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119 反逆の鎌

 僕は裕福な貴族が利用しそうなホテルの前までたどり着いた。子供にしては迷わなかったと思うが、中に入ると今までに見た事のない豪華な内装でたじろいでしまった。子供が一人で来るような場所ではなかった。目的地にたどり着くだけならまだしも、手紙の住所と部屋番号しか手がかりのない状態で、ホテル内部では当たり前のように迷っていた。ロビーで寛ぐ貴婦人達は、近寄りがたい雰囲気を醸し出していて、とても話しかけられそうになかった。まごまごしていると、何処からか視線を感じた。数秒後にホテルマンの視線だと気が付いた。僕はその視線に引き寄せられるようにホテルマンの方へと向かった。


「あのっ、ママからこの手紙に書かれた部屋まで掃除をしに来てほしいと言われたのですが」


 僕は手紙をホテルマンに見せた。


「ふむ、どれどれ。わかったその場所まで案内しよう」


 最上階、七階の部屋。

 ホテルマンに一礼をして別れた後、僕はドアをノックした。するとドアがゆっくりと開いた。視線の先には誰もいない。最初から空いていたようだった。

 僕は辺りを見渡しながら歩を進め、リビングに着いた。パンなどの食事がテーブルに並んでいるが誰もいない。それ以前に掃除をするほど部屋は汚くなかった。彼女はこのホテルで働いているのかと思いながら奥の部屋に向かっていた。ベットルームと思われる部屋に真っ白なシーツの中で眠る見知らぬ男がいた。その一瞬は動揺したが、恐怖心より、興味がどんどん湧いていくのを感じていた。男は僕に気付いていない。好奇心が抑えきれず、寝ている男に近づいた。

 そして異変に気が付いた。男の寝息が聞こえない。恐る恐る顔をよく見た。


「……!?」


 脳天に穴が開いていた。僕はドサッと音を立てて座り込んだ。そして咄嗟に口を押えた。直感的に声を出してはいけないと思ったのだ。その数秒後、白いシーツに包まった彼女が静かな足取りで現れた。


「……ママ?」


「驚いた?」


「……うん」


「流石のエーデルもこれには驚くか」


「何で殺したの?」


「何でって……これが私の仕事だから。私、殺し屋なの」


「殺し屋?」


「そう、依頼を受けて人を殺すのが仕事。この部屋に入った時に私が何処にいたのかわかった?」


「いえ……」


「アナタがノックした入り口のドアの裏に隠れてたのよ。やっぱ、そこは訓練しないとダメか」


「訓練って?」


「でも安心して、今日は掃除の手伝いだけだから。死体のお掃除ね」


 彼女はそう言って、永遠に眠りについた男のシーツを勢いよく剥いだ。ベットの上には、程良く体の締まった全裸の男が残った。僕はその男から目が離せなかった。死に様が異様にかっこよく見えたのだ。


「どうしたのエーデル。この男の裸が気になるの?」


「ていうか何でこの人、裸で死んでるんですか?」


「この男と寝たからね。ハニートラップってヤツ。スパローがよく使う手なのよ。ちなみにスパローは女スパイの事ね。まぁ、私は殺し屋だけど」


「蜂蜜を罠に使うんですか?」


「えっ? あぁ……うん、その事はおいおいね。でもさぁ、その男よりも私の大きなお胸は気にならないの?」


「別に」

 

 全く気にならなかった訳ではなかったが、恥ずかしかったので顔を横に逸らした。


「別にって……ふふ。アナタ、やっぱりゲイなのかも」


「ゲイ?」


「それもわからないか。まぁいいわ」


 彼女は突然、自身に巻いた白いシーツを剥ぎ捨て全裸になった。


「わっ、どどどどうしたんですか?」


 僕は咄嗟に目を閉じていた。


「見なさい、エーデル」


 恐る恐る目を開く。


「私の体、どう思う?」


 大きい二つのふくよかな胸、そして下半身を見る。


「……生えてる」


「そう、生えてる……って、それだけ?」


「女性の裸を見た事がないので、てっきり女性も生えてるものかと」


「ぷっ、アッハッハッハッハッ、そんな訳ないじゃん! そうなんだ、君はそういう反応になるのね」


「何かおかしい事、言いました?」


「別に言ってない……という事にしといてあげる。私ね「オ・カ・マ」なんだ」


「オカマ?」


「そうオカマ。ちなみにこの胸は偽物、シリコンが入ってるの」


 彼女の言葉と共に偽物の大きな乳がユラユラと揺れた。


「オカマもゲイも、これ等はセクシャルマイノリティに分類されるの。私達セクシャルマイノリティは生まれながらに犯罪者なんだ。だからこの事は他言無用ね。バレたら仕事を失うし、場合によっては殺されるかもしれない」


「僕の事をゲイだと言っていたけど……」


「その事がバレたら殺されちゃうかもね。そして私達は生涯、差別や迫害を受け続けなければならない」


「差別って、貧乏だと嫌な感じになる事ですか?」


「そうだね。でもそれってフェアじゃないよね」


「つまり、どうすれば……」


「どうすればいいのか答えを教えてあげる。セクシャルマイノリティじゃない人間達、つまりセクシャルマジョリティ達が私達を差別するなら、私達もセクシャルマジョリティ達を差別すればいい。奴らが私達を殺すなら、私達も奴らを殺せばいい。目には目を、歯には歯を。それでやっと私達の世界は公平になれる」


「差別は無くならないんですか?」


「差別は無くならないよ。人間は差別が大好きだから。それは長い歴史が証明している。でもね、差別をしているのは人間だけじゃないの。女王蜂は生殖の終えた雄蜂を殺してしまう。人によって、こういう類は区別と言われてしまう。差別をする人間は都合良く区別と置き換えたりするの。そう、差別をしない人間はこの世に存在しない。差別をしない人間はもはや人間ではない。綺麗事で人を騙す悪魔だ」


 鋭い言葉を放つ彼女は、麗しい悪魔に見えた。

 正しいとか正しくないとかではなく、その鋭利で攻撃的な言葉は、僕の意識にストンと入り込んでしまった。何も知らないからこそ、抵抗を感じなかった。彼女の難しい発言も、そのまま聞き入れてしまった。

 何も知らず意味もわからずにいた僕が、その時唯一理解した事は、彼女が殺し屋で反逆のオカマだという事だけだった。

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