもアイドルとして活動していた頃の条件反射が抜けない自分に。


「こうゆうのは盗撮じゃない?」


「堂々と撮ってるので盗撮にはならないっス」


「そうゆう問題じゃないっ!」


 でもまぁ、今では私もパパラッチに近い存在で撮る側の人間になってしまったし、二号に文句を垂れるのも筋違いか。

 看病の借りもあるし、私の入浴写真の件は一先ず水に流した。


「ねぇ、アンタお湯に浸かって大丈夫なの?」


「大丈夫に決まってるじゃないスか。入れなかったら川にも入れないっスよ。自分、これでも高性能なんで」


 二号はそう言って立ち上がり、シャワーで体を洗い始めた。

 体を洗う一連の様子を見る限り、アンドロイドとは思えない器用さを見せた。

 そして二号は、私の隣の湯に浸かった。

 二号は、細身の体系で体躯は細部まで作り込まれており、腹筋も薄っすらと割れていた。見た目は、三十代後半のおじさんという感じで、イケメンではないが、一定の需要はありそうな顔をしていた。

 

 何だろう、今少しドキドキしている。

 これは、恋ではない。断じてない。

 こんなカメラ馬鹿のおっさんアンドロイドを好きになる訳がない。

 二号は相棒で家族みたいなもの。

 家族よ家族。

 家族……家族って何だろう。

 

 私は養護施設で育ち、家族というものを知らない。

 生みの親は、データとして知ってはいるが、会った事はない。

 人口子宮生まれ、養護施設育ちの人間にとっては珍しい話ではない。別にその事で悩んだり落ち込んだ事もないし、別に気にしなくてもいいと思っていた。

 私が家族関係で気になったのは親友のソフィアに対して。

 姉妹仲が悪く、複雑な人間関係。家族の仲の良さを感じる事がなく、私自身家族みたいな存在が欲しいとは思わなかった。

 そしてクレイ、セラの一族も微妙な空気を放っていて、家族や血の繋がりという関係性に戸惑いを覚えた。

 家族ってこんなものなのだろうか。でもあの時、二号に看病してもらった時は、家族の暖かさ……みたいなのを感じた。そう思ったのは確かだ。


「……!? ちょっと何?」


 二号が私の額に手を当てた。


「体温三十八度っスね、体調大丈夫っスか?」


「風呂で温まってるんだから、体温ぐらい上がるわよ」


「それも、そうっスね」


 二号は自然な笑顔で笑った。

 髪が、頬が、お湯で滴っている。その様子が妙に色っぽく感じた。

 頭がクラクラする。もしかしたらガチで熱があるのか?

 それよりも胸のドキドキが止まらない。

 私は二号から少し離れた。


「看病の時は感謝してる。でも普段触るのはセクハラだから」


「まぁ、そうっスね」


 二号は照れくさそうに頭を掻いた。


「でも、驚いたわ。カメラにしか興味なかったのに、あんなに親身になってくれて」


「その辺りは大丈夫っス。苦しそうな様子もちゃんとカメラに収めてるんで」


「うっわー、引くわー」


 ガチで二号はカメラ馬鹿だわ。でも、私自身アイドルオタクだった時期があって、人の事をとやかく言える立場ではなかった。何かさっきから二号のやる行動に対して、人の事を言えん状況が連続している。

 私が推し活をしていた時、周囲の皆は私の事を引いて見ていたのだろうか。今度会う人物はオカルトマニアだ。恐らく一般的な感性の持ち主ではない。二号は別にいいけど、初対面の相手にドン引きした様子を見せてはいけない。よくよく考えると、マニアと馬鹿と元オタクが揃うのか。これは気を引き締めて望まないと危険な気がする、そんな予感がした。


 極めている人には、様々な呼び方がある。

 元オタクの私は何かを極められたのだろうか。

 何もかもが中途半端で、何も成し遂げてはいない。

 私の推しアイドル、松井セイカちゃんはこの世に素敵な楽曲を残している。

 私も何か、何かこの世界に残るものを作りたい、そう思った。

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