164 ハロー・ワイルド 『〇』
館内を闇雲に歩いていたら、道に迷った。
よくよく考えたらシャワーではなく、ここにあるのは温泉か……。
「おーい、エーデルー!」
振り返るとそこにゆきひとがいた。
「どうした」
「一緒に、温泉入ろうよ」
……!?
「な、な、何を言ってるんだ混浴など」
「同性なんだから、混浴じゃないだろ」
可笑しな事を言ってしまった。
一緒に温泉は……入りたい。だがそんな事をしたら、僕のマイケルジャクソンが、スリラーになって、ムーンウォークしてしまう……!
「気持ちは嬉しいが、その……文化は、まだちょっと慣れないんだ。それに言っただろ、僕はゲイだって。聞いてなかったのか?」
「エーデルこそ聞いてなかったのか? 俺は自分の筋肉を見られたり触られたりするのが好きだって」
何なんだこの男は。
こんな事を言う奴が本当に存在するのか?
やはりこの男は僕が作り出した幻覚なんじゃ……。
……というか、筋肉を見るにしてもオープンにされるより、チラ見したり、隠れて見たり、腹チラをラッキースケベする方が興奮するんだが。
……違う、そういう事じゃない。
ダメだ、どうしても考えが可笑しくなる。
落ち着くんだ僕。
「今日は気分が優れない。温泉は今度にさせてもらう」
「そっか……じゃぁ、明日は入ろうな」
「あぁ……」
自分の声の小ささとは裏腹に、また誘われた嬉しさが込み上げて来るのを感じている。僕は一体どうしてしまったというのだ。
次の日。
祭りが始まる前の街並みを、用意された浴衣を着て散策していた。外界に出て半年、光学迷彩機能を覚え、自由に使えるようになった。その機能を使っていたので、周囲の女性達からの視線は無い。管理者のフリージオにはGPS機能で位置は伝わっているので首に縄が繋がれた状態ではあったが、それなりの開放感もあった。
男性アンドロイドの神輿が気になったので、彼らが集まっている場所にも行ってみた。数十人の褌姿のコピペ感漂う若い男集とは別に、神輿の傍には一人だけ全く違う雰囲気の壮年のアンドロイドがいた。全員引き締まった体形で、若干のむさ苦しさを感じる。少し気になって声をかけてみようと思ったが、楽しみは夜にとっておく事にした。
夕方。
並んだ屋台は活気立ち、人の賑わいが増していた。
ありとあらゆる色の髪をした女性達は、宝石のように輝いていた。
このお祭りを楽しみにしていたんだなと、感じとる事が出来た。
ゆきひとと屋台を一緒に回ろうと約束をしていた。
光学迷彩を解いたので、周囲の視線が痛かったが、すれ違いになってもまずかったので腕を組んで待っていた。
「エーデル、お待たせ。どうだ俺の浴衣」
「ふーん。いいんじゃないか?」
そう言いつつ、僕はゆきひとの方を見ていなかった。
「何処見てんだ? そこに俺はいないぞ? そっちに面白いもんでもあるのか?」
「昨日寝違えて首を痛めたんだ」
またどうでもいい嘘をついてしまう。
「ほらほらほら、俺の浴衣姿どうよ。似合ってるだろ? 俺の胸筋と同調してて、いいルネッサンスだろ?」
……どういう意味だ? ことわざ関係ですら意味がわからなくなるのに、新たな造語を作られても対応出来んぞ。
「そういえば首を痛めたんだっけか。俺が視界に入ればいいのか」
「……だから、こういうのは、チラ見した方が……!」
「チラ見?」
「いや、違う! あっちの屋台料理を、アジ見がしたいと言ったんだ!」
「共通点のある単語の方が少ないぞ……」
くそっ、僕の反応を面白がってないか?
ゆきひとよ……何だかフリージオに似て来たぞ。
「……くっ」
「エーデルっー!」
ゆきひとがスルリと僕の目の前に立ったので、不意な形で彼の浴衣姿を目にしてしまった。
「手、繋ごうよ」
その瞬間、見えない花火が上がった。
華々しく散るその火のこは、屋台の煌めきと交わって七色に輝いて見えた。
胸に当てた手が、強い鼓動を感じている。
その鼓動は体中の血液を沸騰させた。
熱い。暑い。それでいてじんわりと暖かい。
乱れた呼吸の音が消えていく。
今までに感じた事のない振動は、隠していた感情を確信に変えた。
そうか、僕は……この男に恋をしたのか。