139 エゴハピネス
春希の帰郷中は、美春との二人の時間が恒例となっていた。
春希と出会ってから彼がクリスマスにいないのは初めての事で、今年は計画を立て、美春とキッチリとデートをする事になった。
新宿の街は、クリスマスの装飾で彩られ、聞き慣れたクリスマスソングが街中を包んでいた。そのホワイトベールの中を、美春と手を繋いで歩いた。気温は低く風は冷たいが、不思議と体が、心が暖かかった。互いに恋愛感情はなかったと思うが、恋人という関係を楽しんでいた。
深夜零時頃、僕達は美春の家にいた。
その時に美春と深い所まで話す機会があった。
「疲れちゃった?」
「……僕も年かな」
「年、か……」
「何かあったのか?」
「まぁ、そう思うよね。オズは何歳になった?」
「多分、三十九歳」
「オズは誕生日がわからないんだっけ」
いい雰囲気で会話が続いている。
春希との関係を聞くのは今しかないと思った。かといって元彼の話を急に出すのも、この空気をぶち壊して、話してくれなくなるかもしれない。僕はまず、普段話さない自分の事を美春に話す事にした。
「僕は捨て子だった。だから誕生日はわからない。年齢は大体だ。記憶を掘り起こして、そのぐらいの年齢なんじゃないかって所だ」
「人に歴史あり、だね。もしかして、探してる人ってお母さん?」
「いやママじゃない」
「オズはママ派なんだ。でも外国の人はそうだよね」
「ママは変か?」
「日本だと、お母さんか、母が多いかな。ママだと人によってはマザコンだと思われる」
「マザコン?」
「マザーコンプレックス。母親を溺愛している人」
「……心得ておこう。でもママは彼女の名前でもあるんだ。偽名だけど」
「いいお母さんだった?」
「僕達にとってはいい母だったよ。でも世界の敵のような人だった。母は何者かに殺された。その犯人を捜しに日本に来たんだ」
「復讐するの?」
「復讐というよりも、元上司からの依頼だからな」
「あのPAPAって人か」
「それは……はっきりとは言えないが」
「そのママって人、自分では子供が出来なかったけど、母親になりたかったのかな」
「……?」
「オズは子供が欲しいと思わないの?」
「思った事はないな。僕の子として生まれたら不幸になるだけだと思うから」
「じゃぁ、オズは自分が生まれた事、不幸だと思う?」
「それは……わからない」
「まぁ、オズは子供が欲しそうな見た目じゃないな、とは思ってた……私は子供が欲しかった。だから中出しして欲しかった」
「……いや、それは……」
「その見た目でおどけられると可愛いからやめてよ」
「おどけて悪かったな」
「……皆というか世間ではさ、環境が悪いと生まれてくる子は幸せになれないって言うけど、結局の所、幸せかどうかは本人が決める事だと思うのよ。そう思わない?」
「……そうだな」
「……。私さ……春希との子供を流産したんだよね」
流産という言葉の重さに、思わず口を手で押さえてしまった。
「春希にはお姉さんがいたんだけど、何かの病気で亡くなったの。だから私、お腹の子がもしかしたらお姉さんの生まれ変わりかもしれないって言ったのよ。その時の春希の何ともいえない顔が今でも忘れられない。……もしかしたら、お姉さんの死に何かあったのかもしれない。それでも生んであげられたら良かったのに、ダメだった」
美春の声が震えているのがわかる。
「アイツも札幌で就職が決まっていて、これからお互いに幸せな生活が待っていると思ってた所で、私が流産して……お姉さんやお父さんの死が続いた後だったから、きっとアイツの中で何かが折れちゃったんだろうね。アイツは重い話やシリアスな空気が嫌いだった。だから夢みたいな事ばかり言って、私もそれに乗せられて一緒に馬鹿になった。それが楽しかった。オズと春希と色んな所に出かけて遊んで現実逃避して楽しんで、三人でいると心が救われた」
「……かける言葉が見つからない」
「いいよ。聞いてくれるだけで」
「そうか」
「私、後ろめたかったのよ」
「……?」
「さっき、年齢の話をしたじゃない? 私、今年で三十四なの。出産するにしても年齢のタイムリミットがある。だから現実逃避してばかりもいられない。日に日に子供が欲しいという気持ちが強くなってるの。今は人を好きな気持ちよりも、子供が欲しいという気持ちが勝ってる。だから春希に面と向かって自分の感情を伝えられない。心根の奥では、もう、子供を授かれるなら誰の子でもいいと思っている。それが後ろめたいのよ」
春希も美春もお互いを想い合っている。
なんだ、両想いじゃないか。
「春希は美春の気持ちに応えてくれるんじゃないか? 僕が言う立場にないが、今からでも遅くはないと思うぞ」
「……ゴメンね。今まで恋人ごっこに付き合わせて。普通の人だったら怒ってたと思う」
「いや、僕の事はいいよ」
「オズはさ、優しすぎるよ。だから好きになっちゃうんじゃない。通りで私が一目ぼれしちゃう訳だよ」
「優しい……か」
「もし流産しないで、普通に好きな人の子供を産んで、普通に結婚生活を送れたら……人を好きになる気持ちよりも子供が欲しいだなんて感情に気が付かなかったのに……。普通って、難しいね」
「そうだな……普通は難しいな」
それからずっと食事を挟みながら話し続けた。
血の繋がらない兄さんがいる事。兄さんがアメリカにいる事。母親は赤毛で、殺した犯人も赤毛だったかもしれないという事。
春希と美春の別れた理由を知るにあたって、美春の傷口を広げてしまった。その対価と言ったら、あまりいい理由ではないが、聞いた償いの意味を込めて話した。
お互いに口数が少なくなった頃、美春は「強くないたい」と小声で頻りに呟くようになった。僕はシャワーを浴び、外着に着替えてリビングに行くと、美春は僕の手を取って別れをきりだした。その意味は「強くなりたい」という言葉に込められているような気がした。僕は小さく頷いて「そうだな、別れよう」と言った。僕と美春はクリスマスの次の日に別れたのだった。