128 サヨナラフライト
次の日、兄さんと一緒にバーガーショップで極大サイズのハンバーガーを食べた。モスクワのバーガーショップでハンバーガーを一緒に食べた時の事を思い出すと、堪らなく懐かしくなる。本場アメリカのビーフ三枚重ねのハンバーガーはジューシーで唾液が口に充満した。胃も満足で、ただひたすらに幸せが溢れ出た。
他にも美味いレストラン探し出し、徒歩で回る。あれも食べたし、これも食べた。お腹一杯食べた。ニューヨークの街並みも観察し、目も眼福だった。ショップで双眼鏡を購入し、川沿いから自由の女神を観察したりもした。自由とはまだほど遠い存在だけど、いくらかの自由は手に入れたと思う。それは微細で小さいものだったけど、その小さな自由は僕達にかけがえのない時間を与えてくれた。
何時の間にか僕達は大人になっていた。
変わらないものもあるけど、確かに少しずつ変わっていったんだ。
気付いたら兄さんはマッチョなランナーを双眼鏡で追っていた。止めようとしたが僕も釣られてしまった。馬鹿兄弟だ。でもやっとだ。やっと、血の繋がりよりも濃い兄弟になれた気がした。気のせいかもしれないけど、こうやって過ごす時間が、心から体中を巡り嬉しさを噛みしめていた。
「ママのお墓を作らないか?」と兄さんが言いだした。ブライアン公園で休んでいる時だ。故郷でも亡くなった場所でもないのにと思ったが、「気持ちが大事だ」と言われて納得してしまった。お墓は公園の土を少し盛っただけで、名前の掘られた石もないし、魂のない体も土の下には埋まってはいない。そこにあるのは、ただの公園の土。そこで合掌しようとしたら、兄さんがタンマを入れて、お供え物にと、ハンバーガーを買ってきた。
盛られた土の上にハンバーガーを置いた。
常識も何もないけど、僕達らしいといえば僕達らしい。そして静かに合掌した。
目を瞑るとママと過ごした時間が蘇った。初めて会った時の僕は、常にお腹を空かせていた。それを彼女は救ってくれた。そして彼女の人生に似た道を僕は辿っている。恐らく僕もいい死に方はしないだろう。
ふと兄さんの方を見ると、兄さんは号泣していた。突然の事に僕は驚いた。あれだけママにそけなかった兄さんにも、何か思う所はあったのだろう。僕は兄さんを抱きしめ、泣き止むまで背中を叩いて慰めた。
アメリカを経つ日、兄さんが空港まで見送りに来てくれた。
「俺、こっちのレストランで修行して、お金貯めて、店を出すよ!」
「上手くいくといいな」
「もし、いつか店を開く事が出来たら、食べに来てくれないか? お前の為にとびっきりのハンバーガーをご馳走してやるよ! だから、絶対に生きて帰ってこい。俺がお前の帰る場所になってやるよ!」
「ありがとう兄さん。兄さんも……絶対に死ぬなよ」
「いつかは死んじゃうから、早めのご来店を希望したい所だな。それじゃぁ……どうやって閉めようか、まぁ……いいか、じゃぁな!」
僕達は手を振って別れた。
距離が離れるまで兄さん声が聞こえたが、僕は振り返らなかった。もう二度と会う事はないかもしれない、そう思ったからだ。気持ちを切り替えたかった。
僕は心の中で兄さんに別れの言葉を呟いた。
そしてこれからの行く末を頭に巡らせるのだった。