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136 親切設計のロードムービー

 オーナー件社長は美春だ。探偵社員の春希、その助手に僕がくる。最初はジャンケンで誰が社長になるかを決めようとして、春希がジャンケンに勝ったらしいが、美春の実績を考えて美春がオーナーという事になったらしい。オーナーになりたかった美春と、時間が欲しくて管理される側に回った春希といった形に収まった。

 そもそも出資金を出したのは美春なので、美春がオーナーになるのは当然と言えば当然だった。美春の「今は」の言葉を、この時にようやく理解した。

 

 正式な探偵事務所として始動するに当たって、「チャイルドフリー」オプションをつけた。これは三十から四十歳の男性からの依頼だけではなく、子供達の依頼を受けたいという春希の考えからだった。要はヒーローみたいに子供から感謝されたいという如何わしい動機から始まった、依頼者である子供達の依頼を一回無料で引き受けるというもの。無くしたおもちゃを探してほしい。友達と仲直りしたい。一緒に誕生日を祝ってほしい。キャッチボールの練習に付き合ってほしい。部屋を掃除してほしい、祖父が残していったモデルガンを処分してほしいなど、親が裏で糸を引いてる依頼も含めて軒並み好評で、一定の高額依頼があった場合は、数回、親の依頼がなくても子供達の依頼を引き受けるようになった。そちらのオプションも好評で、依頼は半年先まで埋まるようになった。

 

 最初は何でこんな事をやっているのかと思いながら、春希に付き添いつつ、ママを殺した犯人の手がかりを探りながらやっていた。だが次第に、子供達から感謝される事に充実感や達成感を覚え、探偵業にのめり込むようになった。今までスパイとしての仕事は陰湿なものが多く、人から直接感謝されるような事はなかった。しかし今はどうだ。些細な事を手伝っただけで「ありがとう」という言葉がいくつも返ってくる。そして子供達の笑顔。元スパイとして依頼を受けて解決する事に生きがいを感じていたが、それだけではない何かを今は感じている。

 それが何かはわからない。ただただ、子供達の感謝の言葉が嬉しかった。


 そんな生活が一年、また一年と続き、この探偵業が当たり前に感じられるほど生活に馴染んでいた。

 しかしその中で自分の探している人物の情報は得られなかった。

 パパーニャ大佐の部下が最後にママを見た国。それだけの情報しかない。

 身元不明の死体が見つかったとわかれば、足繁くその場所まで遠征したが、無駄な徒労に終わった。考えが甘いのは僕も同じだった。それ以前に、もう犯人を見つけようという気力が萎んでいるのを感じていた。

 もう日本にはいないのかもしれない。その考えが頭に浮かんでから、次第に遠征の機会は減っていった。


 探偵業が軌道に乗ってから、週に二日は必ず休みを入れ、全盛期の頃に比べて自分の時間を取れるようになった。春希の趣味はゲームに没頭し、休みの日はゲームを一日中している事が多かった。ガンアクションゲームが好きで、「バイオ」というゲームをしている事が多かった。何度かプレイを勧められても断ったが、銃器には興味があったので、春希のゲームプレイを眺めている事が多かった。その時にエイムも詳しくなり、ゲームの知識が増えていった。

 

 そして、ささやかな楽しみが春希との銭湯だった。

 最初は断っていたが、僕がよくジムに通っているのを知ってか、筋トレの話を聞きたいという事で誘いを受けた。どうやらヒーローのような体形に憧れているらしい。実際、銭湯で見た春希の身体はガリガリで、太ってはいないが筋トレはあまりしていない感じの筋肉が薄っすらと肌に乗っているといったような身体をしていた。別に春希に好意を持っていた訳ではないが、春希との銭湯の時間は少し気持ちが高鳴った。

 

 美春との関係も続いていた、遊園地や水族館のデートを重ねた。オーナーと従業員という関係で、依頼人に付き合っているという事は隠し、表向きにはしなかった。その中でも美春はこの恋人関係を満喫していた。春希と違い、胸が高鳴る事もなく、未だに恋愛感情は湧かないが、これはこれで楽しかった。

 

 三人でもよく出かけた。買い物かゲームセンターの付き添いがほとんどだが、時にはバッティングセンターで遊んだり、クリスマスイブを祝ったりもした。

 今まで味わったことのない時間が流れた。

 まるで失っていた青春を取り戻すかのように、この生活を楽しんでいる自分がいた。何時の間にか、追っていた人物の抹殺や物騒な事柄は、脳裏の片隅に追いやられて、時折思い出す程度になっていた。大佐から連絡もなく、赤毛男の情報も出ない。この穏やかな生活をこのまま続けていくのも悪くないと感じていた。


 二〇十三年、僕にとって印象に残る出来事が起きた。春希との付き合いも約八年、美春との恋人関係も八年ぐらいの頃だ。

 僕は幼少期からの映画鑑賞という趣味の流れで、洋画ドラマにはまっていた。その中で特にお気に入りだったのが「プリズン・クラッシュ」で、囚人が脱獄企てる内容のドラマだった。美春と一緒によくそのドラマを観賞していた。

 印象に残る出来事というのは、その「プレズン・クラッシュ」の主演俳優のミラー氏がゲイである事を告白した事。きっかけは、ロシアの同性愛プロパガンダ禁止法による映画祭の出演を拒否した一件だ。ミラー氏は「バイオ」の実写映画の順主役キャラのクレス役もしており、比較的気になっていた俳優だった。

 僕は彼がゲイである事に全く気が付かなかった。日本ではオカマと呼ばれるオープンに同性愛をカミングアウトしている芸能人が多く、ミラー氏のようにわかりにくいゲイは僕にとって新鮮だった。彼に親近感を覚えた一方で、カミングアウトした事には共感出来なかった。何故ならば、僕にとってロシアでゲイを告白する事は死を意味するからだ。

 ゲイである事がわかれば、もう祖国に帰還する事は適わないだろう。

 著名人や有名人であれば賛同者は集まるだろうが、一般人、もしくはそれ以下の存在にとって、カミングアウトをするメリットは無いといってもいい。彼に対して、少し否定的に思ってしまったのは、カミングアウトをしても安全な環境でいられる状況に羨ましさを感じた部分もあったのかもしれない。そこにたどり着くまでに、多大な苦労はあったろうが、そこまで僕は寛容にはなれなかった。そもそもセクシャルマイノリティといえど温度差がある事も感じていた。オープンにしている彼ら彼女達は誇りを持ち、チャリティなどに参加している。同じ悩みを持つ子供達に支援もしている。その輝きが僕には眩しすぎた。僕はママからゲイだと諭され、ゲイかもしれないと感じながら経験を重ねていった上で、自分はゲイなのだという自覚を持つようになった。その一方で、あまり深くは考えず、かっこいい人に目を奪われるが、かといって同性と付き合いたいとか、セックスがしたいとかは思わなかった。むしろ美春と付き合う上で、異性に恋愛感情を持ちたいという気持ちも芽生えた。結果的に八年経っても、恋愛感情らしきものは芽生えず、恋人というよりかは仲の良い友達、もしくは同士のような関係で、恋愛感情や性的な魅力を感じるといった部分は強制出来ないという事を実感して断念するという結果にはなったが、その事である気付きを得た。


 僕はきっと普通になりたかったのだ。

 

 普通。普通というと普通とは何かという話になってしまうが、ゲイが普通のセクシャリティだとは思わないし、そもそも僕はゲイの中でも特殊なゲイだ。きっと亜種に分類される。ミラー氏の件で、そう自覚するようになった。

 その事に気付いた時には、僕はもう四十手前の年齢になっていた。 

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