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140 新雪の紅

 年明けの仕事初め、釧路から帰ってきた春希と探偵事務所で顔を合わせた時、彼は何とも言えないような表情をしていた。恐らく僕と美春が別れた事をもう知っているようだった。その日、美春は事務所に現れず、溜まった依頼の確認作業を僕と春希の二人で行った。何事もない静かな時間だった。しかしこれは嵐の前の静けさだった。

 次の日、出社した美春を見て僕は愕然とした。


「どう? この髪の色似合う?」


 美春は髪を赤く染めていた。

 春希は「似合うんじゃないか?」と即答したが、僕は小さく「あぁ」としか言えなかった。そして、すぐさま受ける依頼の確認作業に入った。

 胸騒ぎを感じた。何とも言いようのない不安に襲われたのだ。

 その後、春希と順調に依頼をこなす過程で、何度か美春に声をかけられたが、僕は口数少なく対応した。美春の戸惑いもわかるし、春希が気を使っているのもわかった。だが僕は美春の赤毛を直視出来なかった。

 美春と別れてからは、事務所で寝泊まりするようになっていた。そこで冷静になり自分の感情を整理した。美春によそよそしくなったのは別れた事が原因ではない。赤毛が理由なのはわかっている。

 僕が気の強い女性を苦手としているのは、育ての母を連想してしまうからだ。

 時折、相手の女性の局部に生えているのではないかと思う事がある。最初に深く接した女性に生えていた事が、僕に多大な影響を与えていた。無意識に気にしてしまうのが嫌だった。母が嫌いだった訳じゃない。母親に似ている女性に恋愛感情は湧かないし、それが苦手意識に繋がっていた。その苦手意識が回り回って母に対しての苦手意識にすり替わっている事に気が付いた。それだけじゃない。赤毛を見ると過去に行った事を思い出してしまう。殺し屋だった母の死体処理を手伝っていた事。母に影響され、ロシア人スパイとして活動し、沢山の人間を殺めてきた事。

 あの赤毛を見る事で、それが瞬く間に脳内に広がっていくのだ。

 春希と美春、二人と関わってきた穏やかな時間と、過去の凄惨な過去との乖離が気持ち悪くて仕方がないのだ。そして、この拭いきれない不安定な感情の中、更に追い打ちをかける事が起きた。


 初春。美春が重大発表をするとの事で、僕と春希は事務所で待機していた。

 普通に三人で話し合う事は多かったが、わざわざ重大発表があると宣言した事はなかった。何時もとは違う何かをするとは思ったが、気には止めていなかった。


「皆さん、私達の事務所に全国区のテレビ取材の依頼がきました! ローカルじゃなくて、全国ですよ、全国!」


「おぉ、すげーじゃん!」


 盛り上がる二人は僕に視線を向ける。


「……テレビの依頼は断ってくれと言ったはずだ」


「うん……まぁ、そうよね。でも、ちょっと聞いて」


 過去に美春とテレビを一緒に見てる時に、取材があったらどうするかと聞かれた事があった。その時に取材は断ってほしいと話した。だから、僕がテレビ取材を嫌がっている事を美春は知っているはずだった。


「本音を言えば、昔は芸能界を目指していた事もあるし、いい男と出会えないかなーっていう下心もあるけど……」


「このこのー美春ー、やりますねぇ」


 何でこの二人はくっつかないんだ?


「今回の取材である事をしようと思う。私達で、オズのお母さんを殺した犯人を捕まえましょう!」


 何も答えない僕を見た春希は、少し焦った声で続いた。


「なぁオズ、俺達でオズの母親を殺した奴を見つけようぜ!」


「恐らくもう日本にはいない」


 そう言って顔を落とした僕に、美春が近づいた。


「もし見つからなかったら、この件は終わりにしない?」


「しかし、この一件は依頼が……」


「その事については大丈夫だと思う。私達で大佐の事を調べてみたの。ここでは言いにくいから、調べた結果については後で書類を渡すね。……ねぇ、それでなんだけど、この一件が片付いたら、オズのお兄さんに会いに行かない?」


「俺も会ってみたいなーと思って」


「私達が芸能界で成功して、何かしらの形でハリウッドとコネクションが出来れば……コネクションは難しくても、アメリカに届けば夢みたいじゃない?」


 僕は苛立ち、席を外して玄関に向かった。

 本当にそんな事が起きれば夢みたいだ。

 だが、そんな夢みたいな事はそうそう起きるもんじゃない。


「オズ、待って!」


「オーナーは君だ。好きなようにすればいい。でも、僕はテレビには出ない」


「ちゃんと話し合おうよ」


「これはっ……これは、余計なお世話って奴だ……。悪い……今日は早退する」


 自分で言っていて空しかった。

 でも、テレビはダメだ。それだけは。過去を暴かれて困るのは僕自身だ。

 事務所を後にして、いつも利用している銭湯で頭を冷やした。

 もう戻れない。戻ってはいけない気がする。これは確信に近い。

 日本というぬるま湯に浸かり過ぎた。どんなに足掻いても表社会で生きられないというのに。このままでは僕はダメになる。僕は夢から覚めるべきなのだ。

 

 その日の深夜、事務所に人がいない事を確認して中に入った。電気を点けると足元に大佐の資料と思われる封筒が置いてあった。「オズへ」と書かれているから間違いない。その封筒を拾い上げて荷物をまとめた。

 

 そして、僕は春希と美春の前から姿を消したのだった。 


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