キズキ・シホという名の勇者
異様な眼差しに違和感を感じながらも、型を崩さぬ様に振舞おうと笑いかけるシホ。
「あ、あのさぁ、そんなにレモン好きならもう一個上げようか?」
だが、そんな見せかけの言葉など、警戒度マックスな上に、覚醒状態のレグルスさんには蚊ほども効かず、さらに余裕なのか鋭い目でシホを一瞬睨むと視線をずらしてフッと馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「勇者、勇者かぁ。この程度?フフッ、甘い甘い。そんなんじゃ、聞き出せるものも、殺せるものも、逃してしまう。僕たちをここまでさせたのは人間なんだ。なのに、いざ復讐しようとしてみれば、なんて様だ。仲間を犠牲にしてまで生きようとする?ホントクソみたいだな。まぁ、中にはそういうことをしない奴もいるらしいけど。どっちにしろ僕はまず最初に、あなたを倒すよ。最凶のキズキ・シホさん。」
さあ、どうする?勇者様?孫を殺すか、それとも生かすか。どっちを選んでも勇者の称号は剥奪されるけど。
ライは本性を露わにした。露わにして、宣戦布告をした。絶対王者のシホに。でも、笑っている。勝利という名の眼差しを持って。シホもそれを知ったのか、真面目な表情になり、勇者のオーラを溢れ出させている。
「別に私はあなたを孫だと思っていないわよ?私の孫、ライはそんな目をしていないし。っていうかさ、あなたこの私に勝てるとでも思ってるの?まずは、私からじゃなくて、そこら辺にいる魔獣からでも―――――」
「死を恐れない姿は褒めようじゃないか。でも、罵倒は許さない。」
瞬間、シホの髪が数本、言葉と共に切り落された。同時に、シホの顔が険しくなった。
「ほう、今のが見えたのか。」
ライが少し驚いた様にシホを称賛の眼差しで見る。それもそのはず、ライは怒りを露わにすると共に、数ある能力の一つ、「情刃」で見えない刃をシホに向けて飛ばして傷を与えようとしたのに、なんと寸前(多分あえて)で避けてしまったのだから。
でも、その驚きは「常人の場合」だ。最凶といわれる存在にこれを避けられないはずはない。つまり、ライはシホの事を常人としてしか見ていないのだ。まぁ、当然と言えば当然だ。何せさっきの聖雷を発動しようとしたとき、シホがその魔法を「打てなかった」のは、魔力がそこまで無かったからというのと、まずその魔法自体あまり詳しく知らなかったということが分かっているからだ。
その事を全部含めてライの中での評価は「力の強い常人」だ。
「ふ~ん、私を常人と?なんかぶっ飛ばしたくなってきた。秒で瞬殺して私の恐ろしさをその乾いた心に深く刻み込んで上げる。」
シホは自分への評価に怒りを持ったのか、肩をグルグルと回しながらニヤニヤと笑うライに挑発的な視線を送る。
お~、怖いなぁ~!さすが勇者様。でもね、秒で瞬殺されるのはね、あなただよ。逆に負ける方が難しいと思うよ?あと、軽々しく最強って言葉使わない方が良いよ。人間に恨みを持っている奴らがどんなことしてくるか分からないからね。
「せいぜい頑張れ、生きてたら。」
「ご忠告感謝いたしますよぉぉ!」
その言葉を最後に、戦いが始まった。
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「クソッ!なかなかしぶとい!」
「へへへ、勇者だからね!そんな簡単にやられるわけにはいかないんだよぉ!」
戦闘開始から約十分、シホはいまだバケモノを前にして勇敢に立ちはだかっている。これにはレグルスもさすがに素で驚き、焦っている。それどころか、二、三発シホの本気のパンチが腹や顔に入っており、結構なダメージを喰らっている。
なんなんだこいつ!思ってたより粘る!ああ、腹が痛い!丁度鳩尾に入ってて息苦しい!ああ、顔が痛い!あいつに殴られた右頬が痛い!でも、もう少しだ。もう少しで、勇者を、人間の中心を壊せる!
そう思い、シホに決定打を喰らわせようと、拳をシホへ当てようとしたその時―――――
「カウンタァァァァ!」
シホがタイミング良く僕のパンチを避け、その反動を使って全力のパンチを喰らわせてきた。僕は呆れた。絶対に負けるところでしかしない無駄な努力に。でも、彼女は違った。彼女は、キズキ・シホという人間は、この戦いに自分の敗北を微塵も感じていない。だから、強き勝利の拳を突き出すことが出来たのだろう。突き出せただろうからこその―――――――――――――――――この笑顔だ。
シホは僕に全力の心を込めた本当のパンチを喰らわせると、眩しい程の笑みを無言で浮かべた。
その眩しい程の笑顔は僕を馬鹿にするようにも、褒め称えるようにも感じられた。ただ、そんな、時間を止めた様なこの状況には一つ、おかしいものがある。それは、
「おい、その右手に持ってる「それ」はなんだ?まさか――」
「?大昔、魔の帝王を倒すのに、大勇者が使った聖剣、グラムだけど?」
「へ?」
僕の頭が真っ白になった。
セイケンッテナァニ?ダイユウシャ?マノテイオウ?チョットボクニハワカラナイナァ。
ライは今、さっきまでの勝利を確信したニヤつき顔から一変して、本物の絶望を前にしてプルプル震える勇者気取りのチワワの様な表情に――分かりやすく説明すると、ビビっていた。
「な、なななっなんでそんなモノを!?」
「ん?なんでって、決まってるでしょ。私がその大勇者様の子孫だからよ。」
当然の様に言ってくれる!そりゃあ、こんなバケモノになるだろうなぁ!
ライは怒りを無理矢理納得に切り替え、シホを鋭い目で睨む。
シホはというと、聖剣をバットの様に振り回し、素振りの様な事をしているが、目はちゃんとライを捉えていて、ライの見方の変化を確認するや、口を大きく横に開き大声で叫んだ。
「さぁさぁ、どうする?瞬殺するとか言っちゃてたけどさぁ?意外と耐えちゃってるけど。しかも、ダメージ的にも勝敗的にも私の方が有利だけど。」
「不利の間違いだろ。馬鹿じゃあるまいし、そろそろ現実を見なよ。赤ん坊。」
ライは殴る構えをしながらつっこむ。つっこみ終えて拳にも力が十分たまったところで、ライは目に見えない速度でシホとの間合いを詰め今までとは違う不気味な笑みを浮かべたかと思うと、何かを呟く。
「体砕」
その直後、力強く握り絞められたライの拳が、シホの腹に優しく接触する。
直後、シホの体が一瞬でくの字に変形した―――――
シホの口から大量の血が零れ出す。零れ落ちた血が、ライの足元に盛大に落ち、跳ねた血がライの頬にへばり付く。ライはそれを復讐心に満ちた瞳で地面に崩れ落ちたシホを見下しながら拭い、笑みを浮かべながら汚物を見る目でシホの頭を蹴り飛ばす。
シホはライのパンチを喰らったおかげで折れた背骨が色々なモノを突き破り背中から突き出しているせいか、未だに血を吐き続けていて、とても声を出せるような状況じゃないが、それでも今できる最高の怒りをぶつけまいとさっきの蹴りで潰れた左目を気にしながらも、睨みつけた。
レグルスを。
ライは一瞬硬直した後、無表情でシホの頭を尋常じゃない速さで五、六回連続で蹴ると、再びニヤついた顔で言った。
「いやぁ、惨めだねぇ。勇者様が聞いて呆れるなぁ。」
そう言うと間をおいてから「でも」とことばをついで、
「ここまでやられてもまだ戦おうとしてるのはすごいと思うよ?まぁ、負けを前にして強気でいるのもなんかおかしいんだけどね。で、最後に一言だけ、勇者の孫として言いたいことがあれば聞くけど、なんかある?あ、本人に代わった方が良いかな?どうする?あ、でも声は聞こえてるからね。コソコソしたって無駄だよ。それだけは理解しといてね。」
一拍置いて、
「よろしく、頼む、よ。変わ、って、おく、れ。」
「はいよ。」
ライは潔く従うと、まるで精神統一するかのように目を瞑ると不思議なことに、今までライの周りに漂っていた黒紫色の瘴気がみるみるうちにライの体に収まっていく。
すると次の瞬間、さっきまでの敵意に満ち溢れていた声が一変して、男の子らしいちょっと低めの声が目の前にいるボロボロになった祖母に心配そうに話しかける。
「どう、したの?そんな、ボロボロになって――!?せ、背中から、骨が!ああ、ああああ!」
「お、驚か、せて、ごめん、ね。急なこと、で、頭、が、追いつかないかも、知れない、けど、聞いておく、れ。」
「う、うん。」
ライは戸惑いながらも、シホの言葉にしっかりと頷く。それを確認したシホは激痛に耐えるため強張っていた顔を最大限柔らかくして、話し始める。
「ライ、お前、は、強い、か?」
ライは一瞬固まったが、すぐに「うん。」と頷いた。シホはコクッと頷くと再度質問する。
「お前、は、強い、心を、持っ、ている、か?」
またもや、ライは一瞬悩むと、「うん。」と頷いた。今度は頷かず、質問を続けた。
「お前、は、強い心、を持っ、た友、を持って、いる、か?」
ライは、首を振った。シホは、顔を元とは違う形で強張らせた。そして貫くように質問する。
「お前、を支え、る友、はいる、か?」
ライは俯き、悔しそうに首を振る。そして、訴えるように叫ぶ。
「こんな僕に、そんな仲間、居るわけないでしょ!」
「―――」
シホは無言でライの悲しげな表情を見つめると、最後にこう質問した。
「お前、は、ホントに、大事、だと、思うもの、を、守れ、るか?守り、切れる、根性、を持って、いる、か?」
ライは一切悩む事無く即答した。
「あるに、決まってるでしょ。」
ライは堂々と言った。それだけは人に絶対に無くてはならないモノであるがために。その瞳に宿る思いを感じ取ったシホは、一度ライから目を逸らし大きくため息を吐いた後、改めてライの瞳をじっと見つめてこう呟いた。
「もう、私、は、長、くな、い。これか、らは、一人、で、生き、て、いか、なきゃ、いけな、い。でも、もう、あなた、なら、大丈夫。あなた、が、そう、思って、いなくて、も、私、が自信、を持って、言う。だか、ら、生き、て。そん、な、バケモノ、ボッコ、ボコ、にして、や、れ。これ、が、私から、の、最後、の、言、葉。」
そう、ライに言うと突然、シホが拳を握って最後の全力パンチを喰らわせまいとライに痛みなど気にせず飛び掛かる。が、当然、大切な体を無くすまいとレグルスが素早く反応し、「情刃」でシホの体を右上から斜めに切り裂き、血しぶき上げる。
すると、役目を終えた様にレグルスは静かに内側に収まり、ライを表に出した。そして直後、涙した。もう逆らえぬ死を間近にした祖母を前にして。そして、そんな状況を前にしても変わらぬ笑みを浮かべている事に。
「ラ、ィ?どぅ、したん、だ?男、が、泣く、んじゃ、ない、よ。」
さっきより辛く小さくなったシホの声が涙を流しているライへ男としての軽い注意をする。ライはこれが死を前にした者の姿かと、驚きながらも、ちゃんと反応する。
「だったら、女が男の様に強気になってるのもおかしいと思うけど?大体、死んだも同然の傷を負ってなおもこんな元気って、どうしたらそうなるんだ!?」
「いぃ、んだ、よ。ぉと、なは、無理、して、なんぼ、だ。」
シホは苦しそうにしながらも、ぎこちない笑顔を作り、ライにえっへんと上から目線を決め込む。
でも、確かに疑問だ。何故あんなにキツイ攻撃を喰らっているのに、全然死ぬ気配が感じられないのか。もしかしたらやせ我慢をしているのかもしれない。だとしたら安らかになってほしいものだけど。(可哀そうだから。)
と、そんなことを言っていると、シホが少し穏やかになりかけた場を盛大に赤く染めた。
突然にして、元気だったシホがライの足元に大量の血を吐きながら倒れこんだのだ。
ライは思考停止した。自分にとっての要が、死んでしまうことを恐れて。
でも、時の流れには逆らえない。シホの顔が段々白くなっていく。
息をしている音が聞こえてこなくなっていく。
シホは動かせるはずのない首を、ライの方へゆっくりと捻ると、信じられないくらいの笑顔を見せた。
キズキ・シホが、死んだ。
ライは泣き喚くことも、泣き叫ぶこともせず、逆に涙を拭いた。
そして呟く。
「ありがとう。また会おうね。勇者キズキ・シホ。」
勇者の孫として、一人の人間として。
これが、キズキ・シホという名の一人の勇者の生き様だ。
文字数の都合で戦闘シーン省きました、すみません!
次はちゃんと書きます。
何かあれば、感想ください!
よろしくお願いします!