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146 ペンダント

「なら、無駄話は終わりしよう」


「おっと、実はビヨンドと連絡を取ってみたんだ」


「……?」


「弟のエーデルの事を聞いたら、ビヨンドの奴、そんな弟はいないって言ってたぜ?」


 今の発言は嘘だ。

 ビヨンド兄さんは今偽名を使っているだろうし、簡単には見つからない。

 それに突然見ず知らずの人間に弟の事を聞かれて、素直に答えるとは思えない。

 ただ、僕の感情に揺さぶりをかけているだけだ。


「見ず知らずの人間にそんな事を言われたら即通話を切るだろう。そんな嘘をついても無意味だ」


「ふーん、お前ビヨンドの事信頼してるんだな。やっぱアイツ殺すわ」


 会話を続けても話がいい方向に転ばない。美春はもうこっち側にいるし、春希と一緒に逃げるように促して仕掛けるか。


「ビヨンド兄さんも馬鹿じゃない。簡単には見つからない」


「でもよぉ、エーデル、お前は見つかったぜ? 周囲の馬鹿がテレビ出演とかして見つけられるかもしれない。なぁ、ブリキお兄ちゃんと鬼ごっこしようか。お前達の探偵事務所周辺に複数の小型爆弾をセッティングして騒ぎを起こしてある。携帯電話の圏内に移動して警察を呼んでも、ここまで来るのに、時間を要するだろう。暫くはオイラ達だけで遊んでいられる。もし、ビヨンドを殺されたくなかったら、オイラを探し出すんだな。タノシイ、タノシイ、殺し合いをシヨウ」


 そう言って、ブリキは廃墟の奥深くに消えて行った。


「春希、美春を連れてここを出ろ。後は僕一人でやる」


「いや、でも……」


 僕は美春の怪我の具合を見た。


「美春、立てるか?」


「オズ……エーデル、私の胸ポケットに入っている物を見てほしいの」


 僕は美春の胸ポケットに手を入れ、固い丸びを帯びた物を取り出した。


「……この触りごこち、この銀色、見覚えがある」


「あの男に捕まる前に、あの男と二人で食事をしたの。その時に、持っていた銀のペンダントを見せてもらった。あの人は自分の赤ちゃんの頃の写真だと言っていたけど面影げがなかった。むしろ貴方に似てると思った」


「思い出した。この銀のペンダント、母にあげた物だ」


「その写真の裏を見た事がある?」


 僕はペンダントの写真を外し、裏を見た。

 ロシア語でエーデルと書かれていた。綺麗な字で、育ての母の筆跡とは違った。


「貴方の本当の名前はエーデルだったのね」


「いや、育ての母がつけて……」


 でもあの時、母は銀のペンダントを見てから僕の名前を決めた。

 エーデルは正真正銘の本名だったのか?


「本当の事はわからないけど、きっと貴方は、貴方を生んだお母さんは、貴方を愛していたのだと思う。私がそう思いたいだけかもしれないけど」


「ありがとう美春、教えてくれて」


「……ごめんなさい、私……何も出来なかった。アメリカにいるお兄さんの事を話してしまった。ごめんなさい……」


 僕はそれ以上、声をかける事が出来なかった。赤く染めた髪は無残にも切れ刻まれ、指の爪を全て剥がされた、痛々しい姿の美春に。


「春希、美春の事を頼んだぞ」


「待てよ、エーデル。アイツは放っておいて、三人で逃げよう」


「あの男は何年も捕まらなかった。逃走において長けているのだろう。ここで逃したらもう捕まらないかもしれない」


「今は俺達が無事に帰還する事の方が重要だろう?」


「あの男は生かしてはおけない」


「それって殺すって事だろ、そうしたら、お前まで捕まっちまうじゃないか!」


「生かしておけば、兄さんだけじゃない、春希や美春に今後危害を加えるかもしれない」


「兄弟で殺し合いなんてするなよ!」


「あの男は兄弟じゃない! 血の繋がりもないし、今まで面識も無かった。……ただ、僕達を育てた母親が同じだっただけだ!」


「一端逃げて対策を立てればいいじゃないか」


「ここで逃げ帰って、またあの男と関わりたいと思うか?」


「いや、それは思わないけど……向こうは拳銃を持ってるんだぞ。お前だって死ぬかもしれない」


「拳銃ならある」


「何処に!?」


「奴が持ってる。奴のを奪えばいい」


「そんな無茶なっ!」


「ここで春希と口論しても、奴が喜ぶだけだ。無駄な体力を消耗したくない」


「そんなにアメリカにいるお兄さんが大事なのか」


「僕にとっては……唯一の家族だから」


「向こうはどう思ってるかはわかんないぞ……。家族が大事なら、たまには連絡したり、顔ぐらい見せたりするだろっ!」


「僕達には簡単に会えない事情があった! お前達みたいな平和ボケした日本人達とは違う!」


「……ご、ごめん」


 春希と美春の不安そうな視線が僕に向けられた。二人の表情を見て、見えない壁を感じた。僕達は住んでいる世界が違った。深い所まで話しても、結局、僕はゲイである事を話さなかった。心の底では、二人を信用していなかった。二人の善意を裏切っていた。

 僕はゆっくり後ずさりをした。

 そして、二人に背を向けて歩きだした。


「エーデル、行くなよ」


 春希の声は震えていた。

 

「エーデル!」


 その声はズシンと胸に響いてくる。

 それを振り切るかのように、僕は距離を離していく。


「エーデル、行くなっ!」


 何でこんなに胸が痛いんだ。

 若い頃はもっと冷酷だった。

 もっと非情になれた。

 純粋な彼らと関わる事で、僕は弱くなってしまった。

 もう彼らと関わるべきではない。

 二人共、サヨナラだ。


「エーデル! カムバーーーーーック!!」


 

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