135 据え膳食えば恥は無し
据え膳食わぬは男の恥。
女の方からの誘いを男が受けるのは当然という意味の言葉らしい。携帯電話でググって出てきた回答だ。
誘いを受けるべきか、受けないべきが。
男の恥がどうだとかはどうでもいいが、美春と話していて意外と嫌な感じはしなかった。ゲイでも元マフィアでも関係ないという言葉に嘘はなかったように思う。
その日は、春希の普段利用しているネットカフェには寄らず、公園で一服した。
深夜。
ベンチの上で横になっていると気配を感じた。
パトカーの見回りだ。こんな所で警察のお世話になるわけにはいかないと、咄嗟に姿を隠した。隠れ住む生活には慣れていたが、安定した休める場所があった方がいいんじゃないかと、改めて美春の言葉を思い出して心が揺れた。
春希から電話がかかってきた。
本格的に探偵としての依頼を募集する為の話を居酒屋の一室を借りて行うとの事で、その居酒屋に向かった。この先依頼が来ることはないだろうと考えながら目的地にたどり着くと、既に春希と美春が待っていた。
美春は僕を見るなり駆け寄って、僕の腕に自分の腕を絡めて恋人宣言をした。まだ承諾していなかったので、僕は唖然として立ち尽くすも、美春はご機嫌な様子で僕の顔を見た。もはや苦笑いしか出来ない。春希はというと「へぇ」と言って関心がなさそうにしていたが、少し動揺してるのは見てわかった。
先ほどの恋人宣言はどこ吹く風で、春希と美春はこれからの事をまるで実家の家族に話しかける様な態度で進めていた。まるで心の壁というものを感じなかった。
何故別れたのだろう。
二人の仲睦まじい様子を見ていると、その疑問が膨らむばかりだった。
一つある事が決定したようで、美春持参のノートパソコンを使って、探偵事務所のホームページを見せてもらった。全体的に黒を基調としていた前ホームページから一新して、全体的白を基調とした花柄のホームページになっていた。目を引くのは美春の写真だ。「私が全面的に相談に乗ります」と表記されていた。これは、あれだ。女で釣る作戦だ。それが見て取るようにわかった。むしろそれを隠していなかった。
美春が探偵業に参加することに、僕は「美春も参加するのか?」と言った祭、美春は「今はお手伝いさんとして参加します。い・ま・は」と、「今は」を強調して言っていた。
ホームページを変えたぐらいで依頼が来るわけないと思っていたが、次の日から依頼が一件、また一件と来るようになった。依頼者は三十代から四十代の男性で、確実に美春目当ての客だった。依頼内容は、女性と自然に話せるようになりたいとか、彼女代行とか、美春無しでは成立しない依頼がほとんどで、最初の内は僕と春希の出番は皆無で、時間を持て余していたが、評判が口コミで広まったのか、競争店を調べてきてほしいとか浮気調査の依頼も増えてきた。
ほぼ美春のお蔭でコンスタントに依頼が舞い込み、一年後には事務所を構えるまでになり、正式な会社として探偵業をスタートさせた。