155 雪上のブラックスワン
脳内に浮かぶ情報を頼りに、色を感じない通路を進んで行く。
人の気配がしない。何の確証もない情報を信じて進んでいいのだろうかと思いつつ、体は自然と出口を探していた。
ガラス窓のあるドアが目に入り、外の様子を確認出来た。
辺りは暗く、広がる雪原は白い皮を被った地獄に見える。
ドアには鍵がかかっておらず、到底未来とは思えない建て付けのドアを開いて進んだ。
外に出て、足元の雪を触ってみる。この冷たさは本物だ。
一度振り返るが、誰かが追ってくる気配は無い。しかし何かの視線を感じる。その視線は微動だにせず、監視カメラではないかと思わせた。
進むしかない。
スパイ活動をしていたとは思えないほど、無計画で大胆に轍をつくりながら進んだ。体がおぼつかない。動きが鈍い。体が重い。数日感眠っていたと実感せざるを得なかった。
ザクザクと進みながら辺りを見渡す。
……ここは本当にロシアなのか?
空気感や肌で感じるソレは、何となく母国に帰って来た感じがする所ではある。しかし、どうしても突き刺すような違和感を拭う事が出来ない。
確かめるには街に出るしかないか……。
ふと、視線が動くのを感じて足を止めた。
「何処に行くつもりだ? どうやって抜け出した」
振り返ると、警備服を着た何者かがいた。
身長は僕と同程度。性別や肌の色は視界の悪さと暗さで判別が出来ない。
じっと、声の主である警備員を観察した。
観察というより、目を逸らす事が出来なかった。
人が追ってきた気配はない。
その警備員は急に現れたのだ。
「……何者だ」
「イベント警備の統括を任された者だよ」
声は低いが女性の声だ。
イベントの警備員との事だが、とてもただの警備員には見えない。
何より全く隙がない。あの快楽殺人男とは違うベクトルで脅威を感じた。
「部屋の鍵は開いていたぞ。もしかしたら、お前たちの中に裏切り者でも潜んでいるんじゃないか?」
「私はただ、雇われているだけだ。裏切者などどうだっていい」
動揺する様子は感じられない。堂々としている。
何か覚悟のような鋭い精神性を感じる。
「ここから出た時に視線を感じた。ずっとここにいたのか?」
「今ここで貴殿に話す事はない。大人しく戻ってもらおう」
会話は無意味か。
僕は警備員の逆方向に走った。勢いよく、雪に呑まれた大地を蹴った。
さきほどまで脱出ルートが浮かんでいたが、この雪の庭より先の情報は何も浮かばなかった。
それより、自分でも腹が立つほどに上手く走れない。
完全に体がなまってしまっている。
それでも、逃げなければ。走らなければ。
僕の体、動け!
動け……!
「ぐぁっ!」
背中に激痛が走る。勢いよく蹴りを喰らったみたいだ。顔面に冷たい雪を浴び、それを振り払おうとすると、顔を地面に叩きつけられた。
「逃げられると思ったのか?」
その声を聞いてすぐに体が痺れ、僕は意識を失った。