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150 フランダースの犬は来なかった

 落ち着きを取り戻したら、体中がズキズキと痛みだした。意識がもうろうとする。深手を負っている訳ではないと感じていたが、腹は撃たれ、左腕はナイフで割かれている。興奮していて痛みを忘れていた。

 春希の駆けて行った逆の方へ足を進めているが、このスピードだと追いつかれてしまう。普通に考えて、警察を呼ばれたら逃れられない。日本の警察に捕まったらどうなるだろうか。捕まった事がないからわからない。国に強制送還されたらまずい。これだけ目立つ方法でターゲットを始末してしまった。国に帰ったとして、何年も現役を退いた元スパイを生かしておくメリットがない。大佐が生きていれば何とかなったかもしれない。大佐は僕の事を疎ましく思っていただろうが、僕にとっては強力な後ろ盾だった。失ってはいけない人間だった。

 

 そうか……僕の人生は詰んだのか。

 

 あの時、空港にいた春希に気付かず、ビヨンド兄さんに会いに行っていたらどうなっていただろうか。僕は兄さんと共に楽しく過ごせたのだろうか。もし、そうなっていたら、美春は死んでいた。春希も人生に絶望していただろう。後々その事を知ったら後悔していただろうか。僕はどうしただろうか。少なくとも瀕死の重傷を負う事はなかったけど、どの道、ビヨンド兄さんに迷惑はかけたかな。

 ……それにしても。


「……二人が無事で、本当に良かったなぁ……」


 手を拡げると赤い雫が零れた。口からこぼれた血だろうか。

 目の周囲が熱い。僕は泣いているのか?

 本当に泣いているのだとしたら珍しいな。今までに泣いた記憶がない。きっとこれは涙じゃない。涙はこんなにも赤くない。だから違う。僕は嬉しいんだ、春希と美春の生きている未来を切り開けた事が。

 そもそも、二人が危険な状態に陥ったのは僕と出会ったからだ。僕と関わる人間は不幸になってしまう。だからビヨンド兄さんに会いに行かなくて良かったんだ。幸せに過ごしているのなら邪魔をしてしまう。

 僕はもう一人でいい。孤独でいい。


「……っ」


 方向感覚を失ってそのまま歩いていたら、何かに躓いて真っ暗な部屋に倒れ込んでしまった。

 これはもう無理かな。痛みもよくわからなくなった。

 ビヨンド兄さんには、生きろとか死ぬなとか言ったんだっけか。上手く思いだせない。流石にもう無理そうだ。生きたいという気力が湧いてこない。

 疲れたな……。

 もう四十年ぐらい生きたから十分だよな。

 いい死に方をしない事はわかっていた。

 ……でも、最後に兄さんと、ハンバーガーを食べたかった……。

 疲れた……。

 僕はもう疲れたよ……兄さん……。

 


 

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