153 新人記者の情報整理 【2】
エーデル・スターリンの情報は、現状少ないので視点を変えよう。
先月、第三回メンズ・オークションに出場した男性である大桜ゆきひとと、SWH日本支社の社長だったヴィーナ・トルゲスが、駆け落ちしたとして大炎上した。ヴィーナは会社の商品に手を出した事で、責任を取り社長業から退いている。
私から見て、ゆきひととヴィーナは両想いのように見えたし、駆け落ちも頷ける所ではあるが……本当の事は本人達にしかわからないので何とも言えない。
それよりも不可解なのは、駆け落ちした証拠とされるSWH社内の映像が漏れた事。私の知る限り、二人の関係に不満を持っている人物はそう多くない。その中で、SWH本社社長のギフティ・トルゲスが二人の結婚を反対したとの噂もある。ギフティ・トルゲスは、ヴィーナとソフィアの末妹なのだが、ここの関係性は複雑でわからないなので割愛する。
このゆきひととヴィーナの駆け落ち騒動、最初に記事にしたのは、私が現在所属している会社の「センテンス・プティング」。総合電子週刊誌を展開しており、過激なゴシップ記事で毎週話題を集めている。そもそも私がこの会社に決めたのは、駆け落ち騒動がきっかけなのである。
駆け落ち騒動は一か月間世間を賑わせ、その時のセンテンス・プティングの電子書籍は全世界で五百万部も売れた。記事の内容は、実際にSWH日本支社から逃げ出した二人を捉えた映像と写真、そして今までの経緯と問題点などなど。情報提供者には触れていないが、映像と写真がある為、社内の密告と推測出来、そのインパクトは情報提供者と不可解な点を霞ませた。
まず、実際に起きた現場は日本で、情報提供のあった「センテンス・プティング」はアメリカにある。日本で起きたのにも関わらず、わざわざアメリカの電子週刊誌に情報提供したのだ。そして映像の現場は社内の役員クラスしか入れない場所らしいので人物は限られてくる。
ゆきひととヴィーナの結婚に反対しており、日本とアメリカを頻繁に往復出来、会社の上層部に所属……全ての条件に当てはまる人物は、ギフティ・トルゲス。
ネット上でも情報提供者はギフティではないかとの意見が大半を占めているが、真相は闇の中だ。
「……ていうか、私……何を書きたいんだっけ?」
「どうスか? いい記事書けそうスか?」
ほっぺに冷たい感触がする。
「……っ! 冷たっ!」
「缶コーヒー買ってきたっスよ」
「いや、普通に置いてよ、二号」
缶コーヒーを買ってきたこの男、私の所有しているアンドロイドのマーティンである。私は二番目の相棒という意味を込めて「二号」と呼んでいる。
彼との出会いはとある結婚イベントで、映画撮影に協力して無事終わらせたら報酬に何がいいかと超大物に聞かれ、私はこのアンドロイドを選んで今に至る。彼はカメラの扱いに長け……というか、根っからのカメラ馬鹿なので、記者目指していた私にとって都合が良かったのである。
パソコンを打つ手に疲れた所で、懐かしさ溢れる缶コーヒーをクイッっと口に注ぐ。ぷはっ……生き返るぜ。
「はい、チーズ」
条件反射でピースしてしまった。
「ちょっと、何なのよ。ポーズ取っちゃったじゃない」
「流石、元アイドルっスね」
「その話は、持・ち・だ・さ・な・い・で。貴方、本当に写真が好きね」
「そりゃまぁ。そっちは今の仕事どうスか?」
「今までは追われる立場だったから、不思議な感覚だね。好きになるかはやってみないとわからない」
「もし煮詰まっているなら、現地に飛んでみたらどうスか?」
「ロシアに行くの?」
「不満スか?」
「不満って言うか……各地で起きたアンドロイドの暴走事件を追いたかったから」
唐突な話で申し訳ないが、今年の春頃、ニューヨークとニューオリンズでアンドロイドがアンドロイドを襲うという事件が起きていた。私は妙にこの事件が気になって仕方がなかったのだ。
「各地って、まだ二件じゃないスか。何か気になる事でも?」
「二号だって暴走するかもしれないじゃない。そしたら私はカメラマンを失うわ」
カメラマンのアンドロイドを自前で持っている記者は少ない。
ある意味、私のポテンシャルの一つであり、二号を失うのは普通に痛い。
「一先ず、第二回メンズ・オークションの記事を完成させて、編集長に認めてもらってからアンドロイドの暴走事件を追えばいいじゃないスか」
「それもそうね」
「早速、ロシア行きの便取って来るッス」
「貴方はロシアで写真撮りたいだけでしょ?」
私の声が聞こえたかどうかはわからないが、笑顔で頷いたようにみえた。二号はとても人間らしいアンドロイドだ。人間らしいアンドロイドはそう多くないように思う。だから二号は特殊なアンドロイドだと思う。超大物から貰ったアンドロイドだから、高性能なだけかもしれないが。
今思えば、私が記者になったのは駆け落ち騒動だけじゃない。何時頃だったか、人間らしいアンドロイドを見る度に、何か違和感のようなものを覚えた。この違和感も記者を目指すきっかけになったのかもしれない。
一先ず、私達はエーデル・スターリンの生まれた国、ロシアに向かう。
もう少しだけ、エーデル・スターリンという人物を追っていこうと思う。