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127 放っておいてくれ。そのまま、なすがままに生きるから

 アメリカに着くまでの飛行機搭乗中、今までにない感覚があった。それは故郷に対しての別れの感覚。今までも仕事でロシアを発つ事は何度かあったのが、戻る機会ははないんじゃないかという気がした。故郷を去る寂しさと同時に、この国から離れる事が出来たという複雑な感情が入り乱れた。思い返せば悪い事ばかりではなかった。愛着が少なからずあった事に離れてみて気がついた。


 ニューヨークに着いたのは、現地時間の午後七時。その日のホテルを探した。アメリカの安いホテルはサービスが悪いという話を聞いた事があったので、価格の高いホテルにチェックインした。たまには奮発するのも悪くないだろう。ディナーを終えた後、見晴らしのいいパノラマが見える部屋で、僕のこれからについての話になった。


「エーデル……今はオズか」


「ここではエーデルでいいよ」


「そうか。これからエーデルはどうするんだ?」


「兄さんと数日過ごしたら、ママを殺した犯人を探しに日本に行く」


「何で日本なんだ?」


「最後にママが目撃された場所が日本なんだ」


「その……犯人探しをやめる事は出来ないのか?」


「大佐から直々の依頼で前金も貰ってるし、無理だな」


 それに断った場合、消されるのは僕の方になってしまう。


「……そうか」


「兄さんは犯人に心当たりとかはないか?」


「まぁ、あの人も相当な人に恨まれていただろうし、見つけるのは無理なんじゃないか?」


「でもやるしかないさ」


「前向きだな」


「兄さんは前向きになれたか?」


「ああ、全てエーデルのお蔭だ。ずっと国を出たいと思っていたから、それが叶って不思議な気分だな、はは」


 兄さんの顔は晴れやかだった。

 ママの死を悲しんでいない訳じゃないと思うけど、納得はしていたのだろう。……そう納得していた。例え政府からの間接的な依頼だとしても、あれだけ沢山の人達を殺してきたのだ。僕達とって良き母でも、世界から見れば悪魔のような存在だった。報復を受けても仕方がない。これは因果応報なのだと。


「そういえば……さ、エーデルは恋人はいないと言っていたけど、本当にいないのか?」


「何だよ急に、いるように見えるか?」


「嫌味かそれは」


「いや……仕事の関係で付き合った事はあるけど」


 たまにはいいか、こういう話も。

 

 いつもは兄さんが先にビールを飲み始めるが、今日は僕の方から飲み始めた。


「男と寝たのか?」


「まだ同性とそういう関係になった事は……ないかな」


「えっ、全員女性か?」


 思い返せば僕も散々酷い事をしてきた。

 スパイとしての仕事を遂行する為とはいえ、様々な立場の女性と関係をもった。


「ママがお前の事、ゲイなんじゃないかと言ったらしいが、エーデル……お前は本当にゲイか?」


「んー……多分。異性の裸を見ても何も感じないというか」


「それで女とセックス出来るのか?」


「……仕事だからな。それに何方かと言えばかっこいい人に惹かれるというか、雑誌に掲載された水着の美女より、マッチョなハリウッドスターの方が気になるというか。……逆に聞くけど兄さんは恋人、いなかったのか?」


「彼女がいた事はあったが……セックスまではいかなかったな。酔った勢いでやればよかったが、うっかりバイだと漏らしそうで怖かったし」


「彼氏は作らないのか?」


「俺はいいかな。……もう普通に生きたい。やっぱりセクシャルマイノリティとして生きて行くのはパワーが必要だと思うんだよ。そのパワーは俺には無いかな。バイは異性と結婚して誰にもセクシャルを言わなければストレートとして生きて行けるし、ゲイと違って楽な方だよ。その分目移りはしちまうが」


「楽とか楽じゃないとかよくわからないな……。僕はやっぱ変かな」


「さぁ……でもこういうのは個人差もあるだろうし、気にしなくてもいいんじゃないか? 俺はそんなありのままのお前が好きだよ」

 

「ありのままか……」


 そんな風に生きれたら楽しいだろうな……多分。


「お前も俺の事、好きって言えよ」


「はいはい、ライクライク」


 アルコールが回って来た。人前で酔うのは久しぶりだ。

 ずっと気を張っていたからな。


「このっ!」


 兄さんの投げたふかふかの枕が飛んで来た。

 顔に当たろうが気にせずビールを飲んだ。ゴクゴクとのど越しが最高だ。全て飲み干した所で反撃のスイッチが入った。


「何すんだよ、オラッ!」


 枕を投げ返す。そしてまた返ってくる。


「放っておけっ!」


「ん?」


「そのままにしろっ!」


「何だ何だ?」


「なすがままにっ!」


「レットイットビーか」


「レットイットビーだ」


「ハッハッハッハッ!」


 意味がわからなくて笑ってしまった。大の大人が枕投げをしてじゃれ合っている。枕投げのキャッチボールだ。こんな子供みたいな事、子供時代にしてこなかった。遅いけど、全てが遅かったけど、何か兄さんと心が通じた気がした。悪くない。悪くないな。ビールのいいツマミだ。


「日本にはどれぐらいいるんだ?」


「わからない。でも目的を達成するまでは、兄さんとは距離を取ると思う」


「そっか、じゃぁエーデルがここを発つまで思い出作りしようぜ。それぐらいならいいだろ?」


「ああ、構わない」

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