169 新人記者の京都取材 【1】
二八二六年十一月上旬。
私はアメリカにある「センテンスプティング」本社にて、京都で起きたアンドロイド暴走事件を知った。社内に設置されている大型テレビに、アンドロイドと誰かが戦ってる映像がモザイクで映し出された。私はそれに釘付けになった。モザイクがかかっていたが、あの体格は女ではない。世界中を探せば、あれほどの体格の良い女もいるだろうが、京都にあの体格の女はいないだろう。直感で思った。アレは私が取材したい男達だ。
この時期の京都は、暖冬祭という祭りを開催していた。街中の道路下を暖房設備で暖め、寒空の下を浴衣を着て、屋台や神輿を楽しむというイベントだ。そうか、このイベントが開催される時期を選んだから、京都行きが遅くなったのか。
話しの流れからしてわかると思うが、私は彼らとまだ出会えてはいない。四か月前か五か月前に京都へ行こうと考えたが、会える確証が何もなかったので、結局京都に行く事はなかった。
でも今なら、すぐに京都へ飛べば彼らに会えるかもしれない。
京都と言えば彼女。
和宮萌香がいる。
和宮萌香という人物を、ここで少し手短に説明しよう。
彼女は第三回メンズ・オークションの入札者として参加した一人で、世界に七人しかいないと言われる純血の日本人の一人。今は大桜ゆきひとがいるので、世界にいる純血の日本人は八人となる。苗字からして高貴な血筋だと推測出来、それに合わせて希少人種でもある為、国からの補助金だけで生活が出来ていると思われる。
そんな彼女だが、現在大手動画サイトでYOーチューバー的な活動をしている。
第三回メンズ・オークションで、大桜ゆきひとに、最初に指名してもらえなかった事が原因で号泣した動画がネットのおもちゃになってしまった過去があり、一部界隈で一躍時の人となった。その失敗というか恥ずかしい出来事を逆手に取り、YOーチューバーとして成功したという訳だ。
ダメ元で、彼女のSNSに取材をさせてほしいとDMを送った。
ちなみにそのDMには、私のフルネームを載せた。私と彼女には、少なからず共通点があるので、名前を明かした方が有利に働くと考えた。
私は純血ではないが国籍は日本。そして、同じイベントで炎上経験がある。少しでも承諾してもらう可能性を高めたかった。
次の日にメールが来た。明後日以降であれば、取材を受けてもいいとの事だった。早速、編集長に許可を取って、アメリカを発ち日本へ。航空チケット、バス、新幹線もろもろの交通チケットの取得は二号に任せている。彼のお蔭で何処へ行っても迷うことはない。問題があるとすれば、彼が街や情景の写真を撮りたいが為に予定を入れてしまう事だ。それ込みでも、助かっている。アンドロイド及びAIの存在は、私にとってもなくてはならない存在になっていた。
二号を連れてというより、二号の付き添いで見慣れた東京駅周辺を散策した後、駅内の人込みをかき分けて新幹線を待った。私はスマホ型端末で仮眠用BGMを探しながら、停車した新幹線に乗った。
座席に着いても私のBGM探しは続いた。センテンスプティングに入社してからは、洋楽をよく聞くようになった。無意識に大好きだったアイドルソングを避けるようにしていたのかもしれない。今更芸能界に未練はないと思うが、私の中でのアイドルというカテゴリーは、封印しておきたいよくわからない存在になっていた。でも、久しぶりに聞きたくなったので、私は一推しアイドルの「セイカ」ちゃんの歌を聞いた。楽曲名は「馬走って、灯って」だ。「アネが雪の女王」で使われた楽曲で、疾走感溢れるナンバーとなっている。その曲を聞きながら、無意識に松井セイカちゃんをググっていた。恐らく記者となってしまったことによる職業病的な動作だ。睡眠用BGMを探していたはずが、作業用BGMになってしまった。興味や関心が移り替わる所は、私の長所でもあり短所でもある。
よくよく考えると、私はアイドルとして生きた彼女しか知らなかった。私の中の彼女は、数々の名曲を歌う最高の歌姫だ。その彼女の最期を知って、私は愕然とした。彼女は四十代半ばで事故死していた。表向き事故死とされているが、調べてみるとどうやら自殺らしい。理由は愛する人に罵倒され、人格を否定された事。生きる希望を失った彼女は、高層ビルから飛び降りたのだという。視覚から入る衝撃の情報。それを無視して聴覚からは、彼女の溌剌とした元気な歌声が聞こえてくる。
何でこんなに素敵な歌を歌えるのに、死を選んでしまったのか。
歌では全てを手に入れたのに、一人の愛する人間に否定されてしまうと、今まで積み上げてきた賞賛や栄光が見えなくなってしまうのだろうか。
私は人を愛するということに恐怖心を覚えた。
そして、彼女の歌声に切なさを感じたのだった。
京都に降り立った私は、見慣れない街でキョロキョロしていた。それを不審がってか、駅前の警察官に声をかけられた。話をして、怪しまれたのではなく、二号が原因であると気付いた。そりゃそうか、京都府でアンドロイドが暴れる事件が発生したばかりだもの。
三日前、アンドロイドの暴走事件が起きた当日、警察の対応は早かった。少しずつだが、アンドロイドの暴走に対して警戒や関心が高まっているのだ。
私はすぐに記者だと明かし、逆に質問攻めにした。現場で対処した警察官の話を聞きたかった。数十分したら相手が面倒になってきたようで解放された。残念ながら有力な情報は得られなかった。
和宮萌香の取材予定まで時間があった。二号にねだられて京都の街並みを見て周った。私自身、京都に来たことはなかったので、二号と観光気分を味わうのも悪くはないと感じて満喫した。
指定された旅館の入り口で和宮萌香は待ち構えていた。凛とした佇まいに、紅葉柄の浴衣はよく映えている。芸能人的なオーラを感じた。
私達は奥の広間に案内された。そこには撮影用カメラと、煌びやかなソファが二席、間隔を開けてセッティングされていた。ここで談笑し、その様子を撮影配信するようだった。私は周囲を見渡した。やはりというか、彼らはおらず、肩を落とした。広間にいるのは和宮萌香と彼女をサポートするスタッフしかいなかった。テンションの下がった状態を気取られないようして、和宮萌香と挨拶を交わす。
彼女は、曇りのない笑顔を見せていた。
この曇りの無さは、恐怖を覚えるパターンの方だと思った。