148 最高のオカズ
軽い発砲音がした。
奴の手に持っていた拳銃が床に落ちた。
「エーデル、無事か!」
軽い発砲音がした方向に春希がいた。
息を切らせ、武者震いをしながら、気合いで立っていた。
「春希、何で来た?」
「……何でって、それより、血が……」
春希が心配そうに僕を見ている。
「オオオオオオオオォォォォママママママママァァァァァァエエェェェェ!!」
「ヒィッ!」
ブリキの怒り狂った形相に、春希はビビっていた。ブリキの意識が一気に春希へと向いた。これはまたとないチャンスだ。屈んで床の拳銃を拾い、逆の手に持ったモデルガンで奴を牽制した。奴はその場に倒れ込み怯んだ。僕は素早く距離を詰め、ゼロ距離でモデルガンの弾を目玉に撃ち込もうとした。その刹那、奴はギロリと僕を見た。反撃してくるという直感が神経を駆け巡った瞬間、奴が右腕を背後に回し死角で見えないようにしている事に気付いた。咄嗟に両腕で顔をガードした。
「ぐっ!」
左手首にナイフが突き刺さった。軌道から察するに首の頸動脈を狙っている。ナイフが得意なのは嘘ではないようだ。僕はモデルガンを捨て、左手首に刺さったナイフを抜き、奴に切りかかった。奴は顔をそらし、すれすれでかわした。そのまま続けて、奴の顔に鋭い蹴りを喰らわした。奴は倒れ込み頭を抱えた。その隙に奴の左手を踏みつけて、ナイフで右腕を突き刺した。
「ぐぁあああああああああああぁあああぁ!」
野太い悲鳴が響いた。
「手癖が悪いな」
僕は条件反射で実弾のない拳銃を奴の額に向けてしまった。
「……撃てよ。ママが何人もの男達を葬ってきたように、額をぶち抜いてみろヨ! その玉無しで出来るもんならやってみろ!」
「エーデル、後ろ!」
僕は春希の声を聞いて奴から離れた。
奴は足をくの字に曲げていた。履いている靴の足先から刃物が見えた。奴は靴に刃物を仕込んでいたのだ。
「攻撃の多彩な奴だ。まるでサイボーグだな」
「フハ、フハハハハハハハッ」
奴はゆっくりとゾンビのように立ち上がった。おどろおどろしさを放ち、まるで戦意が失われない。
「エーデル、受け取ってくれっ!」
春希が僕の方に小さい金属の塊を投げた。
キャッチしてみると、拳銃の弾だった。
「何で春希がこれを?」
「美春があの男から拳銃の弾をくすねてたんだ! 俺の事は気にするなっ! お前のしたいようにしろっ!」
「オオオオオオオオオマアアアエェェェはさっきからなんなんだヨオオオオオ!! 兄弟水入らずを邪魔すんじゃネェェェェ!」
「俺が何かって? ただのへっぽこ探偵だよ」
「オマエの手助けしてる奴がゲイだってわかってんのかっ!? オマエの事だって絶対、オカズにして、オナってんぞコイツ! こんな気持ち悪い奴、放っておけよ!」
「俺はっ! オカズでも、ゼンサイでもないっ! エーデルのバディだっ!」
奴の意識は完全に春希に向いている。春希から受け取った最後の弾丸を拳銃に込め、奴の方にノーガードで迫って行く。こちらの接近に気付いた奴は、咄嗟にナイフを投げてくるが、軌道を読んで、左に顔をそらし避けながら前進した。すると、接近速度が落ちない事に戸惑って後ずさりする奴の姿が視界に飛び込んできた。これは最後のチャンスだと確信した。そのまま奴の額に銃口を向け、狙いを定め、無心で引き金を引いた。