149 僕の願い
「……おい、その辺でやめておけよ」
春希の声がした。その声で意識を取り戻した。僕の視界には、額に穴の開いたブリキの死体があった。そして彼はメッタ刺しにされていた。……されていたじゃない、無意識に僕がナイフでメッタ刺しにしていた。
「……」
自分の行為で広がった無残な光景に絶句した。
体中が血まみれだった。急に力が抜け、ナイフが手からすり抜けていった。そしてその場に座り込んだ。
「エーデル……、でもこれは、正当防衛だよな……?」
「そんな訳ないだろう。どう見ても過剰防衛だ」
「……そうだよな」
「この男は一人では倒せなかった。この男の方が一枚上手だった。春希が来てくれて助かった」
「お役に立てたなら、まぁ。……警察はどうする?」
「呼んだ方がいい。……なぁ、春希。僕達を見てどう思った?」
「どうって? いや、お前の母ちゃんを殺した奴と、エーデルは違うよ。さっき言った事を気にしてんなら謝るよ……」
「違う。僕と奴は同類だった。春希と僕は違う世界の人間だった。僕は、僕自身が異常だという事を忘れてはいけなかった。幸せを望んではいけなかった。何も、望んではいけなかったんだ」
「お前が幸せになっちゃいけないなんて思わないよ」
「今でも、以前言っていたルパンみたいになりたいと思うか?」
「それは……」
「義賊も時には手を汚す事はあるだろう。綺麗事で大切な人は守れない」
「……あのさ、俺がここにこれたのは、美春が背中を押してくれたからなんだ。お前に死んでほしくないから、助けに行けって……」
「尻に敷かれてるじゃないか。……それにしても、拳銃の弾、何処に隠してたんだ?」
「ペンダントの写真の奥だよ。お前が写真を外した時に床に落ちたんだ。その事にお前が気付かなかったから、嫌な予感がしたって。……美春は今でもお前の事が好きなんだよ」
「……どうかな。他者の本当に深い心根は誰にもわからない。僕はゲイだと知られないように恋愛感情もないのに美春と付き合っていた。そして二人は僕がゲイだと気付かなかった」
「そりゃ、そんだけハードボイルドだったら気付かないよ。エーデル……俺は別にお前がゲイだって……」
春希が震えているのがわかる。
僕が怖いんだな。
「……春希、お前はルパンにはなれない。お前が美春を幸せにして……いや、共に支え合い幸せになれ。……それが、僕の願いだ」
「……お前が、取り敢えずそれで納得するなら」
「ありがとう」
「救急車呼んでくるから、ここで待ってろよ。絶対だぞ。絶対ここを離れるなよ」
「……」
「警察に捕まっても、俺は面会に行くからな!」
「……」
「罪を犯したなら償えばいいじゃんか……」
「……」
償って許される罪ばかりじゃないんだよ、春希。
「エーデル、大丈夫か? 生きてるよな?」
このままだと春希がこの場から離れない。
「わかった、早く救急車を呼んでくれ。撃たれた腹が痛かっただけだ」
「スマンスマン、すぐ救急車呼んでくる!」
春希が見えなくなった。
悪いな春希、最後に嘘をついて。
今まで……ありがとう。