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163 暖冬祭

 あの狭い引きこもり空間という名の精神病院から旅立って半年が経った。

 その今までの半年間は、ゆきひとが結婚生活で赴いた国々を巡った。

 フランスのパリ、エジプトのカイロ、タイのバンコク、道行く人々は皆女性で、積極的に近づいてこないが、挨拶をしたり笑顔で手を振ったりして応えてくれた。近づいてこないのは、国事に男子に接近する事に対しての法律があり、近づかないのが無難だからという事らしい。いわゆる天然記念物のような扱いになっていた。特殊な環境ではあったが、風や大地のにおいを感じる旅は、少しずつ心の穢れを洗い流した。女性しかいない社会に当初は嫌悪感を抱いていたが、今では慣れてしまった自分がいる。ゆきひとの存在は大きいだろうが、それに併せて全く男がいない訳ではないという希望が見えてきたからなのだと思う。


 それぞれの国では、観光で一か月ずつ過ごしており、特に事件などにも遭遇せず何事もなく楽しんでいた。これでいいんだろうかと不安になる程だった。

 凱旋門を巡り、カジノを楽しみ、露店を巡って食べ歩きをする。今までは幸せを掴むとそれを失う恐怖が付きまとって、純粋に生きる事を楽しめない自分がいたのだが、今はそれがない。何処か突き抜けてしまったような感覚が常にあり、媚薬が散布されてしまったような空の下をふわふわと身を任せていた。

 そうか、今僕は幸せを感じているのか。

 一生分の幸福を消費している気がする。

 現実味は相変わらずないが、今ではこの世界が現実だと思うようになっていた。

 理由はわからないが、ゆきひとといると何処で何をしても楽しかった。


 京都の旅館でとある女性と会う約束をしていた。

 本来であれば、ゆきひとが巡った国の順番に回る予定だったが、事情により京都は後回しになった。どうやら十一月に何かあるらしく、それに合わせたかったようだ。僕達は予約している旅館に足を運び、広間に向かった。


「お待ちしておりました、皆さん」


 典型的な大和撫子といった感じの女性が僕達に挨拶をした。

 彼女は最初にゆきひとを見て、次に僕を数秒間観察、最後にフリージオをチラ見した。


「おう、萌香久しぶりだな!」


「何時の間にか呼び捨てになってますけど、まぁいいです。えっと、この時期にお呼びしたのは暖冬祭があるからで……それを是非楽しんでほしかったからです」


 暖冬祭とは、京都中の路面に設置された宏大な暖房器具をONにして、秋から冬にかけて気温の低い時期に、浴衣で紅葉や祭りを楽しもうというイベントらしい。なんでも冬に暖房の前でアイスクリームを食べる感覚を味わえるのだとか。男型アンドロイドの神輿も見られるらしい。


「皆さんが着る浴衣は準備してあります。スリーサイズは聞いていますのでご心配なく」


 勝手に人のスリーサイズを……。


「外国の小父様? 浴衣はご不満ですか?」


 この萌香という女性、やけに自信たっぷりな話し方をする。紅葉柄はさておいて、赤のイメージが強い。……もしかしたら苦手なタイプかもしれん。


「いや、感謝する。僕も浴衣を着させてもらおう」


 萌香は驚いた表情を見せた。


「……? 何か?」


「いえ、日本語が上手だと思いまして」


 この時代では、ナノマシンの翻訳機能があり、日本語で話しているのか判別出来ないはずだが。


「すみません、自分で言うのもなんですが、これは悪趣味の一つです。翻訳機能を切って日本語が話せるのかどうかをチェックしているんです。小父様は合格です」


「合格すると、何か頂けるのかな」


「あら、冗談もお上手なのね」


 萌香はクスクス笑う。


「小父様はわたくしの事苦手かもしれませんが、わたくしは小父様の事好きになっちゃいました。基本的に外国の男に興味はありませんが、小父様ならアリかもしれません」


 この萌香とやら……もしかしてエスパーか?


「萌香は日本人の男と結婚する夢やめたのか?」


 ゆきひとが言う。


「いいえ、今でも持ってます。恋愛だけなら外国の殿方でもいいかなって。ふふ」


 でも……とは何なのだ。

 それよりやけに親しげだが、何処までいっている関係なんだ?

 今までに会った別の国の女性達は、深い恋愛感情などなかったようだが、ゆきひとと萌香の関係はどうなのだろうか。ある程度聞いているとはいえ、気になる。もの凄ーく気になる。


「二人も一度は結婚した仲なんだよな。萌香とやらは別れて良かったのか?」


「今は今、昔は昔という事で」


 萌香は落ち着いた様子で答えた。

 何か上手い事を言った表情だが、その内容だと何もわからん。


「あら、物足りないご様子で……」


 やはりこの娘、エスパーか?


「実はもう一夜を共にした関係なので……ふふ」


「おい、誤解を招くような事言うなよ」


「嘘は言ってませんわ……ふふ」


 ゆきひとと萌香は楽しそうだった。

 事前に聞いている事ではあるし、別に動揺するほどの事ではない。

 

 ふと違和感に気付いた。

 いつも何かしら騒がしいあの王子の気配が薄い。

 後ろを振り返るとフリージオと目が合った。


「僕の事は気にしないで! 僕は空気を読んでいただけだから……!」


 空気を読む? 

 空気に文字でも書いてあるのか?

 いやいやいや違う違う。空気を読むとは気を使うという意味だ。

 テンパると、どうも日本語を瞬時に理解出来なくなる……というか僕は今テンパっているのか? そもそも今更フリージオが僕に何の気を使う必要があるのだ。

 もしや、僕がゆきひとに対して好意を持っていると誤解している?

 それで仄かに微笑んでいるのか?

 いかんいかん、このままではいけない。

 ここは落ち着く為に、先に失礼させてもらおう。 


「少し疲れたから、先にシャワーを浴びて休ませてもらう」


 僕は皆にそう告げて、広間を後にした。

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