124 ビネガースコール
空港の駐車場に車を止めて運転席の扉を開くと、淀んだ雲に覆われた空が視界に入った。足元を見れば、コンクリートの上を雨粒が跳ね返って踊り、歩行者の行く手を阻んでいた。
「エーデル!」
車を出てすぐにビヨンド兄さんの声が聞こえた。
悪天候の中、空港入り口で兄さんが手を振って待っていた。
良かった……生きていた。
「兄さん、何もなかったか?」
「……とりあえずは大丈夫だ。それよりそっちはどうなった」
「場所を変えよう」
「……そうだな」
ずぶ濡れの兄さんを車に乗せて移動する。
「何処に行く? ママと僕達が住んでた家……」
「もう、あそこは取り壊されてて無いんだ」
周囲の変化についていけてないと感じつつも思考を巡らせた。
ふと、一番初めに掃除の手伝いをしたホテルの事を思い出した。
「僕が子供の頃、掃除の手伝いに行ったホテルは残ってるか?」
「そこは残ってる」
「取り敢えず、そこにしよう」
ホテルに着いてすぐ、僕はママとグルであったホテルマンを思い出した。彼なら、何か知っているかもしれない……そう思って、あの時のホテルマンを探した。
あの掃除から二十年が経っている。生きていれば五十近くになっているだろう。もうホテルマンをやめてしまったかもしれないし、いない確率の方が高かったが、少しでも情報が欲しかったので、兄さんと共にホテルマンを探して回った。
「あの人じゃないか?」
兄さんに呼ばれ、一緒にそのホテルマンを観察した。兄さんも初めての掃除はこのホテルだったらしく、ホテルマンの顔を覚えていた。
皺が増えているが間違いない。
ママがチップを渡したホテルマンだ。
「行こう」
「どうするんだ?」
「少し話をするだけだ」
不安そうな兄さんに気を配りながらも、僕はホテルマンに声をかけた。
ホテルマンは僕を初めて見るような様子の対応だった。当時十代の少年だった僕も、今では三十を越えている。気付かないのも無理もない。僕はホテルマンに脳天に穴の開いた女性の写真を見せ、この犯人を捜している事を伝えた。そして右手に金を握らせた。驚きの表情をしていたが、僕の一連の行動を見て立ち位置を理解したのか、話を聞く事が出来た。
ママが殺し屋の仕事を引退してから交流は無かったそうだが、一年前に見知らぬ男と、このホテルに一泊した事があったらしい。男が殺されるのではないかと傍観していたが、何事もなくチェックアウトしていったという。男は四十代前半ぐらいの見た目で、恋人の様に振る舞っていたらしい。
見た目の詳細を知りたかったので、似顔絵を描いてもらった。お世辞にも上手い絵ではなかったが、イメージとして、中肉中背の四十代の男が浮かび上がった。他に気になる情報と言えば、赤い髪の男だったという点だ。
一通り話を聞いた後、ホテルマンに追加でチップ渡し、僕達が泊まる部屋を用意してもらった。