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114 エピローグ 白銀の壁【7】

 単純に驚いてしまった。

 いやそうか、ゲイだから女の言う事は聞かないが、男の言う事なら聞くかもしれないという事か。

 そうだそうだ何で今まで気が付かなかったんだ。

 そもそも精神を病むにしたって、過去に未練がないなら男を優遇してくれるこの時代の方がいいはず。ストレートの男だったら喜ぶべき点の方が多い。

 ゲイだから女しかいない時代に絶望してしまったのか。


「そっか、そっか納得した」

 

 何て言うか妙にスッキリした。


「第二回メンズ・オークションのことは知っているな。僕はあの場所で……ロシアの中心でゲイを叫んだ。そして倒れた。その流れでここにいる。君こそ僕に幻滅したんじゃないのか?」


「何でだよ。俺はエーデルに何かされた訳じゃないしまだ何もしらない。エーデル……ここを出よう。今は一人でも多くの仲間がほしい」


「……僕は出ないよ」


 いい感じの流れが変わった。

 仲間にしたいという理由がダメだったのか。


「どうして?」


「では聞くが……僕が君のことを本気で好きになってしまったらどうする気だ?」


 そう来たか。

 何か今ちょっとドキッとしてしまった。


「ラブには応えられないけど……出来ることなら何でもするし、努力する」


「何でもする? 無責任だな。中途半端な優しさは、結果的に相手を傷つけるだけだぞ。僕はもう君に情が移ってしまった。君が彼女と再会したら僕は捨てられるだろう。傷つくとわかっていて同行する馬鹿はいないな」


「ヴィーナはそんな小さい女じゃない」


「……何なんだよ君は」


 嫌な流れになってしまった。

 ここでヴィーナのことを口にしない方がいい。

 どうすればいいか。

 エーデルは今、人間不信な目で俺を見ている。

 俺の事を信用していないのか。

 確かに俺にはエーデルの苦しみや絶望の全てはわからない。

 完全にはわかってあげられない。

 でも絶望のどん底を経験した今なら、その一端を理解して担えるはずだ。

 俺だって力になれるし力になりたい。

 どうすればいい?

 どうすれば信用してもらえる?

 「信じてくれ」なんて言葉は元スパイのエーデルに対しては軽すぎる。

 そもそも信頼し合っているなら、この言葉は使わない。

 でも何だろう。不思議とエーデルの事は説得出来そうな気がする。

 理由は、その理由は何だ?

 やっぱ俺は鈍すぎる。

 気付け、今ここで気付け。


「もう無理はするな。帰ってくれ」


 本当に帰ってほしいのか?

 それだったら、最初から話なんてしてないはず。

 そうだ……カミングアウト。

 気を許してない相手にカミングアウトなんてしない。

 エーデルは俺に気を許したんじゃないのか?

 ゲイだと教えてくれたのは、今まで色んなセクシャリティの人達と普通にコミニケーションをとっていた事を俺が話したから、俺に話しても大丈夫だと思ったんじゃないだろうか。

 だとしたら俺の言葉はきっと届く。きっと伝わる。

 それに今までの経験も無駄になっていない。「レズビアン」「バイセクシャル」「トランスジェンダー」「ジェンダーレス」「Aセクシャル」の他にも多分、様々なセクシャリティや性的趣向の人達と話してきた。今更一人や二人、ゲイがいたって何の問題もない。……こういう考え方はよくないな。本人は真剣だ。

 しかしエーデルの事をよくしらない以上、普通に説得するのは無理だろう。

 ならばここで演技指導の特訓の成果を発揮して、相手を魅せよう。

 エーデルをここから出せればいい。

 今はこの方法しか思いつかないんだ。ゴメン、エーデル。

 俺の全力を受け取ってくれ!

 

「エーデル、俺達が付き合い始めてもう一か月になるな」


「いや、付き合った覚えなどないが」


「元カノの話題を出して悪かったよ、謝るから許してくれ頼む!」


「許さないこともないが……」 


「エーデルは俺の筋肉を見るのが好きだろう?」


「……否定はしない」


「俺は自分の筋肉を見られるのも触られるのも好きだし、俺達は相性がいいと思うんだ。だから一緒にここを出よう!」


「残酷な男だな」


「一緒に来れば、俺の筋肉触りたい放題だぞっ!」


「いや……何て言うか、それは少し気持ちが揺らいでしまうが、僕はここからは出ない」


「俺は一緒にエーデルと旅がしたい……! 俺は一緒にエーデルと色んな世界が見たい……!  俺は一緒にエーデルとたくさん遊びたい……! エーデルが悩んでいるならその悩みを分かち合いたい……!」


「うるさいっ!」


「……エーデル!!」


「僕は行かない……!」

 

「今は、黙って、俺について来い……!!」


 俺は息を切らしながらエーデルに手を差し出した。

 自分でも何を言ったのか、ほとんど覚えていない。

 辛うじて最後の言葉だけ記憶にある。

 「黙って俺について来い」だなんて、女性に言ったら今時威圧的だろう。でも男性が男性に言ったらどうなるのか、ふとそんなことが思い浮かんだ。

 エーデル、頼む、俺の手を掴んでくれ。

 

「ハッハッハッハッ!」


 エーデルは大笑いしている。

 どうしたんだ?

 

「今のはなかなか悪くない。グッときた。わかったわかった。ゆきひとがそこまで言うならついてってやるよ」


「俺のことを試したのか?」


「そう言うなって。まぁ……確かに、もう気持ちは決まっていた」


 エーデルがそう言うと、俺達の間を隔てていた白銀の壁がプリズムに光り消えていった。多分エーデルのナノマシンに反応して消えたのだろう。

 エーデルはゆっくり近づいて俺の手を掴んだ。


「ゆきひとが他の女性を愛していたとしても、僕は君に全てを捧げよう」


 何だよ畜生!

 急にデレやがって!


「ありがとうエーデル!」


 俺はエーデルを抱きしめた。

 抱きしめたい気分だった。

 よくわからない感動で泣きそうになってしまった。


「君がくさいセリフを言うから、これでおあいこだ。……こちらこそありがとう、ゆきひと」


 耳元で聞こえたその言葉は暖かかった。

 心にくるものがある。

 エーデルを救いに来たつもりだったけど、それは違っていた。俺が今までのことを話して、辛いことや苦しかったことを話して、俺の心の方が救われていた。

 救われたのは俺の方だった。

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