157 セルフミュージカルダイナマイト
車での移動。内装は特殊なリムジンのようだった。
僕は座席に着き窓の外を見ていた。相変わらず雪が降っている。その雪は黄泉の入り口のようにも見える。未だにこれが現実の景色なのか判別が出来なかった。
僕の向かいにはヴィーナがいて、目が合った瞬間、ニコリと微笑んでみせた。だが、その微笑みは作り笑いだと感じた。
イベントの説明を一通り受け、何か特技を披露するように言われたが、「やらん」と一言だけ発して、その後は口を開かなかった。
劇場に着いた。
正面にそびえ立つ八本の柱が特徴的な外装。地獄の道を通ってき来たと思ったら、今度は神の国に迷い込んでしまったようだ。この国に生まれたなら、知らない者はいないほどの有名な場所だが、今はパッと名が浮かばなかった。
しかし、いよいよこれが現実なのではないかという実感を体に染み込ませるのには十分な材料だった。
昔、この場所に入った事があるような気がする。うる覚えだが、あまり当時と変わっていないようだ。……当時と考えてしまう時点で、もはやここが未来だと思い始めている証。それでもまだ、精神を病んでいて幻覚を見ているだけなのだと、せめぎ合っている自分がいる。もはや、この状況をどう判断したらいいのかわからない。ぼんやりとそんな思考に囚われながら、ステージ中央まで案内された。
そばにマイクを持った少女がいた。何やら挨拶めいた事を言っているが、内容が耳に入ってこなかった。そして客席の方を向いて愕然とした。
燦然と輝いて集結している女性達。色とりどりに着飾った彼女達は談笑をして、その一時を楽しんでいる様子だった。
男は、本当に男はいないのか?
辺りを見渡すが、彼方を見ても此方を見ても、女、女、女。女のバーゲンセール所ではない。女のセルフミュージカル? いや、商品は僕の方だから、まさにメンズオークションなのか……。
もう、この世界には女性しかいないのだろうか? 悪寒が止まらない。もしストレートの男であれば、この状況に歓喜していたはず……。
その時に実感したのだ。
僕は、正真正銘のゲイなのだと。
世界が歪んでいく。
体格のいい女が目の前でダーツを始めた。
きっと幻覚だ。
ステージにエレクトーンが出現し、少女が演奏をし始めた。
きっと幻覚だ。
桃色の髪の乙女が、歌を歌いだした。
きっと幻覚だ。
女達が僕に声を投げかけているが、聞き取れなかったというより聞きたくなかった。耳を塞いだとしても聞こえてくるであろう女達の声。僕はこんなに女性が苦手だったのだろうか。違う。男性が全くいない現実が受け止められていないのか。わからない。今までは男が普通にいたから気が付かなかっただけなのだろうか。
これは罰なのか。
スパイとして、様々な女性を軽く扱った。
ゲイである事を隠して、目的の為に利用し簡単に関係を切っていった。
それの罰なのか。
そうか……この目に広がる光景はきっと罰なのだ。
そんな事を考えている中、ストンと一人の少女の声が耳に入った。
「場を盛り上げてくれませんか?」
何故、僕がそんな事をしなければならない。それから畳みかけるように、少女はグチグチと追い込んできた。何が不満なのだと。
不満だらけだ。もう全てが不満だ。
子供じゃないんだから、状況を考えて下さいと言ってきやがる。生憎、まともな教育は受けていないんでね。そこからも何やら揉め事が起きているが、募るのは自分や周囲に対しての怒りのみだ。
「あの……小父さんの名前をまだ伺っていなかったので、お聞きしたいのですが……」
別の少女からの質問が飛んで来た。僕はつい名を名乗ってしまった。その後、その少女との問答を繰り返した。するとその別の少女は傷ついた様子で座り込んでしまった。
その流れで、先ほどの少女からまた激が飛んでくる。
もうたくさんだ。放っておいてくれ。
今度は隣に立っている少女がプロポーズを促してくる。
一体、どういう状況なんだ。
「プロポーズ! プロポーズ!」
その言葉に合わせて、疎らな手拍子が聞こえる。
悪夢だ。
これがもし現実なら、ロシアという国はもうとっくに滅んでしまっているに違いない。そうだ、そうなんだ。
ロシアはもう滅んでしまったのだ。
「プロポーズ! プロポーズ!」
うるさい。
「プロポーズ! プロポーズ!」
うるさい! うるさい!!
「僕は、ゲイダァ!!」