137 パニック・ディフェンス
そんな時に他人事ではない依頼がきた。
探偵事務所に訪れたのは、大人しそうな外見の大学一年生の男子。
チャイルドフリーオプションを使って依頼をしたいという事で、大学一年生がこのオプションを利用していいのかどうかを春希と美春で話し合う所からスタートし、結果的に年齢制限を二十歳までという事に決め、それから依頼内容を聞く事になった。
その依頼内容は、同性の同級生に告白したいので力を貸してほしいというものだった。僕は依頼者と依頼内容を聞く美春と春希を少し離れた所で見ていたが、同性への告白という内容を聞いた時に、話を振られるのを恐れ、煙草を買ってくると美春に軽く言って席を外した。
喫煙所で一服しながら、どういう会話をしたのか気にしている自分がいた。とはいえ、変に首を突っ込んで自分のセクシャリティを知られるは嫌だった。春希も美春も感が鋭い。探偵業を十年近くやっていれば、自然とそうなるのかもしれないが、ポテンシャルは当初からあった。だから、この依頼には関わらないようにと心がけた。
この一件は春希一人で担当していて、「この依頼に参加しないか?」と、春希は告白相手の男性の写真を僕に見せようとしてきたが、僕はその写真を手て押し返し、自分の探している人物の件で忙しいと嘘をついて断った。断った一方で、どうゆう結果になるのかが気になって仕方がなかった。
そして自分なりに同性への告白について調べてみた。
するとこんな記事を見つけた。
それは「ゲイ・パニック・ディフェンス」というもの。
ゲイ・パニック・ディフェンスとは、暴行や殺人を弁護する為に行われる法的な抗弁の一つで、おもに問題行動の原因が、ホモセクシャル・パニックと呼ばれる一時的な心神喪失状態にあった事が理由で、その問題行動は仕方がなかったという弁明である。つまり同性から告白、もしくは好意を持たれたとの誤解からパニックになって、それで殺してしまったのは心神喪失になったのが原因だから刑を軽くしたいという事だ。内容は正当防衛に近い。
実際にアメリカやニュージーランドで、ゲイ・パニック・ディフェンスによる殺人事件が起きている。
ある意味、同性に告白するのも命がけという訳だ。
その記事を目にした後日、春希に例の依頼の進行を聞くと、一段落してこの一件は終了していた。依頼した大学生の男子は、相手が彼女がいる事で振られたとの事だったが、本人は告白して満足していたらしい。告白の様子を離れた所から双眼鏡で覗いていた春希によると、告白相手の男子もそこまで嫌そうじゃなかったからホッとしたと言い、僕の心配は徒労に終わった。
二〇十三年十二月半ば、僕は春希に呼び出された。
場所は八年前、美春と初めて会ったレストランだ。
「今年はクリスマスから年末年始にかけて、帰郷しようと思ってるんだ」
春希は毎年一回、季節不定で実家のある釧路に一週間ほど里帰りをしていた。毎年母親に顔を見せるようにしていて、純粋に母親想いの男だと感じていた。父親はもう亡くなっているそうだ。
去年は夏頃に、僕と美春を含めた三人で春希の実家にお邪魔した。春希の母親とは軽い会話しかしてないが、とても健康的なマダムという印象を受けた。
「改まって何だ。別に僕に対して断りを入れる必要もないだろうに」
「いや、何かすまないなって」
「……ん? 何がだ?」
「探偵業しながらオズの探してる人が見つかればなぁ……って思ってたけど、結局力になれなかったから」
「もう日本にはいないのかもしれない。元々無茶な依頼だったからな」
もう探す気がないというのが、僕自身態度に出ていた。大佐からの連絡はないし、今更見つけて敵討ちをした所で誰も喜ばないだろう。大佐はあくまで過去の女装癖を隠しておきたいだけで大人しくしていれば問題はない。
それにしても、ママの死を知った時の出来事が遥か昔の事の様に思える。
僕も春希もお互いにいい年になってしまった。
「元上司だっけ?」
「あぁ、そうだ」
春希に大佐の話をした事はなかったと思うが、美春と情報を共有しているのだろう。相変わらず変わらない仲の良さだ。
「オズは……これからどうするんだ?」
「僕にそれを聞くのか? 探偵の仕事に引き入れたのは君だぞ」
「あぁ……そうなんだけど、そっちよりも美春との関係をだな」
「美春とは付き合っているが、まぁなんだ……」
もう言っていいよな。