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120 車椅子ハンバーガー

 彼女の指示で、男の遺体に服を着せていった。死んだ肉体は重く、全身に服を着せるのに三十分近くかかった。衣類を着た男を、彼女と一緒に車椅子に乗せて、撃ち抜かれた頭は帽子で隠した。一見、寝ているようにしか見えなくなった。

 部屋を出て男を車椅子で運んでいる間、僕と彼女は役者になった。僕にとって遺体の男は父親、彼女は母親といった感じに振る舞い、あたかも病弱な父を気遣っている雰囲気を醸し出して別の客達を欺いた。車椅子を押している途中、貴婦人に話しかけられる時もあり、子供だった僕は、心臓をバクバクとさせながら、無事にこのホテルを出られる事を祈りながら、車椅子を押したり引いたりするしか出来なかった。一方の彼女は、僕の背後にピッタリと張り付き、落ち着いた様子で笑顔を振りまいていた。とても人を殺して死体を運んでいる最中だとは誰も思うまい。それぐらい自然な出で立ちだった。僕はその彼女の様子を見て、少なからず安心感をもらっていた。お蔭で平常心を保つ事が出来たように思う。

 ホテルから出る間際、彼女はホテルマンに声をかけて何かを手渡していた。距離が離れていたから何を渡したのかは見えなかったが、直感でお金だと思った。

 彼女とホテルマンはグルだったのだ。


 外に出ると、彼女からお駄賃を貰った。

 今日はもう帰っていいとの事だった。

 家に帰るとビヨンド兄さんが心配そうな表情で僕を出迎えた。「大丈夫だったか? よく平気だったな」と、魔物退治から帰還したような扱いだった。その反応は僕にとって意外だった。てっきり僕には関心がないと思っていたからだ。兄さんにとって今回の掃除は、僕がここで生き抜けるかを見定める為の重要なイベントだったようだ。それからというもの、兄さんは僕に対して気さくに話しかけてくるようになった。


 兄さんは僕がここに来る前の事を色々と教えてくれた。

 ママとビヨンド兄さんの他に、二人子供がいた事があって、それぞれがこの家を既に出ていってしまったらしい。一番上の子は殺し屋として独立し、二番目の子は掃除の手伝いに発狂して逃げ出したらしい。その事について兄さんは、「もう、のたれ死んじゃったんじゃないかな?」と軽く言った。兄さんも掃除の件は苦手で、初回以降、強制される事はなかったので、一切手伝わなかったそうだ。

 色々と情報を教えてもらってからも、僕は掃除の手伝いに足繁く通った。僕が行くと彼女が笑うのが純粋に嬉しかった。本音を言えば手伝いに行った理由はそれだけではなかった。

 彼女が殺しのターゲットにしていた男達は、ソ連共和国に反する者達だったようで、言わば自ら危ない橋を渡り死を覚悟した者達だった。僕は何時の間にか、この歴戦の男達の死に様を見たいという衝動にかられていた。だから掃除の手伝いをやめられなかった。男達はベットで冷たくなっている事がほとんどだったが、時にはロープで宙に釣られていたり、お風呂に沈んでいたりした。その十人十色の死に様に異様な興奮を覚えていた。それと同時に、彼女の確かな憎悪も間の当たりした。

 何時だったか、僕は彼女とターゲットの男が行為に及んでいる際、クローゼットの中で待機していた事があった。男は酔わされた上に目隠しまでされていたので、相手の男は彼女の下半身が男である事に気付いていなかった。上半身は女と男だが、下半身は男同士。恐らく今まで死んでいった男達も同じパターンで地獄送りになっている。僕はクローゼットの中で、激しい行為や喘ぎ声を聞いていた。もし男が正気になって彼女が負けたら、僕は男に殺されるだろう。その恐怖心も凄まじいものがあったが、それと同時に、体中から噴き出す様な興奮もあった。

 行為が終わり、男の寝息が聞こえて暫くして目覚めると、男は発狂して彼女に罵声を浴びせた。彼女は間近で、セクシャルマイノリティとわかったら人間がどう豹変するかを教えたのだ。実際は彼女の方がセクシャリティを偽っていたので、単純に男が悪い訳ではないが、セクシャルマイノリティがバレるとどうなるのか、それを知る機会としては十分だった。

 男の怒号は長く続かず、僕がクローゼットを出た時には、拳銃で脳天をぶち抜かれてベットに横たわっていた。彼女はとても強かった。

 それからも彼女の裸を見て罵声を放った男達は、次々と額を銃弾で撃ち抜かれて屍になっていった。彼女の裸を見て生還した男はいなかった。

 掃除を手伝う子供達を除いて。


 この生活に疑問を感じていたが、僕は他に生きるすべを知らなかったし、死んだ男達も反政府の人間で、死ななければいけない存在だからと納得するようにしていた。今まで食にしか関心がなかったが、疑問や悩みが溢れるように生まれた。それはセクシャリティについてもそうだった。

 彼女の掃除を手伝うようになって四年が経ち、僕が十代半ばになった頃、セクシャリティの事をビヨンド兄さんに尋ねた。


「兄さん。僕……昔、ママにゲイなんじゃないかって言われたんだけど、それがよくわからなんだよね」


「わかってると思うけど、その事は誰にも言ったらダメだぞ。ママは仕事を失うだろうし、下手したら俺らがママに殺されちまう」


「何で仕事を失ったり、僕達がママに殺される事になるんだ?」


「仕方ないよ、この国はそういう国なんだから」


「そもそも僕はゲイなの?」


「感情は目に見えるもんじゃないからなぁ……。自分がゲイだと思ったらゲイでいいし、そう思わないなら違うでいいんじゃないか?」


「そういうものなのか?」


「俺だって詳しくは知らないよ。わかってると思うけど、そういう質問は外でするなよ」


「セクシャルマイノリティは差別されるって言うけど、兄さんはしないよね」


「あぁ……俺、バイだから。あの人、多分そういう子を見分ける事が出来るんだろうな」


「バ、バイ? またわからない単語……。ママは胸にシリアル入れてるって言うし、訳がわからない」


「シリコンな。胸にそんな食い物は詰まってねぇよ」


「この生活、何時まで続くと思う? ママに殺されてる男の人達は、悪い人達だからって納得するようにしてるけど、ママのしてる事は悪い事だよね」


「そうだよ、ママは世間一般的に悪い人だ。俺もいずれはこの家を出て行くつもりだし、人を殺した金で何時までも生きていきたくはないしな。だから勉強してる」


 そう言って兄さんは本を開いて僕に見せた。


「兄さんはこの家を出るの?」


「いずれな。ママは悪い人だけど、俺達にとっては良い人だよ。衣・食・住を与えてくれる良い人。まぁ、でもママは歪んでるよ。だからこそ俺達はこうやって生き延びられた。この困窮した時代で、見知らぬ子供を養うなんて普通の良い人はしないよ。ママが世間一般的に悪人でも、俺達にとっては良い人だったから、俺達は助かったんだ」


「でもビヨンドはここから離れるんだよね」


「それとこれとは別だからな。ママもきっと納得してくれる……はず。あの人、子供の俺達には甘いからな」


 疑問の全ては晴れなかったが、人間関係の複雑さは学べた。それとビヨンド兄さんは「数年後、世界が大きく変わるかもしれない」と言っていた。兄さんは彼女から世界情勢や政治の話を色々と聞いたようだった。その話を聞いた時は今いちピンとこなかったが、半年後、大きな変革のうねりを肌で感じる事態が訪れる。

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