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168 恋桜

 我がマイケルよー静まりたまへー。

 我がマイケルよーーー、しーずーまーりーたーまーへー。

 僕は温泉の中で、我がマイケルに念じていた。

 頭で思い浮かぶ大スターマイケルは、洒落た服で股間に手を当てて「ポゥッ!」と歌いながらダンスをしている。「ポゥッ!」じゃないっ! ……と思いつつ、芯まで温まる泉の中の我がマイケルのムーンウォークは止まらなかった。抜いてこない自分も悪いが、抜く暇もなかった。

 

 ここは残念だった事を思い浮かべよう。ゆきひとはAIの不倫事件を担当する祭、どういう訳かフルヌードになったらしい。このイベントに、僕も参加したかった。

 四年も引きこもらず、すぐ出ていれば、僕もゆきひとのフルヌードを生で見れたかもしれない。後悔の念を抱けば抱くほど、握りしめる拳は固くなる。もっと早くゆきひとに出会いたかった。残念な事思い浮かべて力を抜いたが、我がマイケルの芯は硬いままだった。もういいか、温泉に浸かってる間は見えないわけだし。


 ガラガラガラッという戸が開く音と共に、腰にタオルをかけたゆきひとがやってきた。盛り上がった胸筋、統率のとれた腹筋、上半身に引け劣らないほどガッシリとした足腰。ほれぼれしてしまう筋肉だ。僕が筋肉モデルの社長をしていたら、即採用してしまうだろう。


「ごめん、少し遅れた」


 そう言って、ゆきひとはさっそうと湯に浸かった。

 僕は視線を逸らして、少し距離をとる。

 我ながらなんなんだっ! 乙女かっ!


「別に待ってなどいない」


「何で離れるんだよ。一緒に温まろうぜ」


 ゆきひとが、僕の肩に手をかけた。


「ちょっ、待ちなっ」


 僕はその手を軽く払ってしまった。


「ん?」


「距離感が、わからない」


「距離感?」


「こういうのは初めてなんだ」


「同性と風呂、入った事ないのか?」


「入った事はあるが」


 そう言えば、春希とスーパー銭湯に行った事はある。でもあの時は、こんな風にはならなかった。何故だろう。春希はタイプではなかったのか、恋愛感情がなかったからなのか。確実に違うのは、僕がゲイであると知った上で、ゆきひとは普通に接してくれているという事だ。そして、凄いイイッ筋肉で、もしかしたらドが付くタイプなのかもしれない。


「温泉、気持ちいよな。……もういいじゃんか、自由にさらけ出して。俺もさ、これからは楽しく生きて行きたいなぁーって」


「何の話だ?」


「少し疲れてて、適当な事を言うと思うから、今から言う事は聞き流していいよ。……エーデルの故郷はセクシャルマイノリティに対して厳しい所だったっていうのは、知識としてはあるんだ。でも、今はそういうのはなくて、オープンに出来る訳じゃん」


 そうか、長年抑圧されていたものから解放されて、そして多分、恋をしてしまって、感情が収まらなくなってしまったのかもしれない。小説で読んだ知識だが、幼い頃に親から趣味を抑圧された人間は、反動により、大人になったらもの凄く趣味にはまってしまうというケースがあるという。もしかしたら、僕もこの先、暴走してしまうかもしれないのか。


「……だが、長年染みついた習慣は変えられんよ」


「そうかな。エーデルは変わってきてると思うぜ」


「それより、ゆきひとは何でそんなに積極的なんだ」


「俺にとって、今自然に話せる同性はエーデルしかいないし、エーデルも俺しかいない。だからもっと、仲良くなりたいんだよ。それと……昔さ、同性に告白された事があったんだけど、当時付き合ってる子もいたし、深く考えもせずに振っちゃったんだよね」


「それに悔いがあるのか?」


「今でこそ、人に振られて傷つく気持ちが痛いほどわかるから、もう少しなんとかできなかったかなって」


「いいんじゃないか? 変に期待させるより」


「だってさ……その子、後で知った事なんだけど、探偵まで雇って俺に告白してきたんだよ?」


 ……!?

 同性に告白する為に、探偵を雇った?

 もしかして春希が関わった案件か?

 ……だとすれば、ゆきひととニアミスしてた事になる。

 そういえば春希から告白相手の写真を見せられようとして突き返した気が……。クソッ、大学生時代のゆきひとの写真、見たかったっ……!


「エーデル、どうしたんだ? ……苦い顔をして。また突然の腹痛か?」


「いや、突然の腹痛の話はもう忘れてくれ。……当時、同性から告白された事があって、無下に振った事に悔いがあるにしても、ゆきひとがゲイに対して気を使う必要はないだろう。今でもヴィーナ、彼女の事が好きなのだろう?」


「……まぁ」


 わかっていた事とはいえ、微妙にショックを受けてしまう。


「だったらその事に集中すればいい。僕もその為に協力はする」


「で・も・今、俺フリィなんだよねー」


 ゆきひとは突然立ち上がった。大胸筋と腹筋の溝を湯が滴り、お湯も滴るいい男が出来上がっている。その「ヘイ、イッチョアガリ」が、僕目がけてDIVEしてきた。弾力のある筋肉が覆いかぶさり、温泉の底ドンされた。


「うわぁぁぁ」


 ……というか、己のゴールデンマイケルがヤバい!


「うおおおおおおおおおおお」


 下腹部を押さえて、勢いよく後ずさりした。


「どうしたんだよ、エーデル」


 あ、危ねぇ……。ゴールデンマイケルが、ゆきひとの板チョコに当たる所だった。もし当たっていたら「ポウッ!」してたかもしれない。


「はぁ……はぁ……グーグル先生が、トイレットティーチャーな事を思いだして、つい、驚いてしまったんだ……」


「言ってることが、意味不明だぞ」


 その反応だと、マイケルには触れてなかったみたいだな、ヨシッ。


「ゆきひと、次の誕生日で幾つになる?」


「俺は二十七歳になるけど、エーデルは?」


「誕生日が過ぎてるなら、四十六だ」


「エーデル、誕生日おめでとう」


「ゆきひとも……誕生日おめでとう」


 ゆきひとの笑顔は、温泉に設置されているライトに照らされて輝いて見えた。


 温泉を出た僕達(勿論、僕は後から退出)は、同室で寝る事になった。

 嬉しい反面、気を使わなくてもいいとも思った。

 フリージオは萌香と同室で寝るらしく、自称ジェンダーレスと言っているフリージオに対して、所々で使い分けられるジェンダーレスは、便利なセクシャルだと思ってしまった。

 

 一緒の部屋で寝て大丈夫かと、僕はゆきひとに尋ねた。彼は「襲われても、返り討ちに出来るから大丈夫だぜ」と笑っていた。その言葉を聞いて、少し複雑な心境にはなったが、確かにあの強さなら大抵の奴は捻り潰せるだろう。

 並べられた羽毛布団に横になる前、フェアじゃないからという理由で、ゆきひとが貰った誕生日プレゼントについて教えてくれた。どうやら、ヴィーナが芸能界で活動していた頃に出した写真集の電子書籍を貰ったらしい。その事については深く聞かずに、僕とゆきひとは別々の布団に入った。


 五分もしない内に、ゆきひとのいびきが聞こえてきた。本当に疲れていたようだっだ。寝相が悪く、ゴロゴロと転がりだし、僕に抱き付いた。僕の顎にゆきひとの額が当たった。


「ヴィーナしゃん……」


 ゆきひとが寝言で呟く。それと同時に僕の胸がズキンと軋む。その胸に、ゆきひとは頭をスリスリさせた。

 悪いな……ヴィーナの胸じゃなくて、それは僕の胸なんだ。

 

 ゆきひとの寝言にショックを受けているのがわかる。ヴィーナの写真集を見た後だし、仕方ない。

 そうだとわかっていても、好意を寄せている人が、別の人を想っていると、こんなにも苦しくて辛いんだなぁ。今からゲイに目覚めないだろうか。バイでもいい。叶わない事だとしても、そう願ってしまう。

 僕が四十六で、ゆきひとが二十七、二回りも年上のおっさんに好意を持たれるとか、普通に考えて気持ち悪いよな。僕はこれからどうしたらいい? ゲイであると知られれば仕事を失う。迫害を受けてしまう。そうやって幼少期を育ち、ずっと抑制して生きてきた。この先、このままゆきひとと関われば、僕は歯止めが利かなくなってしまうだろう。春希のお姉さんは、好きな人に受け入れてもらえずに自殺してしまった。ゆきひとがヴィーナと再会してしまったら、僕だって捨てられてしまうだろう。この感情のまま突き進めば、待っているのは破滅かもしれない。


 ……それでもいい。


 今はゆきひとと一緒にいたい。

 僕に利用価値がある間は、捨てたりはしないだろう。

 もとよりなかったこの命、これからはその全てをゆきひとの為に使おう。


 ゆきひとのハグがきつくなる。僕の胸がゆきひとの涙で濡れる。

 このまま抱いてしまえば、楽になれるだろう。……でも、やめておこう。一回は気を使ってやらしてもらえるかもしれないが、元の関係には戻れなくなる。

 僕達は、プラトニックな関係を貫こう。

 この気持ちは、墓場まで持っていこう。

 僕はゆきひとを強く抱きしめ返して、深い眠りについた。



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