レグルスのレはレモンのレ
「恨む心に罪なし。
悲しむことに罪あり。」
目を背けて良い真実など無い。
全てを理解することで、道は開ける。
部屋に着いたライは部屋に入ることなく、着替えを探していた。
「いやぁ~、窓すげえなぁ!窓から入る陽の光のおかげで電気付けなくても余裕で見える!」
ライは感動していた。電気を使うことが出来ることに感動していたライは今度は太陽の光に。やっぱり人工物よりも、自然の方が良いと。でも、そんな感動も部屋の汚さには負ける。
「ゴミの山じゃねぇか!」
汗の臭い匂いや、どこかしもに散らかる武道着やオモチャを見て、ライは「ゴミの山」とそれを例えた。心なしか、ライ「本人」に悪かったな!といわれた気がして、肩をビクッと跳ね上げ、周りをキョロキョロと見渡す。が、またシホに蹴られるのを恐れて、ふざけるのはやめて真面目に服を探そうと再び部屋を覗き込む。
「しっかし、こんなに散らかってちゃあ探せるもんも探せない―――――」
ふと、自分の体を眺めるライ。
さっきまで重くて立つこともままならなかったはず足が、今は普通に立っている。
腕も勿論動くようになっている。
これなら、能力も使えるかも!
ライ、レグルス・カーロンは此処が狭く壊れやすい場所だという事を忘れ、能力を発動し――――
ドォォォォォォン!
その「能力」とやらは轟音を立てて、盛大にライの部屋を、キズキ家の家を半壊させた。
ライは目を逸らした。目の前の状況から、この後の地獄の風景から。
これ、ヤバい、よね?
これ、殺されちゃうやつだよねぇ!
ライは焦った。そして、出来るだけ変じゃない言い訳を探した。
「窓から爆弾が投げ込まれて!」「棚から爆弾が!」「時計が突然変異で爆弾に!」「火薬を持ったゴキが現れて!」「僕じゃない!僕じゃないんだ!」
なんか最終的にただの言い逃れにしかなってないし。てかなんで爆弾!?地味にことわざパクッてるし!ああ、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう!
本格的にヤバい!今度こそヤバい!絶対的にヤバい!
ひゅるるるる
突然、背後から冷たい風が通る音がした。
全てを悟り、体が震えだした。
鬼が来た。
脳内で鳴り響く、死亡のお知らせと最強かつ最凶の出現による脳機能の停止のお知らせサービス音。
ライはロボットの様な不自由な首を無理矢理、後ろへ向かせる。
シホだ。
うん。もはや、威圧が凄すぎて、逆に家が滅んでいくね!
明るく絶望するライ。シホは当然の様に?ニヤニヤしながら右手を上に伸ばし、魔法らしきものを唱える。
「闇は光を覆い隠し、光は闇という名の殻を打ち砕く。怒りは闇に、喜びは光に成るだろう。」
一拍置いて、
「聖雷!」
ライはさらに震えた。何故なら、「聖雷」とは存在する魔法の中で二番目に威力の強い魔法で、そんなものを狭い場所で使えば、村人に限らず、周りの森一帯を無きものにしてしまうからで、そんなもの、例え様々な能力を使えるライでも、一瞬でも気が緩めば死に一直線に向かってしまうからだ。
シホに小さい光がどんどんと集中してくる。
体が完全に動かなくなった。
冷や汗が凄い。
シホの腕が、勢いよく振り落とされた。
太い何もかもを貫く稲妻が、ライという人間を抹殺するためだけに、小さな村を飲み込む―――――ことはなかった。
ライは痛みを感じないことに半分死んだのかと恐れながら、感覚があることを確認して、死の魔法を使ったシホの方向を見る。シホは、ニヤニヤ顔を一切崩さず、こちらを見ていた。
そして、手をゆっくりとさっきの様に上に上げる。そして素早くライの頭にチョップを喰らわす。
「何、やって、くれてんのよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
ライの頭からグキッという何かが割れる音がした。
痛い!頭割れるって!なんかめり込んでる気がするし!
「ダイジョブダイジョブ、ソンナコトナイカラ。」
「全然信用できないよ!ていうか、当然の様に心読んでくれてんじゃねぇよ!」
どんどん力を強くしながら棒読みで言うシホに、ライは頭を涙目になりながら抑え、叫ぶ。
シホはニヤニヤ顔をパッと真顔にすり替え、そしてすぐに鬼の形相に変化させる。さっきのニヤニヤ顔よりは何倍もマシだ。
顔を見事に切り替えたシホはライの頭にめり込ませた右手をスポッと抜くと、その手を右目の隣でピースマークを作って設置し、ウィンクをすると、
「女の子にしかできない!キラキラビーム!」
瞬間、シホの体が眼が痛くなるほどの光を発し始めた。ライはそれを目の前で直視してしまい、
「ああああああああ!目がぁ!目がぁ!」
叫びながらシホの足元に崩れ落ち、転げ回っている。シホはライを見下すようにピースをしたまま、ふっふーん!と鼻を鳴らしている。
ウザい。ただただ、ウザい。
「クソッ!見た目だけのクセに!」
「あれあれぇ~?痛い?直で見ちゃったけど?私の魅力が強すぎちゃったみたい!ああ、恐ろしい、恐ろしい。」
皮肉を言ったつもりが、それをシホはわざとらしくヨヨヨと泣いて見せることで、跳ね返してきた。
ホント恐ろしいわ。悪口を全部ポジティブなことにしちゃうとか、どんなだよ!最強なうえに口も達者で天才とかヤバすぎ。まさに無敵じゃねぇか!
ライは叫んだ。心の中で。その叫びはシホにも伝わったらしく、シホは深々と頭を下げた。
「私が強すぎて、すみません!私が可愛すぎて、すみません!お詫びにレモン上げるから!ね?」
うっぜぇ~!超うっぜぇ~!
そんな心の叫びも、目の前に置かれた大好物に比べれば、なんて事無く、ライは怒りを忘れてシホの手の中にある物を植えた獣の様に素早く取り、貪る。
「うおぉ~!うんま~い!ありがとうございます!最凶で最強の神様ぁ!」
「え?う、うん。……え?いや、なんでよ!あんたレモン嫌いじゃなかったの?いつ克服したのよ!せっかく嫌な顔見れるかと思って期待したのにぃ!」
喜ぶライの姿を見て驚きを隠せないシホ。何せ、キズキ・ライはレモンが嫌いだったからだ。それを知っていて、レモンを渡したのに、逆に美味しそうに食べられてしまった。シホは納得のいかない表情ですっごく美味しそうにレモンを食べるライという名のレグルスを見つめている。ライは気にしない。邪魔さえしなければ、何も。
―――――――――――――――――――――
そうして、約五分、微妙な時間が流れた。
シホは延々と嫌いなモノを美味しそうに食べるおかしなライを見て、ライはレモン丸ごと一個をじっくりと味わいながら食べて、その時間を過ごした。
酸っぱいのが好き。
それは血の味だから。
肉の味だから。
命の味だから。
仲間の、味だから。
死の、味だから。
食べたくなかった。
でも、食べるしかなかった。
皆の願いだったから。
生きてほしいと、言われたから。
だから僕は、恨むんだ。
友を食わせた人間を。
死よりも恐ろしき存在の人間を。
僕にはこれくらいしか出来ない。
滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ!!
必死に願った。
でも、人間は、滅ぶどころか、どんどん進化していった。
仲間もどんどんと殺されていった。
馬鹿馬鹿しい。
自分でもそう思った。
こんなただの殺戮兵器に、勝てるわけがない、と。
でも、もう一つ、思ったことがある。
滅ばないなら、滅ぶまでいつまでも恨んでやるよ。
さあ叫べ!
嘆け!
悲しめ!
苦しめ!
怒れ!
そして悔い改めろ。
僕はもう死んでいる。
でも、言い続ける。
いつまでも、
いつまでも、
その時が来るまで。
レグルスは涙を流した。
手に滴る果汁を舐めとりながら。
皆の事を思い出して。
そして、
目の前の、最凶を馬鹿にするように、
笑った。
大声で、涙を流しながらも、しっかりと気持ちが伝わるように。
目の前の最凶は目を見開いて驚いている。
やったぁ、初めて人を、驚かすことが出来た!
こんなことで喜ぶなんて、僕も弱ったなぁ。
でもまだまだ、これから。
僕が、皆の願いをかなえるんだ!
ゆっくりでいい、ゆっくりでいいんだ。
確かに進み続ければいつかは、届く。
旅をしていれば、
中には一緒に笑える奴もできるだろう。
中には一緒に怒れる奴もできるだろう。
中には一緒に悲しめる奴もできるだろう。
中には一緒に悔しがる奴もできるだろう。
中には一緒に楽しめる奴もできるだろう。
でも、それは人間を油断させる為の嘘でしかない。
僕にもう仲間など居ない。
居たとしても、僕はそいつを仲間だとは思わない。
思いたくない。
思われたく、ない。
それが成功するために必要なこと。
これ以上に、大切なことはない。
レグルス・カーロンは心を決めた。
「人間共、絶対にぶっ殺してやるからな。」
そう、レグルスは誓った。
人間を滅ぼし、この世界を平和する、と。
確実に獲物を仕留める目でシホを、見下した。