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173 ギネンシチュー

 その部屋は想像通りの部屋だった。

 壁のスイッチで灯された電球は仄かな黄色で、壁の脆さが目に付く。簡素な家具が疎らに置かれており、大きめの窓からは深い夜が感じられた。覗く前から、特に何も見えないだろうと予測されそうな窓。人が出入り出来そうなタイプの窓だったが、外に出てみようとは思わなかった。

 唯一の救いといえばベット。羽毛布団のようで、それなりに寝心地はよさそうだった。他に特質として何もない。……というか電化製品がない。何か仕掛けがありそうだが、引っ越しの荷物をまとめた後の如く何もない。とてもじゃないが二八二六年とは思えない内装だった。


「……何て言うか、部屋って感じがします」


 フォローしたつもりが、フォローになってなかった。


「気を使われないでいいですよ。見ての通りボロ宿ですので」


 トージさんは笑顔で言った。


「他の皆とは……」


「部屋は沢山ありますので、それぞれ別室になりますね」


「……そうですよね」


「鍵はついていますので、気になるようでしたらご活用下さい」


「どうもっス」


 トージさんは、エーデルを別室に案内していった。

 一人残された俺は、その部屋で肩をすくめてブルッと震えた。


 夕食、トージさんから出された料理はシチューだった。四人が腰をかけられるタイプのテーブル席に、俺とエーデルとフリージオが座っていた。俺以外の二人はもくもくとシチューを口に運んでいたが、俺は食が進まなかった。これはオーストラリアのホテルで見た映画、夏至祭のせいだ。  

 夏至祭のとあるワンシーン、村の食事会で振る舞われた料理の中に、女性のほにゃららと思われるブツが混入されているといった内容があった。トージさんを疑う訳ではないが、あまりにも雰囲気のある室内であった為、何か混ざっているのではないかと勘繰ってしまった。


「ユッキー、食べないの? 冷めちゃうよ」


「た、食べるけど……」


 食事も気になるが、それよりも。


「フリージオは何でこのモーテルに泊まろうと思ったんだ?」


「フッフッフッ、何でだと思う?」


 俺を怖がらせたいのか?

 ……怖いとか恥ずかしくてそんな事は言えんけど。

 俺とフリージオが目と目で探り合っていると、エーデルが食事の手を止めた。


「恐らく目的は、あの男性型アンドロイドじゃないのか?」


 確かにあのアンドロイドは気になる。エーデルの言う通り、あのアンドロイドが目的なのかもしれない。それに、アスカにも色々質問をしていた。彼女の事も探っているのだろうか。


「フフフ、フフフフフフフ」


 フリージオは不敵な笑みを浮かべて、シチューの残った皿を持ちながら自分の部屋へと歩いて行った。


「一体、何なんだよ……」


 あっ、今覚えている内に先月の誕生日プレゼントのお礼を言っておかないと。


「フリージオ、先月の誕生日プレゼントありがとうー……」


 聞こえてないかな。

 俺はテーブルに向かい直し、シチューを見つめる。

 ニンジン、ジャガイモ、ウインナーが、スープの中に入っている。

 臆する事など何もない。

 スプーンで掬って食べるんだ、俺。

 

「ゆきひと大丈夫か? シチューが苦手なら、僕が頂くぞ」


「いや、具合が悪い訳じゃないんだ。このモーテルが落ち着かないというか……。エーデルは、こういう場所平気なのか?」


「ふむ」


 エーデルは顎鬚を掻いて思案する。


「実を言うと、案外落ち着くんだ」


「そうなのか、それは凄いな」


「子供の頃、育ての母に連れられた所がこんな場所だった。何だか懐かしくてな」


「育ての母?」


「僕は捨て子だった。ゴミを漁って飢えを凌いでいた時、その母に拾われたんだ」


「そ、そうなのか。その母親とは上手くいってたのか?」


「悪い関係ではなかったかな。良くも悪くも僕の人生に大きな影響を与えてくれた人だった。映画鑑賞が趣味になったのも、彼女から影響を受けている。彼女はオカマで、元スパイの殺し屋だった。最終的に僕以外の子に殺されてしまったけど、本人的には納得のいく人生を送れたように思う」


 ちょっと待って、情報量が多い。


「……そうなのか、悪い、変な事を聞いて」


「シチューはあれか? 映画の……」


「そうなんだよな。女性のアレが混ざった料理が気になって」


「食が進まないなら僕が頂くよ。アレが入っていても死にはしないしな」


「……毒だったら?」


 数秒の沈黙。

 壁掛け時計の針が、チク、チク、チク、と、耳に入り込んできた。


「毒を以て毒を制す。死ななければ耐性もつくしな」


「いや、毒は食べちゃだめだろ」


 エーデルは少し驚いたような表情をした。


「た、確かにそうだな。ありがとう」


 エーデルの様子が可笑しい。どうしたんだ?

 数秒経つと、エーデルは落ち着いた表情に戻って、俺のシチューを自分の側に寄せ、スプーンを丁寧に使い口にした。


「……美味しいぞ。……前に映画鑑賞が趣味だと言ったが、実は食事も趣味なんだ。多分、幼少期に飢えていたからだと思うが、子供の頃は食べ物の事しか頭になかったな」


「映画を見て食事を疑うとか、俺、サイテーだよな」


「そんな事はない。警戒心を持つのは悪い事じゃない。……それより、心残りを思い出した」


「心の残り?」


「僕の三番目の兄、血の繋がってない義理の兄なのだが、兄さんはニューヨークで料理人になると言っていた。僕は母を殺した男を追っていて、兄さんとはニューヨークで別れたんだ。……兄さんの作った料理、食べたかったな。そもそも料理人になれたのかはわからないのだが」


「フリージオに調べてもらえば、わかるんじゃないか? エーデルの誕生日も知っているみたいだし」


「いや、調べてまで知りたいとは思わない。この世界が本当に未来なら、もう死んでしまっている事には変わりないしな」


「俺、シチュー食うよ! 食べ物を大切にしないなんてダメだよな!」


 エーデルの側にいったシチューの皿を手繰り寄せ、スプーンを器用に使って胃に流し込んだ。


「待て、ゆきひと。それは僕の使ってたスプーンだっ!」


「いっけね。間違えた」


 エーデルは数秒間、マネキンのように固まっていた。

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