138 探偵崩壊
「僕と付き合ってるのは、春希の気を引きたいからだぞ」
「……よく、平気だな」
「お前が言うな。……もう慣れたさ」
自分でもよくわからないが美春との関係は嫌ではなかった。映画やドラマの観賞に付き合ってくれるし、好みのタイプが合った。勿論、同性に関心のないふりをして、過去の事には踏み込ませなかったが、一緒に生活をする上で、とても自然に過ごせていたとは思う。時折、美春と同じく女性目線になる事もあり、恋人というより友人といるような不思議な感覚が案外心地よかった。逆に春希に対しては異性を意識するような感覚を覚え、悟られないようにいつも視線を外していた。それで上手くやっていた。三人で過ごしている時間は気持ちが穏やかになれた。きっとこの環境を失いたくないのだ。
だからもう、大佐の依頼は内心どうでもよくなっている。
「オズはその……もう美春とはそういう関係にはなったんだろ?」
「そういう関係とは、どういう関係だ? はっきり言わないとわからないぞ?」
「美春とはセックスしたんだろ?」
「……ゲホッ……ゲホッ」
はっきり言われすぎて咳き込んでしまった。
「……どうなんだ?」
「何でそんな事を聞く?」
「割と真面目な話だ」
「……まぁ、確かにもう男女の仲にはなっている」
「どのぐらいの頻度で?」
「……週一ぐらいか?」
「多いな……」
「……多いのか? 春希はどうだったんだ?」
……僕も何を質問してるんだ。
「俺は月一ぐらいだったぞ。やっぱりオズはさ、美春に好かれてるんだよ。まぁ美春の気持ちもわからないでもないよ。俺もオズにだったら、抱かれてもいいもん」
「……」
反応に困る事を言うなよ。
「頼む!」
春希はテーブルに頭をつけた。
「美春を幸せにしてくれないか?」
「それは……結婚するという話か?」
「オズはもう自分の国に帰る気はないんだろう?」
「その予定はないが。これからどうするかは、まだ……」
「美春を幸せに出来るのは、オズだけだと思うんだよ」
「……この話を続けるにしても、その前に春希が美春と別れた理由を知りたい。そこまで美春の事を考えているなら、何故、春希が幸せにしてやらない」
春希は珍しく悩んでいる様子を見せた。
そして少し間を置いて、理由を語り始める。
「俺、姉ちゃんがいて、実はもう死んでるんだけど、死んだ理由を美春には言ってないんだ」
「去年、春希の実家に言った時には、父親の仏壇はあったが……他には……」
「姉ちゃんのは、親父の仏壇の奥にあって、普段は見えないようにしてる」
「……そうか」
「姉ちゃんが死んだ時、美春は札幌の方で手品の修行中で忙しくしててさ、それで言うきっかけを逃したというか……だから美春よりも先にオズに教える事になるけど……」
それは僕の事を信頼してくれているという事だろうか。
「姉ちゃん……自殺したんだ」
「……」
「その……姉ちゃん、凄い好きな人がいてさ、彼氏中心の生活をしてた。俺はその頃、父親のやってる探偵業の手伝いで、姉ちゃんに関心が無かった時期というか、まぁ恋愛してんな、ぐらいにしか思ってなかった。俺と親父は、同時期にストーカー被害に遭っているという男性からの依頼で犯人の女性を探していた……」
「それが……いや、続けてくれ……」
「調べている内にたどりついた人物が……もう、察してると思うけど、姉ちゃんだった。依頼者の男性と姉ちゃんは、元々交際してたんだけど嫉妬と束縛が凄くて別れてたんだ。でも姉ちゃんは現実を受け入れられずに、ずっと元彼を追い続けてた。依頼者の元彼は、姉ちゃんとの関係を断絶する為に、俺と親父を巻き込んだんだ。多分、依頼者は姉ちゃんと俺達が家族だと知っていた。姉ちゃんは、まぁ、酷い振られ方をしたよ。それ以来、塞ぎ込んで、家に引きこもって、そのまま死んじゃった。親父はその件がきっかけで探偵をやめた。みるみる元気がなくなって、後を追うように老衰で亡くなった」
「……そうだったのか」
「俺は別に美春から追われるのは何とも思ってない。俺と美春は幼馴染だし、一緒にいるのは気楽だしな。……むしろ、俺が人を好きになる事にのめり込むのが怖いんだ。……世の中にはさ、楽しい事が沢山あると思うんだ。だから、姉ちゃんがその事で自殺したっていうのが理解出来なかった。……でも、人を好きになると、それしか見えなくなるんだよな、きっと」
「美春の事は好きじゃないのか?」
「好きだよ。好きだけど……彼女というよりマブ達のような感じだった。俺と美春は距離が近すぎたんだ」
「でも、一度は恋仲になったんだろう?」
「そうだな。別れたきっかけになった事はまた別だけど、俺が美春と復縁する事は無いって事だ。だから考えておいてほしい。頼むな」
この会話があった数日後、春希は実家の釧路へと帰郷した。
春希の過去を知り、美春との結婚を考えさせられた。
結婚なんて考えた事は今までになかった。ずっと独りでいると思っていたから。
でも一度、美春と腹を割って話す必要があると感じていた。