131 コインロッカー前にて
漢字は読み慣れてない為、理解するのに少し時間を要したが、探偵という職に関して明確な情報が固まっていくにつれ、春希に対してじわじわと警戒心が強まっていくのを感じていた。
「字が読めないんだが、何て書いてあるんだ?」
わざと字が読めないふりをして様子を見た。
「本田春希は俺のフルネーム、小さい文字は探偵事務所って書いてあるっス。シャーロック・ホームズは知らないですか? 仕事内容は、何か困った事がある人に依頼を受けて、それを解決するって感じですかね」
「春希は、その……探偵をやっていたのか?」
「父親が探偵をやっていて、その繋がりで手伝ってたんスよ。探偵見習いをしていただけで、本職とかではなかったです。今、俺に出来る仕事っていったら、探偵業だと思ったんで名刺だけは作っといたんスよ」
少し悩んでしまった。人を探すうえで探偵という職は便利だが、自分の過去を知られるリスクも伴う。春希とこれから行動を共にした方がいいのか、それともここで別れた方がいいのか。
「オズさんってロシア人ですよね?」
「……? ……何でそう思うんだ?」
「ウルップ島を知ってる外国人は限られるじゃないですか」
「あの時の会話、覚えているのか?」
「酔ったふりをして相手の情報を聞きだすのが得意なんスよ。俺、どれだけ飲んでも酔わないんで」
酔っていると思って色々話してしまったのは迂闊だった。
もしかして、鞄や靴を探っていたのを見ていたのか?
「それだけの洞察力があるなら、僕が悪い人間だとわかっただろう。探偵は一人でやってくれ。じゃあな」
僕は春希に別れを告げて歩きだした。
しかし、また服を引っ張られる。
「おい、服を掴むな」
「何でそーなるんスか。俺、使えるでしょって事を示しただけじゃないですか」
「春希が有能なのはわかった。だが僕には関わらない方がいい」
「オズさんは、いい人です!」
「何でそう思う」
「自分の事を悪い人間って言う人は、いい人ですよ。俺、人を見る目はあると思うし」
「悪いがハズレてるぞ」
「そのハズレはアタリですよ。……それに、俺の靴底のお金、取らなかったじゃないですか」
「……」
「俺、一期一会って言葉が好きなんですけど、オズさんとの出会いを大事にしたいんスよ」
やり辛いと思いながらも、走って逃げなかったのは、僕自身が春希に興味を抱いている証拠だった。
結局僕は、春希の言葉に乗せられて、探偵業を手伝う事になるのだった。