162 新人記者の現場検証
西暦二八二六年、六月十五日。
私は今、日本の東京にいる。
第二回メンズ・オークションの記事は、試行錯誤しながらも書き終え、電子記事として掲載された。読者からの評判も上々で、編集長からも高評価を得た。それをダシに使ってアンドロイドの暴走事件を追わせてほしいと頼み込み、ここ最近事件の起きた東京に足を運んだという訳だ。
メンズオークションの記事はロシアまで行って聞き込んでそれなりに収穫を得たが、その収穫のメインは掲載しなかった。理由は出品された男性が「ゲイ」であると大声で叫んでから倒れたという話を聞いたからだ。なるほど、どの女性にもなびかないはずだ。流石にゲイの話題は掲載出来なかった。センシティブな部分ではあるし、内容からして掲載自体出来なかったであろう。
話を戻そう。
先程も言ったが、私は今東京にいる。
夜の薄暗い路地に立って、事件の起きた場所をうろちょろしていた。
勿論一人ではない。アンドロイドのマーティン改め、二号と一緒だ。
「被害者アンドロイドの自宅って、この近くだっけ」
「えーっと、正確な場所を調べるっス」
ここでどういう事件が起きたのか、簡潔に話そう。
職業タクシードライバーのアンドロイドが、乗客のアンドロイドからナイフでメッタ刺しに遭い、運転の疎かになった車は電柱にぶつかり炎上。そのぐらいで死ぬ訳のない加害者と被害者のアンドロイドは、その後ももみ合いが続き、息絶えたタクシードライバーに続いて、加害者のアンドロイドは炎上したタクシーに乗り、車もろとも大破したらしい。
アンドロイドの共食いと言われたこの事件、アメリカのニューヨーク、ニューオリンズに続いて三件目で、謎が謎を呼んでいる。
共通点は、被害者も加害者も男のアンドロイド。そして被害者の自宅が荒らされているという点。
「でも、金品を取られた形跡はないのよね」
「タクシーのうんちゃんの家、大田区っスね。日本国際空港の近くっス。飛行機とか乗り物が好きだったんスかね」
あぁ、日本国際空港か。
あまりいい思い出がない。
「……ん? ちょっと待って」
タクシードライバーと日本国際空港というワードで、沼底に沈んでいた記憶が蘇ってきた。
……もしかして、あの人なんじゃ。
私は被害者アンドロイドの写真をネットの海から探し出した。
「あった……! やっぱり……」
「どうしたんスか?」
「被害者のタクシードライバー、四年前に私をタクシーに乗せてるの」
四年前、第二回メンズ・オークションが開かれたロシアから帰国した私は、日本国際空港で待ち構えていた記者達から逃れるようにタクシーに乗った。その時の運転手が、今回事件に巻き込まれたアンドロイドだ。飄々とした物腰で、恨んでいた人がいたかと言われたらいたのかもしれないが、この事件を起こしたのが人間ではなくアンドロイドという点が、動機を含めて全てをややこしくしている。
「……動機は何だろう」
「動機って、人間じゃないんスから」
「じゃぁ、ただのバグだって言うの?」
「それか……事件を起こしたアンドロイドに、タクシードライバーを破壊するよう、人間が操作したって考えるのが普通じゃないスか?」
「まぁ、そうね。……これは被害者の自宅に行ってみるしかないわね」
「多分、侵入禁止だと思う」
「行かないの?」
「勿論、行くに決まってるっス」
二号は嬉しそうだった。
深夜、私達は大田区の日本国際空港近くのマンションに赴いた。
被害者の自宅は、いわゆる事件が起きた時に貼られるテープが縦横無尽になっている状態で、入ってはいけない空気感満載になっていた。ここは礼儀として入り口付近で手を合わせて謝り、記者魂全開で突入した。
「おじゃましま……す」
薄暗い玄関、廊下をペンライトで照らしながら進み、八畳ほどのワンルームに入る。足元はガラスか何かの破片が散らばっており、とてもじゃないが素足では歩けない状態だった。
部屋中を八の字描くようにペンライトで照らして見る。男性の一人暮らしの跡と言ったらいいのだろうか、想像でしかないがそんな雰囲気が残っている。海が近いからか少し南国を思わせる装飾が多い。思ったより荒れてはいなかったが、その反面、PCや電化製品は棒で何度も殴ったような、原型を留めて無いほどにボコボコにされていた。足元の破片はこの電子機器の一部とみられる。
「二号いる?」
「怖いんスか?」
「怖いわよ……それより写真、写真」
「言われなくても」
二号はアナログな趣のあるカメラでパシャパシャと写真を撮り始めた。私は壊れたPCにペンライトを当てる。見るも無惨な光景は直視するのを躊躇うほどだ。
このPCと同様に被害者もナイフでメッタ刺しに遭っている。その行為は憎悪を感じさせ、物盗りの犯行ではないという感じがした。
「これだけ見ると、やっぱり何か強い憎しみを感じる」
「でも、この場所、噂によると加害者は来てないらしいっスよ。被害者自身がこの部屋を破壊したみたいで」
「えっ? 被害者が部屋を滅茶苦茶にしたの? 何の為に。……ていうか何でそんな事がわかるのよ」
「ここのアパートの四方に街のカメラがあって、加害者はこの場所に近づいていないらしいんっスよねー」
あぁ、そうか、なるほど。
そうなると、私達もバッチリ記録に残っちゃってるのね。
「街のカメラの映像って消せないのかしら」
「そこまでします? 共犯がいたのか、お互いにバクか何かで暴走って感じじゃないスかねぇ。……自分も今ここで暴走とか何かしちゃったりして」
「やめてよ! マジで怖い。二号は大丈夫なの? 貴方は暴走しないわよね」
「自分でいうのも何でスが、政府御用達の高性能アンドロイドなんで」
「だから怖いんじゃない」
「どうして?」
「被害者のアンドロイド……何か砕けた話し方をしていたっていうか、人間らしかった。貴方と同じようにね。……もういいわ、確かにここで暴走されたら嫌だから、ここを出ましょう」
私は被害者アパートを離れて、予約したホテルの一室で情報を整理した。
男型のアンドロイドというのは、女性の為に利用され所有者がいるのが基本だ。このタクシードライバーのアンドロイドは所有者がおらず、とある会社から派遣されていたようだった。何処の会社なのかは、被害者の務めていた会社に問い合わせたが返答は無かった。他の被害に遭ったアンドロイドも会社が管理しているものらしく、会社が管理しているアンドロイドという共通点を見つける事が出来た。一方加害者の方は一般女性の所有物であり、今までの事件同様、被害者との接点は見つけられなかった。
謎が謎を呼ぶ事件。考えれば考える程、頭が痛くなった。
実は日本に来た利用は他にもあった。
彼らが日本に来るのではないかという期待だ。彼らというのは、大桜ゆきひと、エーデル・スターリン、フリージオ・エトワールの事だ。
フランス、エジプトと目撃情報があり、ゆきひとの結婚した順番を辿れば、次は日本の京都ではないかと推測した。……なので、勢いで京都に行こうかなという気持ちがあった。
彼らに会いたい理由は、スクープになるからか、単純に懐かしくて再会したいからか、理由は様々だが一番気になっているのは彼らの行動原理。彼らの行動にも何か意味があるはず。
彼らと接触出来れば、何かしらの糸口が見える気がしたのだ。
彼らは、今何処で何をしているのだろうか。