表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
178/300

178 ヘル・フェスティバル   『〇』※観覧注意

 苦しい……!

 掴んだ腕が、その場に固定されたかのように動かない。

 相手の力が強いんじゃない。

 自分の力が入らない。

 まともな食事と睡眠を、ここ数日してこなかった。

 それに合わせて金縛りになっているような感覚がある。

 俺は、こんな所で死んでしまうのか……?

 そう思ってからすぐに相手の力が弱まり、首絞めから解放された。


「ゲホッ、ゲホッ」


 喉元を触る。絞められた時の凹みを感じた。

 何が起きているのかを確かめたくて、上を向いたら顔があった。


挿絵(By みてみん)


 左右非対称の表情は、俺を恐怖で震え上がらせた。


「なぁオマエ、どうやってここにたどり着いた。多分、あのオトコオンナだろうけど、アイツは何を探っている」


 口調は違うが、俺に馬乗りになっているのはトージさんで間違いない。暴走しているのか? いや、何か違う。何が違うんだ? この状況では思考が回らない。


「知らない……」


「まぁいい。オマエ、ボクと取引きしよう」


 ボク?

 トージさんは自分の事をわたくしと言っていた。

 本当にコイツ、トージさんか?


「取引き?」


「オマエ、ボクの手駒になれ」


「……手駒? 仲間になれって事か?」


「ボクに仲間はいらない。手駒だよ手駒。ボクの手となり足となって使われろって事だ。物分かりの悪いヤツだな」


「何の為に」


「この世界には馬鹿にしかわからない事があるらしい。だからオマエのような馬鹿の知恵を借りたい」


「馬鹿と言われて、誰が手を貸すかっ」


「ほぉ、強気だな」


 明かりが勝手に点いた。ナノマシンで点灯させる事の出来るタイプだったらしい。周囲が見えるようになった事で、アンドロイドの顔がよくわかった。

 ……顔はトージさんだ。

 でも、トージさんと話している感じがしない。


「……お前は何者なんだ?」


「ボクの手駒にならないなら答える義理はない。ムカつくから殺してやりたい所だが、オマエは希少価値が高い。でもなぁ、逆らうならオシオキは必要だよなぁ」


 ヤバイ、ここから逃げないとヤバイ。

 体を動かそうとしたが、思うように力が入らない。

 相手の体を殴るがびくともしない。


「無駄だ。今、オマエのナノマシンに負荷をかけている。ボクとしては、それだけ動けている事に驚きだが……オマエら、どんだけマイナーなナノマシンを使っているんだ。ボクに侵入してくれと言ってるようなモノだぞ」


 アンドロイドは、ポケットからナイフを取り出した。

 その刃の先端を見て血の気が引いた。

 俺、刺されるのか?


「バカのお前に、バッテンをくれてやるよ! バーカッ! バーカッ!」


 振り下ろされるナイフに恐れ慄き目を閉じた。


「ぐぁあ!」


 顔が熱い。二回切りつけられたか?

 目を開けると、視界が赤で染まっていた。

 目は見えている。目が無事だった事に安心はしたが、現状が良くなった訳じゃない。額を触った手を見ると、手のひらは血の紅で染まっていた。

 恐怖と理解できない状況に気を失いそうになった。でも、今意識を失ったら、再び目を覚ました時にどうなっているかわからない。それ以前に、そのままあの世に行っちゃってるかもしれない。その恐怖心が意識を細い糸で繋いだ。


 ドンドンドンドンドンッ! ……と、ドアを叩く音がした。

 「ゆきひと、何があった!?」と、エーデルの声がドアの向こうから聞こえた。


「おかしいなぁ。カレーに混ぜた睡眠薬がもう切れたのか。睡眠薬に耐性でもあったのかなぁ?」


 ……助けてくれ。

 声に出したつもりが、出ていなかった。

 首を絞められたダメージもあるだろうが、恐怖も上乗せされて声が出ない。


 次第にドアの外から別の声も聞こえてきた。奥で揉めている感じだ。そして「ドンッ!」という音と共にドアが突き破られ、誰かが部屋に入ってきた。俺に馬乗りだったアンドロイドは立ち上がり、入ってきた誰かの正面に立った。


「トージ……。アンタ、お客様になんてことを……」


 声の主はアスカさんのものだった。

 何処か切なさを含ませた声だった。


「アスカ……わたしを……止めてくれ」


「……?」


 口調の可笑しかったアンドロイドが、トージさんに戻った気がした。

 何だ? 何が起きてるんだ……?


「残念だけど、アンタはここまでだよっ!」


 そう言って、彼女は少し後ろに下がった。

 それから少しずつ歩を進め、助走をつけて飛び上がる。


「セイヤッ!!」


 彼女の渾身の蹴りは、アンドロイドの体を、窓という名の墓標に放り込んだ。

 窓ガラスは花びらを咲かすように分散して飛び散る。

 蹴りを喰らったアンドロイドは窓際で座り込んで倒れ、俯いた。


「ゆきひと……!」


 エーデルが俺の傍に来た。


「無事か? 額から血が出てるじゃないか。何があったんだ」


「あぁ……無事みたいだ」


「……傷は浅い。もう大丈夫だぞ、ゆきひと」


 意識が混濁して、上手く言葉が出てこない。ただ、エーデルが来てくれた事で、物凄い安心感が体中に沸き上がった。

 その反動で俺の体はぐったりとしてしまった。


 束の間の静寂。

 俺、エーデル、アスカさんは、座りながら俯いて倒れているアンドロイドから目が離せなかった。


「ウヒッ」


「……」


 アンドロイドはゆっくりと立ち上がった。


「ウヒヒッ。ウヒヒヒヒ」


 ゾンビの様にフラフラと立っている。

 少しずつ足を前に出すが、足元がおぼつかず、全く前進できていなかった。

 そして、その恐怖のアンドロイドは顔を上げた。


「ウヒャヒャヒャッ! ヒャヒャヒャッ! ヒャヒャヒャッ! ハハハハハハッ! イーヒヒヒヒヒヒッ!」


 狼男の雄たけびのような笑いは、その場にいる全員を戦慄させた。

 アンドロイドは、腕や足をくねらせながら窓の方に体を向けた。

 そのまま半壊した窓を突き破って、不思議な踊りを踊りながら、見えなくなるまでニュージーランドの園を駆けていった。

 何だったんだアレは……と、恐ろしい光景を目にして茫然としてしまった。


 「まず洗面所に行こう」とエーデルが言ったので、俺はエーデルに抱えられて部屋を出た。その出た先に、フリージオがいたのがわかった。俺は俯いてぐったりしていたので、フリージオがどういう表情だったのかはわからなかった。


 洗面所で血を洗い流した。エーデルとアスカさんが包帯があるかどうかの話をしていて、俺の額は包帯で巻かれた。

 一通り治療が済んだ後、俺達が食事を取った場所に、モーテルにいた全員が集まった。集まったというより、エーデルが集まるように促した恰好だ。


 それほど広くない部屋は、スパイシーな匂いが抜けきっておらず、夕食に食べたカレー臭が充満していた。

 あのカレーライス、睡眠薬が入ってたんだな。美味しかったけど。

 斜め上に思考を走らせたが、険悪なムードは誤魔化せなかった。


 俺、エーデル、フリージオ、アスカさんがいる中で、第一声を放ったのはエーデルだった。


「フリージオ、僕が何故怒っているのか、わかるか?」


「えっと……それは……」


「ゆきひとの事を、おとりに使っただろ!!」


「……」


 ……おとり。そうか、フリージオが部屋から出て来なかったのは、あのアンドロイドが異常な行動を起こすまで待っていたのか。


「京都の一件、あの時点で君はアンドロイドの暴走事件の事を知っていたにも関わらず、僕達にその事を伝えなかった。今回もそうだ。あのアンドロイドが危険かもしれないという事をわかってたんじゃないのか!」


「……ご、ごめん」


 俺がエーデルに出会ってから、エーデルがここまで激怒している所を見るのは初めてだった。フリージオがこれだけ萎縮しているのを見るのも初めてだ。

 どうしてこんな状況になってしまったのか。とてもじゃないが、割って入れるような空気ではなかった。

 家族で揉めている時、ばっちゃんと母親が口論している時みたいな空気が流れていた。あの空気感が子供の時から凄く苦手だった。居たたまれない気持ちになる。


「ゆきひとが……ゆきひとが、あのアンドロイドに殺されていたかもしれないんだぞ!」


「……あのアンドロイドは男性を襲わないと思ったから……ごめんなさい」


「そもそも、君が全ての黒幕じゃないのか?」


「……えっ?」


 その辺りはちょっと気になる所ではある。


「フリージオ、君はこのモーテルの人間とグルじゃないのか? 食事を選んだのは君だ。リーク画像が出た事に関しても、仲間を集めているという君が一番得をしているじゃないか」


「言い分はわかるけど、僕が黒幕なら……おとりを使う必要はなくない? そこは矛盾してるでしょ」


 ……確かに。


「それにアンドロイドを暴走させる必要、僕にある? 動機は?」


 フリージオ、動機の話を自分からすると、ちょっと怪しくなってしまうぞ。


「君は動機を必要とするタイプには見えないな。快楽殺人者もこの世にはいるし、君もその類じゃないのか?」


「……僕はアンドロイドを暴走させてはいない。知りたいんだ……全てを」


「君の目的は何なんだ。……悪いがここで話せないなら、今後、君の事は一切信用しない」


「……来月、ニューヨークでクレイと落ち合う予定がある。その時じゃダメかな」


「……」


「その時に、僕が何を目的にしているのか、そして仲間を集めている理由を話すよ」


 ここで二人の言い合いを止めるのが適切かな。


「エーデル、俺の為に怒ってくれたんだよな、ありがとう。来月になったらフリージオから詳しい話を聞こう。それでいいか?」


「……あぁ。ゆきひとがそれで納得するなら、構わない……」


 エーデルが落ち着いてくれたようでよかった。

 

 ピリピリとした空気がなくなってから一人の女性が手を上げた。


「あの……私とフリージオさんは別にグルではないです。異変を感じて私に声をかけたのはフリージオさんなので。……というか、お客様には大変ご迷惑をおかけしまして、大変申し訳ありませんでしたっ!」


 アスカさんによる四十五度のお辞儀。さっきの蹴りもそうだが、実は体育会系なのではないかと思わせる程、キリッとしたお辞儀だった。

 初対面の不機嫌な様子と打って変って、真面目な経営者の姿勢になっていた。

 流石にこれだけの事態になったら、そうならざるを得ないか。


「自分で言うのもなんですが、私、常識を持ち合わせておりませんので、こういう時どう対応したらいいのか、わからないのです……。モーテルの経営、お客様対応はトージがしていたので」


「損害賠償とかはしないよ」


 フリージオが一言。


「そ、そ、そ損害賠償!?」


「だからしないってば。その代わり、トージとかいうアンドロイドの事、詳しく教えてくれない? 様子がおかしかったのは、わかってたんでしょ?」


「それは……」


「教えてくれないなら、損害賠償しちゃうよ」


「何なりとお申し付けください……と、言いたい所ですが、全部はちょっと……」


「言える範囲でいいよ。それと、後鍵付きの侵入禁止エリアに入れてくれたら、建物の修繕費を出してもいいけど」


「それは別に問題ありません」


 全部は話せないが、侵入禁止エリアに入るのはいいのか。

 俺達はまず、アスカさんの部屋を見る事になった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ