決意と表裏
少し遅れましたスミマセン!
ライは静かに笑った。
悲しみを打ち消すために。
でも、どんなに頑張っても涙が止まらなかった。
ボロボロ、ボロボロと笑うライの頬に涙が伝う。
それでも、ライは笑い続けた。
シホを、勇者を弔うかのように。
笑って笑って笑い続けてとうとう地面に倒れ込むと、涙を力強く拭って誰もいない静かな森を前に叫んだ。
「ああああああああ!ああ!あああああ!クソッ!クソッ!こんなものか、勇者キズキ・シホ!お前は、守るべきものを前にして!倒れるのか!そんな事するんだったら、最初から勇者なんかやるんじゃねえ!お前が、お前がぁ!あぁ、あぁあぁ~!」
それはシホに対する勇者としての罵倒。でも、どんなに叫んで、喚いても、優しかったシホの表情が離れない。忘れられない。だから、涙が溢れ出す。それが、キズキ・シホという存在を表す悲しき証明。
彼女を知る者は、彼女の優しい笑顔を知る者はどんなに悲しく心を折られそうな状況になっても、彼女の優しさを思い出して、乗り越える。
これが、全てを持っていながら全てを無くした勇者、キズキ・シホのただ一つだけの、彼女だけが使える能力。
この能力は彼女を無くすことで真の力を発揮するもの。
でも、この力には一つだけ乗り越えなければいけないモノがある。
それは――
彼女を無くした事実を受け入れること。
何故ならそれが出来なければ、たとえ一時は忘れることが出来ても、壁にぶつかってシホの事を思い出すことで、また絶望してしまうから。
そうなれば、もうシホの能力を使うことはできない。
たとえそれがシホの家族だとしても。
でも、その事を他人に話してはいけないというのが、この能力の唯一の欠点。
だから、ライはこの能力を知らない。
つまりはここでライがどういう行動を取るかで、レグルスを抑え、シホの様に勇者だの英雄だのと言われるようになるか、はたまた人類滅亡への道を直進するかが決まる。
さぁ、ライは正しく現実を受け止められるのか。
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ライは色々と悩んでいた。
シホが死んだ。これから僕はどう生きていけばいい。僕がシホを殺したのか?違う、違う違う違う!じゃあ誰が殺った?一体誰だ?そういえばさっきおばあちゃんが僕を殴ろうとしたとき、何故かおばあちゃんの方が大量に血を流していた。あれは何でだ?
「それは、僕が君を支配しているからさ。」
その悩みを吹き飛ばしたのはどこか聞き覚えのある少年の様な少し低い声だった。
「お前は、誰だ?」
ライはまた、誰もいない場所に尋ねる。そこに誰もいない事を知っていながら。そしてそのモノがいる場所も分かっている。
一瞬の沈黙の後、彼(?)はこう言った。
「僕は、復讐心と欲望の塊だよ。名前はレグルス・カーロン。もう、分かってると思うけど、僕はあの時の「マリモ」だよ。あの夜、君が眠った後、体を乗っ取らせてもらったんだ。そして、君のおばあちゃんを殺した張本人だよ。ごめんね?欲望のためだったんだよ。仕方ないだろ?自分の欲望の為なら、「何を犠牲にしても構わない人間」の君なら、分かるだろう?」
ライは分かった。このレグルス・カーロンという存在は、人間そのものを心の底から嘲っているのだという事を。そしてそれがレグルスという存在の証明であり、欠けてはいけないモノの一つであることを。
ライは一呼吸おいて、レグルスの事をあたかも知っているかのようにこう呟いた。
「かわいそう。」
瞬間、レグルスが怒りにまみれた低い声を出してライへ怒りの感情を叩きつけた。
「ふざけるんじゃない!何も知らないくせに、知ったようなことを言うな!何をもってそんなことを言っているのかは知らないけれど、それを言うなら僕と同じ痛みをじっくりと味わってから言ってもらいたいものなのだけれど。」
鋭い眼光がライの軽い言動を内側から否定する。ライは胸のざわつきを感じながらも、それをも快く受け止めて再度レグルスを切り返すように見下す。
「べ・つ・に、ね?復讐したければ復讐すればいいんだけど、ね?別にさぁ、僕のおばあちゃんを狙わなくてもいいわけじゃない。他の人だっていいわけじゃない。それを、さぁ?わざわざ殺してまでくれちゃって、ねぇ?あんたもそう思うだろ?まぁ、あんたの場合は「何でよりにもよって僕の仲間が」って言いそうだけど。」
「僕は、人間というモノ自体が嫌いなんだ。理由は簡単さ。」
そう言うとレグルスはライの体の主導権を取り戻すとグッと手を握り親指を自分の方向に立てて首の前を横切らせると、口が裂ける程の笑みを浮かべて言う。
「ニンゲンというモノが、全ての生物の中で一番要らない存在だからだよ。」
レグルスは手を大きく掲げて演説をするかの如く訴える。
「だってそうでしょう?人間は、怠惰で無情で強欲で盲目だからこそ元の正常な時の流れを掻き乱し、世界の理をも自分勝手に書き換える。なのに無駄に頭が回って自分達だけ生き残ろうと他の動物たちを蹴落としていく。強引で暴飲暴食で私利私欲のために生きるからこそ、殺戮兵器の名に相応しく、他生物の肉を貪り、獲物を奪い続け、結果人間の独裁世界が完成するんじゃないか。それが人間。神が軽い気持ちで創り出した世界の理。そしてそんな存在があるからこそ、こうやって僕たち悔恨の念の塊が、神に認められて再び汚き感情を持った人間が蔓延る地に舞い降り、制裁を下す。それが、今の僕の使命であり、動物たちの声だ。」
狂気に満ち溢れた目で空を見つめ、レグルスは静かに息を吸う。
瞬間、体の主導権がライに戻ったかと思うと、今まで静かだった森が突然騒ぎ出した。
ライは何が起こったのかと周りを見渡すが、すぐに止まった。それは意として止まったものではなく、体が情報量に耐えられずに勝手に動きを止めてしまったのだ。
何故なら、
「う、うるさ、い!」
レグルスが言っていたこと。つまり人間を要らないモノと主張する動物のすべての声がライの頭に集中しているから。
まぁ、主張する声といっても、「馬鹿!」とか、「消えろ!」等のよく聞く罵倒する言葉で、軽度といえば軽度だが、そんな言葉でも、勇者の孫として育てられて一切悪口を言われたことの無いライにとっては心が粉々になるほどの痛みを伴うもの。
だから、ライは必死に手を振り回して声を掻き消そうとしたが、そんなもの、広い範囲から集めた声を頭に流しているだけなので消えるわけなど無く、無情にも声は聞こえ続ける。
付け加えると、悪口に耐性があっても大声ながら耳元で言ってくるので、ライ同様、誰もが身動きが取れなくなる。
これもレグルスが持っている能力の一つ「響集」、本来は周りの動物から情報をもらったりするための能力だが、荒業としてこういう使い方もある。
ライは頭痛に耐えられなくなり、ついに地面に倒れ込むと、頭を地面に叩きつけゴロゴロと頭を抱えて転がりだした。
綺麗だった服にはシホの血と土が滅茶苦茶につけられ、白く美しかった腕には無数の切り傷が付けられている。優しく人を眺めていた空色の瞳は残酷で冷酷な人形の様な虚ろな瞳に変わってしまっている。
そんなボロボロになったライの無様な姿をライをこんなにした張本人のレグルスはまるで腐った生ごみでも眺めるかのような思いで内側から覗いていた。ライと同じような虚ろな目で。
でも、そんなことにライは一切気付かないまま転げ回る。
砂埃を巻き上げながら。
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延々と続く罵倒の嵐。
決して辛いものではない。
でも続けば続く程心が削られていく。
まるで生き地獄。拷問だ。
何をしたいがためにこんなことをするのか全く理解できない。
ただ、そんなことだけライは考えていた。
声が聞こえなくなっていることに気付かないまま、ただ延々と。
いや、気付いてはいるが、気付いていないフリをしているのだ。
何故ならそれが彼が今感じられる幸福の中で最高のモノだから。
思考を停止することが出来るから。
何もかも忘れ去ることが出来るから。
でも、そんなことで自分が苦しみから解放されないことも分かっている。
それでも止められない。
現実から目を背けるために。
ただただ叫び続ける。
喚き続ける。
嘆き続ける。
こんな姿、見せたくない。
そんな事を心の隅で育みながら。
「情けないね。」
静かな悲しみの空間にヤジを飛ばしたのは狂気化したライを突き放す勢いのレグルスだった。
ライは声を出さずに静かな殺気を何もしていない森に向ける。
もちろん森への殺意ではなく、体の内側にいるレグルスという名の化け物へ向けた殺意だ。
内側にいるレグルスには直接の殺意を向けられないので仕方なく、森へ向けたのだ。
レグルスはそんなことなど気にもせず、もう一度内側から囁く。
「これが、あの――」
そのライへ向けられた言葉は、途中で途切れた。
理由は―――
「ざまぁ、見ろ。バケモノ!」
そう言い放ったのはいつの間にか主導権を握り返したライだった。
ライの額には脂汗がにじみ出ていて、何故か腹を気にしているようだ。
ライの腹部には茶色の柄が付いた刃物が刺さっており、そこから赤い血が溢れている。
この状況から推測できることは一つ。
ライがレグルスを殺そうと自分ごと死のうとして刃物を腹に突き刺した。
ということ。
これにはさすがにレグルスも驚いた様に目を見開き、主導権を奪い取ると口を開く。
「すごいことするねぇ!痛くないの!?確かにこんなことしてくるとは思っていたけど、さすが勇者の孫ってとこかな?で、そこそこやれたと思うんでしょ?でも残念でした。僕の能力、「雑殺」によって僕へのダメージの一切を無効化したから痛いのは君だけ。無駄な努力だったね。まぁ、僕にとっては良いことしてくれたってことは確かだから「一応」はお礼を言ってあげるよ。勝手に自滅してくれてありがとう。これで人類滅亡の道を進みだすことが出来るよ。あ、でももう気付いてると思うけど、僕の「雑殺」はある条件を満たすことで攻撃されても全く痛みを感じないモノだ。だから乗っ取られている君の体も痛みを感じないでしょう?」
ライは傷口を見て、触ってみる。
でも、確かに痛くない。
ライは驚いた様に何度も刃物を抜いたり刺したりしてみるが、本当に痛みがない。
それでいて何も仕掛けがないのも何とも不思議だ。
そんな奇怪な行動をしているライをレグルスは奇怪なモノを見る目で言う。
「い、いやぁさ。驚くのは分かるけど、そんなに自分の体を痛めつけて辛くないの?確かに?僕もこの体を壊されるのは止めてほしいけど、それよりも何よりも君自身が自分の体を壊すのもなんだかもどかしいんだよね。なんだか自殺するのを見てろって言われてる感じでさ。」
ライはムッと顔を少し歪ませると、口元を緩めて
「そりゃそうだろ。こんな怪物、生かそうと思う方がどうかしてるでしょ。てか、あんなこと言っといて逃げられる道が開けるわけないでしょう?とか、言っちゃてる僕だけどここで一つ、嬉しいお知らせだよ。」
レグルスは声は出さなかったものの、頭の上に?が浮かんでいるのが目に浮かぶ。その事にライは当然の様にフッと鼻で笑うと口を開く。
「―――僕は、君の手助けをしたいと思っている。」
その言葉で、ライたちを中心とした半径五十メートルの空間が、
凍てついた。
次回はライの行動に要注目です!
あと、アドバイスや、注意点などあればよろしくお願いします!
小説名も変更しました!
良く晴れた暗闇の中で。⇒獣達は人を恨んで地に堕ちる。