160 プロローグデジャビュ 【2】
「うおぉ!」
「起きろよっ! 何で寝てんだ!」
男前の筋肉に癒されて、何時の間にか寝てしまったようだ。
ゆきひとの大声に続いて、聞きなれない女性の声がした。
「エーデル、起こしてごめん!」
仰向けの体を起こすゆきひとの上に座り込む女性がいた。
白い髪のミディアムヘア、白シャツと白デニムという清潔感のある彼女は、おちゃらけた様子で微笑んでいる。
「いや、他人の気配に気が付けなかった自分に落胆しているんだ」
僕の言葉をよそに、女性はゆきひとの腹部の上で跳ねていた。
「あっっイヤ……それはぁ」
いいシュチュレーションではあるが……今の僕には刺激が強いんだ……。
「ゆきひと君は腹筋鍛えるの好きでしょ」
目を逸らそうと努力するが、どうしても目がいってしまう。
彼女はその視線を見逃さなかった。
「小父様どうもどうも!」
「何か面倒くさそうなのが来たな」
誰だかわからないが、彼女をトリガーにして現実に引き戻された。
これが良いのか悪いのか。
冷静な状態にしてくれた事には感謝しよう。
「お初にお目にかかります! 僕は! 私は! フランス王室第一王子フリージオ・エトワールでっす! 以後お見知りおきを」
「王……子?」
どういう事だ?
地上で活動している男は三人しかいないのではないのか?
考えを整理する為、その日は中央のガラスにモザイクをかけて、彼らとの接触を絶った。
日を改めて、ゆきひとと自称王子が再びやって来る。
「ごめんなさい。前回は誤解させたようだね。怒ってはいないよね?」
フリージオは無邪気な笑みを浮かべている。
作り笑いではない。ガチ笑顔な気がする。それはそれで怖い。
「どうかな?」
「僕は生物学的には女だけど、男装を楽しんでいるんだ」
「……そういうことか」
一日考え、大よその見当はついていた。
彼女、いや、彼は男装の麗人。
麗人と言えば、ロシアの施設で会った警備員の事が脳裏に浮かんだ。
名はクレスと言ったか。いやクリス? クリーンだったっけ?
クソッ、色んな事が重なって忘れてしまった。
名はともかく、あの時の警備員も男装の麗人だったに違いない。
「そういうこと。ユッキーは嘘をついてないよ」
「ユ、ユッキーって俺のこと?」
ゆきひとは、苦笑いではにかんでいる。
いちいち表情が可愛いな。
「やっと笑ったね」
「苦笑いって言うんだぞこういうのは」
二人は仲睦まじい様子を見せた。
過去に何かあったのだろうか。
現地妻では無いようだし、問題はなさそうだが。
「で、今日の要件は何だ?」
「エーデルを救い出したい本当の理由を話に来た」
救う……か。
別の人間に言われたら腹が立ったかもしれないが、ゆきひとからの言葉は不思議と嫌ではなかった。
「そうか」
「それを話すには、俺がこの時代に来てからの一年間を全て聞いてもらわないといけない」
それは物凄く興味があるな。
「……わかった。聞こう」
「なら決まりだね!」
フリージオが指を鳴らした瞬間、部屋が闇に包まれた。それから忽ち光の粒が彼方此方で輝き、空間が夜空のような煌めきで閃光を描いた。まるで映画の世界に迷い込んでしまったかのような感じだ。
「懐かしいなこれ」
ふと、ゆきひとが呟いた。
それに合わせて、フリージオは星屑の上でステップを踏んだ。
「これはイメージシアターだよ!」
「今回は俺の思考に反応するのかな」
二人の会話がどういう意味かまるでわからなかったが、そんな事がどうでもよくなるくらい、この映画空間は僕の心を滾らせた。
あの日見たオズと魔法使いの虹を彷彿とさせるようなプリズム。それに合わせてサウンドオブミュージックの賑やかで弾む音楽も聞こえてきそうだ。子供の頃に見た名作映画の数々、それが走馬灯になってイメージを走らせるのだ。
「そうそう。ユッキーのイメージがこの空間に表れるんだよ」
「そう言えばどういう原理なんだ?」
「ユッキーの体にもナノマシン入ってるよね。まぁ細かいことは割愛で」
思わず星屑の床を触ってしまう。
「数年いたが、こんな機能があったのか……」
「王子……何時の間にこんな機能を?」
ゆきひとも驚いている。
「ここの病院、僕の所有物なんだけど」
「あ、そうなんだ」
「もっと驚けコノコノー。まぁいいや話し始めてユッキー!」
それから僕は、僕と出会う前のゆきひとの一年を知る事になる。