105 家ZOKU会議
二月二十八日。
日本SWH本社ビルの客間。
四角形のガラステーブルに黒い二人掛けソファーが四方に置かれている。管理職がお茶を楽しむスペースのようで、一般人には落ち着かない場所だ。左側のソファにはゆきひととヴィーナ。向かいには会長のストックとアメリカ本社代表取締役のギフティ。中央奥に部長のソフィア。
ただならぬ緊張感が漂う。ゆきひととヴィーナが緊張しているのは勿論、ソフィアに至っては「何故私が中央奥の席?」というような困惑した表情を浮かべていた。ストックは三人に比べたら落ち着いている。ギフティはトルゲス一族の中で唯一冷静だった。
「皆様、レモンティーです」
テーブル上にティーカップが次々と置かれていく。
置いているのは、執事長アンドロイドのバロン。
レモンの香りがほんのりと広がり、張りつめた空気が和やかになっていった。
そこに意を決した男の豪快な発言。
「お母さん! ヴィーナさんと結婚させて下さい!」
その言葉は母親に見えないストックに向けられた。
「私がお母さん? やだぁ恥ずかしい。ゆきひとさんの気持ちはわかったけど……ヴィーナは結婚したいの?」
ストックはヴィーナの気持ちを確かめた。
肝心のヴィーナは母のストックではなく、妹のギフティの様子を気にしている。ヴィーナだけではない、ソフィアもギフティの方を見ていた。
「姉さん達は何で私の方を見ているんですか?」
ギフティの冷めた一言。
「そ、そんなことはないわ」
ヴィーナは慌てて否定する。そしてストックの方を見た。
「……母さん。私は一か月間ゆきひとさんと結婚します。ゆきひとさんが望んでいるなら、その気持ちに応えたい」
ゆきひとにとっては、もはや一か月間では足りない。もう生涯を共に過ごしたいと思うほどになっている。ただ今そのことについて口にすると破談に終わってしまうかもしれないと思い、男は真一文字に口を閉じだ。
「ヴィーナがそうしたいなら、母さん応援するわ。そもそもソフィアとも結婚したんだし、何の問題も無いわよね」
ストックの言葉に静まり返る。
「ちょっと、何なのよ。言いたいことがあるなら言って頂戴! お母さんこういう雰囲気苦手!」
ソフィアが口を開いた。
「本人達が同意してるなら私はいいと思う。ただ、私の場合はビアンだと思われているから運営側の人間だけど大丈夫だった。でもお姉ちゃんは、美人で、聡明で、優しいパーフェクトレディ。嫉妬の対象になると思う。そのことでお姉ちゃんが傷つくなら私は反対」
続いてギフティ。
「そうね、ソフィア姉さんと違って、ヴィーナ姉さんは才色兼備だから」
ソフィアの心臓に巨大な矢印が刺さった……ように本人には見えていた。飲もうと思って口をつけたレモンティーを零しそうになっている。
ギフティの発言は、ソフィアに対して棘があり、ヴィーナに対しては皮肉に聞こえる。姉二人が妹の様子を伺うのも頷ける発言だった。
その妹の話は続く。
「ヴィーナ姉さんとゆきひとさんの結婚が会社の不利益になるかもしれませんが、母さんは構いませんか?」
「わ、わたしは……本人達が幸せなら問題ないわ」
「そうですか。なら私がこれ以上口を出すことはないですね。大統領と会長が肯定しているのですから。ヴィーナ姉さんが結婚生活をしている間、母さんがその分の仕事をこなして下さい」
「まぁ、そうなるわよね……」
ギフティは立ち上がる。
「もういいですか? 私は忙しいので。もうアメリカに帰ります」
そう言って客間を出ようとするギフティは、最後にヴィーナを見た。
「そうそう、ヴィーナ姉さん」
「何?」
「期間は一か月間と言ってたわね」
「……えぇ」
「その期間は、必ず守って下さいね」
「……はい」
ドアが閉まる。
ギフティが部屋を出て、ソフィアが胸に手を当て深呼吸をしている。余程妹が苦手なのだろう。意外だったのは、ソフィアが結婚に反対しなかった事。ゆきひとはソフィアがこの結婚に対して一番反対すると見ていた。当てが外れたのは良かったといえば良かったのだが。
同時に問題点も見えた。
この結婚に不満を持っている人間が誰かわかったのだ。確実にギフティは結婚反対派だと、鈍いゆきひとにも理解出来た。だがそれよりも、一か月間とはいえ結婚を認められた事が飛び上がるほど嬉しく、先の思考を停止させた。これから念願の結婚生活が待っているのだ。
男の心は踊っていた。