12 メンズ・オン・ザ・ステージ 『◎』
会場全体から怒号の歓声が鳴り響いた。
ステージ中央に大きく照明が広がり、男を乗せた昇降機が上昇していく。
「メンズ! メンズ! メンズ!」
老いも若くも少女も大人のお姉さん達からもメンズコールが起きる。
手を叩く音は次第に大きくなっていく。
上がりきる昇降機。
そこには筋骨隆々の男が立っていた。
一瞬会場が静まり返ってから、女性達の吐息が漏れた。
生きた男を見る機会の殆ど無い彼女達にとっては、この世の物とは思えない光景なのだ。
ヴィーナとクレイは光学迷彩で隠れている為、他の女性達には見えない。光学迷彩とは視覚的、光学的に透明化する技術で、大型イベントでは司会がイベント開始と共にバックに隠れず光学迷彩を使ってその場で消えるというのが一般的だ。小規模のイベントでは経費を抑える為、従来通りにステージ脇やバックに隠れるスタイルが未だに行われているが、光学迷彩は確実に世間に浸透して広まっている。そんな技術が散りばめられたイベントの中心にいる男は、床に転がるマイクに気がつき拾い上げた。
「初めまして! 俺の名前は大桜ゆきひとって言います。何でこんなことになってしまったのかよくわかんないけど……これから俺の特技を披露します!」
男の挨拶を皮切りに音楽が流れだす。何かが始まる序章を感じさせる入りの音楽。男は自身の胸の鼓動をバクバクと感じていた。激しい心拍は収まらない。もうやるしかない。やるしかないのだ。
客席にいる一万を超える女性達は固唾を飲んで見守っている。
音楽のスピードが上がった所で、ゆきひとはマイクとサングラスをステージに置き滑らせて離れた位置まで飛ばした。そしてパーカーをマントを広げる聖騎士のように投げ捨てる。逞しい肩と腕の筋肉が露わになった。タンクトップから溢れだす大胸筋や見事に割れた腹筋が浮き出ている。自慢の筋肉を披露した所で全身に力を入れてポーズを取る。
「セイヤッ!」
女性達は声援を送り、飛び上がりながら手を振る者もいる。
その声に男のテンションもヒートアップ。羞恥心を捨て、平常心を保てば男はやれると確信した。
「うぉおおおら!」
男はタンクトップを中心部から両手で引き裂いて投げ捨てる。絵画や彫刻で表現される男神ような惚れ惚れする肉体美に、女達の黄色い歓声が更に広がる。桜色のサイリウムが会場内に円を描き広がっていく。それらは音楽に合わせてリズムを刻む。男はサイドポーズ、バックポーズを決めて肩や上腕二頭筋を強調するバックダブルバイセップを披露。観客席から「キレてる! キレてるー!」と声援が送られ、声援に応える形で男は会場全体を見渡して手を振る。更にお返しとばかりにサイリウムの桜吹雪が乱れていく。男はそれを見て照れ臭そうに笑った。アップテンポになった会場の一体感が増してゆく。
基本的なポージングが終わり、ベスト・ワイルド・ジャパン特有のアクロバティックな演技に移る。ブレイクダンスの立ち技であるステップでリズムを取った後に左手をステージに付けて下半身が円を描くようにステップを六歩踏む。両手を突きスワイプスという体を百八十度に回転させる技を披露。湧きたつ歓声に男も笑顔を絶やさない。背中と肩をステージに付けて足を大きく広げて回転する。そしてヘッドスピンによる高速回転。男の世界は回転し、回転する男をカメラは追った。カツオが乱れ踊るような旋律に男も乱れ舞う。ヘッドスピンをして倒れ、ネックスプリングで跳ね起きる。そのまま助走をつけて側転からのバク天をキメる。汗が飛び散りながらも綺麗な弧を描く。興奮しすぎた少女の悲鳴のような甲高い歓声が響く。男は両手を大きく後ろに下げてしゃがみ込み天上に向かってジャンプ。それは龍が空中を乱舞するかの如くダイナミックな演技で会場の注目を一身に集めた。この技は公式のベスト・ワイルド・ジャパンで禁止されているバク宙という技である。宙を舞うのは一瞬であったが、男は会場全体をスローモーションで見渡せた気がしていた。
「しぁあああっ!」
男は天高く拳を突き上げる。音楽は止んで静まり返る。男の荒い息遣いがステージに響く。全身から吹き出す汗。盛り上がった大胸筋や深い溝のあるシックスパックの間を滝の汗が流れた。
地面を叩き割るかのような声が会場全体に炸裂した。
男は天上を見上げる。頭から全ての情報が飛んでいた。どんな疑問も今はどうでもいい。体中が高揚感と満足感で満たされていた。心臓の鼓動は鳴りやまない。
ベスト・ワイルド・ジャパンに出場していたら、ただの一選手として終わっていたかもしれない。ステージ経験者とはいえ、これほどの大人数に歓声や声援を送られたことは無い。男の体は感激のあまり震えが止まらなかった。