132 振り賭け
春希に促されるままに、僕は付き添いでネットカフェへと足を運んだ。春希は既に探偵事務所の公式ホームページを作っていて、航空で有名人と知り合いになれなかった場合の事も想定し、別のプランも用意していた。ここから依頼者が来るの待つらしいが、上手くいくのやら。
考えの甘さが前面に出ている彼だが、初対面の相手に酔って寝たふりをするなど危ない戦法をするから侮れない。彼が探偵事務所を立ち上げて、どんな顛末が待ち受けているか、興味がドンドンと膨らんでいくのを感じていた。
依頼が来るのを待っている間、春希の名義で携帯電話を買った。僕が携帯電話の操作に四苦八苦している間、春希は自分の携帯電話を見て、依頼の通知が来ないかなんどもチェックしていた。春希の浮かない表情を見れば、依頼が来ていない事がおのずとわかった。宿はカプセルホテルや漫画喫茶を利用した。暫くお金に困らないとはいえ、このままこの状況ではやっていけない。そんな困窮とした状況ではあったが、僕と接する時の春希は明るかった。
僕だけじゃなく、人と接する時の彼は明るかった。
困ってるお婆ちゃんの荷物を持ってあげたり、地元じゃなく地理もよくわからないのに道案内をしたり、勿論探偵として依頼を受けたいという下心もあるだろうが、人に優しく接している彼を見ているのは心地よかった。
春樹と出会ってから二か月が経ったが、未だに探偵としての仕事はない。本来なら、頭を悩ませて知恵を絞らなければいけないが、春希の様子はあまり変わらなかった。そんな春希が久しぶりに慌てた様子で、僕に相談を持ち掛けた。
「なぁ、オズ! 俺と付き合ってるふりをしてくれないか?」
思わず吹き出してしまった。
「いや、何だ急に」
「……元カノが俺に会いに来るって」
……元カノ?
以前、春希の携帯に表示されていた美春という女か?
「会えばいいじゃないか。何かまずい関係なのか?」
「……まずいというか。……気まずいというか」
まずいと気まずいの違いがわからないが、それ以前に……。
「それよりも、春希と付き合うふりは出来ない。僕がロシア人だと思うなら、そういうのはやめてほしい」
「えっ何? オズはゲイに偏見持ってるタイプ?」
困る質問だな。
ここは下手に理解があるように振る舞うと疑われてしまう。
「ゲイである事は許されない」
「まぁ、日本人が皆理解あるとは思わないけど、ロシアに比べたら寛容だと思うぜ。日本には郷には郷に従えって言葉があるんだよ」
「意味が分からない」
「携帯で……ググってくれ」
春希の頷きに、僕も釣られて頷き返す。
「郷には郷に従え」。よその土地に赴いた場合、その土地の風習を尊重して従うのが賢い生き方である。
そういった意味合いがあると携帯電話で検索したら出てきた。
「いや……しかし、それは出来ない。そういう役は女性に頼んでくれ」
「女性に頼んだら、美春が対抗意識を燃やしちゃうじゃんか。だからオズに頼んでるんだよ」
「春希はゲイじゃないんだろ?」
「……まぁ、ゲイじゃないけど」
「日本人がゲイに理解があるのかはしらないが、ストレートの人間がゲイのふりをするのは良くないんじゃないか?」
「ゲイはノンケのふりをするのに、何でノンケがゲイのふりをしちゃいけないんだ?」
「……ノンケ?」
「それは……後でググってくれ」
まぁ……ノンケはストレートという意味かな。
筋は通っているような気はしないでもないが。
「頼む! この通ーり!」
春希は両手を合わせて、僕に懇願する。
「ほら、見てみろよ。依頼が来てる」
今度は、携帯電話の画面を僕に見せる。
あんな孤高のホームページに依頼をする奴がいるのか?
「俺からオズ宛の依頼だ」
自作自演かよ!
「俺達の探偵事務所の初依頼、勿論受けてくれるよな?」
「依頼料はどうするんだ?」
「美春に払ってもらいますよ。今回の火種なんで」
「悪い男だな」
……人の事は言えないが。
「……否定はしません」
しぶしぶ探偵事務所の初依頼を受ける事にした。
この掴み所のない男の元カノに会ってみたくなった……というのを、依頼を引き受けた理由として納得する事にした。