133 多重構造ティラミス
ストレートのふりをしているゲイが、ゲイのふりをしなければならない。何だかややこしいが、やってみるしかない。
十一月の午後七時。肌寒い季節で街中は厚手のコートや首にマフラーをかけた老若男女が交差点を歩いている。一方の僕と春希は、元々寒い地域出身だからか、比較的軽装で若干浮いていた。
美春との待ち合わせは、明るい印象を受ける庶民派のイタリアンレストランで、低価格のメニューが多く、店内には若者が多くいる印象を受けた。僕は春希の隣に座り美春を待った。春希は窓際の席で僕は通路側。春希はずっと携帯電話をいじっている。少し横目で見ると四角形のブロックが落ちている画面が見えた。
「オズも興味ある?」
「……いや別に」
「テトリスっていうんだけど知らない? ロシア発祥のゲームなんだけど」
元カノとの再会だというのに落ち着いている。
あれだけ必死に頼み込んだのは何だったんだろう。
この状況を楽しんでいるようにも思えた。
そのやりとりの十分後、僕の横に立った女性が春希に声をかけた。
「もう……やっと会えた。ここ、座るよ」
「どうぞどうぞ。美春、久しぶり」
「久しぶりじゃないっつーの」
美春だ。
彼女は髪が少しウェーブのかかった可愛らしい女性だった。
大人しめというよりも、強気な印象を受ける。
僕達の向かいに座った後、春希を見て、その後に僕をじっと見た。
「メールに書いてあったけど、その……本当?」
「あぁ……本当だ。今、隣の彼と付き合っている」
「いや……確かにかっこいいとは思うけど、春希……今まで男が好きな素振りなかったじゃない」
「最近、目覚めたんだ」
「……へぇ」
堂々と嘘をつく春希に対して、美春は疑いの目を向けている。
完全に見抜かれてるんじゃないのか?
「ねぇ、外人さん」
「……僕、ですか?」
「お名前は?」
「オズだ」
日本語がよくわからないふりをするか、片言で話すか、どちらにしろ会話のテンポを遅くするだけで、自分がイライラしそうだから即却下した。
取り敢えず、当たり障りのない返答をして様子を見よう。美春がどういう人物なのかを知りたい所ではあるし。
「私は美春って言います。日本語はわかりますよね……あの、ゲイって突然発症するものだと思います?」
僕がゲイ前提で話にきているな。
「その辺りはよくわかりませんが、彼が僕を好きだと言ったので」
自分の方が好きだという流れにはしたくなかった。
春希はちょっと不満そうに僕を見ている。
フッ、そこは譲れない。
「オズさんは、春希の事好きなんですか?」
ここで好きと言わないといけないのか?
クソッ、今度は春希がにやけている。
「す……」
「す?」
「好きだ」
「春希の何処を好きになったんですか?」
「テキトーな所が」
「まぁ、それはわかる。見た目はタイプですか?」
「見た目?」
「この通り、ほどよい筋肉ですが、外人さん好みのマッチョでもないし」
「好みは……人それぞれだと思うぞ」
「あの、ちょっといい?」
春希が割って入った。
「俺、お腹空いてるから注文いい?」
「私もお腹ペコペコだよ……ていうか私も注文する」
春希と美春はメニューを見始めた。
とても別れたカップルとは思えない同調性を見せる。
春希は僕にもメニューを見せ、「このステーキとかどう?」と言ってきた。値段を見る限りこの店で一番高いメニューだ。
「あ、美春。俺がお金無いの知ってるだろ? 会計頼むな」
「サイッテー」
同意見だ。
「でも、まぁいいわ」
いいのかよ。
もしかして美春はダメ男が好きなのか?
注文が終わり、待っている間、美春の質問は春希に向いた。
「春希はさ、オズさんの何処を好きになったの?」
「もちろん、この筋肉だよ」
そう言いながら春希は僕の肩をつかんだ。
「えっ? 体目当てなの?」
「あぁ、そうだ」
「オズさん、それでいいの?」
春希は言えと言わんばかり眼差しを僕に送ってくる。
「構わない」
「えっ、もうそういう関係に……?」
「それは、断じて、ない!」
「あ、そう……ねぇ私も触っていいかな後で。私、筋肉フェチなのよ。食事代払うからいいでしょ?」
美春の要望に、春希は僕の様子を窺った。
「オズ、大丈夫か?」
「……あぁ」
なんなんだこの会話は。
そうこうする内に、美春の注文したサラダの盛り合わせとパスタがテーブルに運ばれてきた。ヘルシーなメニューが多く、美容と健康に気を使っている事がわかった。美春が食べ始めると静かになり、続いて僕と春希の頼んだステーキとライスが運ばれてきて、十分ほど食事による静寂が訪れた。最後にデザートのティラミスが美春の前に置かれ、とても美味しそうに食べる美春と目が合ってしまった。ゆっくりと視線を外して思ったのは、独特の色気を持つ女性だという事。ストレートの男性から見たらたまらないものがあるだろうと感じた。
食事が終わった所で、僕は気になっていた事を美春に聞いた。
「美春サンは、春希が東京にいる事を知っていたんですか?」
「知っていたというか、メールの内容とかで……かな。後、昔から東京に行きたいって言ってたから。それで一か月前に電話で問い詰めたら、新宿にいるって言うもんだから、ここの近くで家借りちゃったわよ」
「美春、この近くに住むのか!?」
「悪い?」
「いえ」
「そもそもお金が無いって言うなら、半分もっていけば良かったのよ」
……半分?
「そのお金は結婚式の資金に溜めてたお金だから」
なるほど。
「春希と美春サンは何で別れたんですか?」
「んー……それは今話す気分じゃないかな? それよりオズさん、筋肉触らしてよ」
「……」
上手くはぐらかせれてしまった。別れた理由が気になっている僕をよそに、美春は僕の体中を揉み解していた。レストランの食事が終わり、僕と春希は「ご馳走様でした」と言って美春に頭を下げた。美春は少し不満そうにしていたが「また後で」といってその場を去った。
「オズ、今回の依頼料はステーキという事で」
「それはいいが、何も解決してないぞ。恐らく僕達が付き合ってるなんて、彼女は微塵も感じてないんじゃないか?」
「まぁ、いいさ。俺、これからゲーセンいくけど、オズはどうする?」
呑気だな。
「僕は調べたい事があるから遠慮しておく」
携帯電話及びネットの使い方を覚えて、ママを殺した奴を調べないといけない。
「じゃぁ、何あったら携帯で連絡してくれ」
そう言って春希は、ズボンのポケットに手を入れながら小走りで走っていった。
久しぶりの単独行動に胸を撫で下ろしつつ、僕はポケットに入れていた携帯電話を取り出そうとした。
「……ない」
携帯電話がない。何処かで落としたのか?
いや違う、あの時だ、美春に体を触られた時だ。
「クソッ……あの女」