マリモに要注意
皆、気づいているだろうか。
人とは、生物の中で一番怠惰で、欲が多いことに。
そして、何より貧弱だということに。それを知っていて、生き方を変えないのが人類だということに。
だから人類は、出遅れて、生物の輪を壊していく。いわば邪魔者だ。人間はそんな醜い人生を、千年もの間、続けてきた。
そのせいで動物たちは人間に深い恨みを持ち、人間の根絶を企て、人間との争いを始めた。
が、当然人間というバケモノには遠く及ばず、わずか二日で敗北した。
そこで、動物たちは神というモノに、力を欲した。すると神はこう言ったそうだ。
ちからをほっしているのであればいまのすがたをすてよ、さすれば、ニンゲンなどあしもとにもおよばぬちからをてにいれることができるだろう
と。その話を聞いた動物たちは色々と考えた。姿を捨てるとはどういう意味かと。この後、動物たちはどのように人類に立ち向かっていったのだろうか。
「さてと、今日はこれぐらいにしてとっとと寝なさい。明日も早いんだから。」
そう言って話を切ったのは、俺の祖母であり、俺たちが住んでいるこのグレイ・テスト村の村長である、キズキ・シホだ。
彼女の年齢は百九十歳で、二ッポンというところではすごい長いことらしく、毎日鏡を見ては、
「老けないって最高ねぇ~。」
と言って嬉しそうに顔を触っている。おっと、自己紹介を忘れていたね。僕の名前はキズキ・ライ。黒縁眼鏡をかけているのが特徴の十二歳。
え?十二歳なのに読み聞かせなんてしてもっらってるの?だって?ノンノン、この世界ではニッポンの二分の一のスピードで年を取るから、実質、僕は六歳なんだ。だから読み聞かせをしてもらっているんだよ。
分かった?ちなみに、「明日も早い」ってのはそっちの国で言う武術の鍛錬の朝練があるからで、俺は実際この鍛錬にもの凄い面倒に感じている。
だが、幾ら辞めようと祖母に相談しても、近くの森には魔獣使いが潜伏していて、いつ襲われるか分からないからという理由で押し返され、辞めさせてくれないんだ。だから俺は週に一度のこの日が来ない、又は消えてくれることをいつも願っている。
「あ~あ、武術なんてこんな平和な世界に要らないはずなのに、なんで習わなきゃいけないんだよぉ~。」
「文句なんて言ってないで早く寝る!」
朝練が始まるまでの時間を一秒でも伸ばそうともがく俺に容赦ない声で祖母が言う。顔は鬼のように厳つく、目は特に怖い。直視できず、思わず目を逸らしてしまう程だ。おっと、時間稼ぎの時間はもう終わりのようだな。祖母が今にも飛んできそうな勢いで拳を握っている。
よし、寝よう。皆、じゃあな!
目を閉じ、最悪の明日を迎えるために眠りにつく。
眠りについた。
眠りに、ついた。
眠りに、ついた?
「あぁ~、眠れねぇ~!」
必死に眠ろうと頑張っているが、足元から感じる固い何かに邪魔されて、うまく眠れない。
少しイラつきを感じながらも、その固い何かを確認しようと布団に手をかけ、勢いよく捲る。
バサリ
布団が勢いよく捲れ、埃臭い風が顔面に直撃し、少し咳込みながらも、モノを確認する。今の今まで自身の眠りを妨げていたモノ、それは――――――
「ま、まりも?」
目の前にあったもの、それはマリモのように緑色の苔の様なものが塊になったもの。それを見てライは思わず、「なんでやねん」とツッコミを入れてしまう。が、ここで一つ疑問がある。
「マリモなら、柔らかい、よな?」
そう、マリモというものは柔らかく、そしてふわふわしてしているものなので、固い、という感じ方など無いはずなのだ。
なのに、固かった。――――――――――――
じゃあ、これ何よ。
またもやツッコミを入れる。静かな月の光が差し込む部屋で、一人。
急に恥ずかしくなって深呼吸をする。
数秒したところでもう一度、
「これは、マリモ、なんだよな?でも、触ったら固かった。柔らかいはずなのに。じゃまあ、取り敢えず、もっかい触ってみっかって、うぉ!?」
触ろうとした瞬間、それは動いた。生き物かのように。ウニョウニョと。それを見たライは思わず、ギョッと後ずさる。が、それがマリモらしきものには嬉しかったのか、次はぴょんぴょんと跳ね始めた。
今度はなんだと、ライが近くにあった小型ハサミを護身用にと構えながら恐る恐る近づく。
「な、なんだよ。さっきから、死ぬかと思ったわ!」
そう言ってマリモに怒りをぶつけた瞬間、マリモは急に動きを止め、落ち込んだようにベターっと潰れてしまった。それを見たライは何故か罪悪感に襲われ、ついこんなことを言ってしまう。
「い、いや、別に駄目だって言ってるわけじゃなくて、ただ、びっくりしたっていうことを伝えたかっただけなんだよ。」
心にも無いことを言った。人として、生き物として最悪なことをしてしまった。それでも、マリモは、怒っているわけではないということが分かると、今度はライに向かって飛躍する。
「え、ちょっ!まっ!」
ライは反応できずに、小さく、それでいて、大きな声を出す。マリモは気にすることなく、ライに近づく。そして、大きく曲線を描いて、ライの腕に収まる。
「痛い痛い痛い痛い!見た目柔らかそうなのにめっちゃ固ぇ!」
ライは思いっきり抱きしめた影響に思ったより重かったマリモの体重をプラスしたせいで起こった痛みに嘆く。
「なんでこんな硬いのにあんなに滑らかに動かせるんだ?不思議だ。」
ライはこのマリモを触った人が必ず言いそうなことを当たり前のように呟きながら、腕に抱えたマリモをじっと見つめる。ライの視線を感じたのかマリモがぴょんぴょんと跳ねようと、腕の中でもがく。
なんと可愛らしい行動だろうか。まるで撫でてもらおうと甘える小動物のようだ。だが、ここで小動物との違いが二つ、撫でようとしてもただ怪我をするだけということと、まず頭がどこか分からないということ。
適当に撫でてみたら目ん玉でした。みたいなことになれば、硬い毛で体をミンチにされて血だらけになるのが目に見えている。
「うぅ~、怖いねぇ。」
ライが頭の中で自分を殺したマリモをふざけ交じりの目で見つめる。マリモは相変わらずモゾモゾと動いている。ライはふと思った。マリモの言語、マリモ語ってあるのかな?と。
「あるとすれば、どんな感じかな。も、もふもふ?とか?言うのかな。」
すると、
「そんなこと言うわけないじゃん。馬鹿なの?」
喋った。マリモという名の苔が。ライは何がどうなっているのか分からず、キョトンとしている。「馬鹿」という言葉にも少々傷ついているようにも見える。
「ちょ、ちょちょちょっと待て!今、喋った?」
「うん。喋った。お前の事、馬・鹿って言った。」
すごくイラッと来る。でもそれ以上に驚きがある。何故こんなにも流暢に言葉を話せるんだろう。
ふとマリモの方に目をやると、なんとクリクリした大きな目が出ていた。ライはビックリしてマリモを真上に放り投げるが、瞬時に態勢を立て直して何とかキャッチ。
「危ないじゃん。ちゃんと抱えててよ。じゃないと痛い目見るのは自分だよ。」
「マリモのクセに。生意気な。」
心を読みながらも、そこに圧力をかけてくるマリモにさらにイラつきを覚える。が、痛い目を見るのは本当なので強く言い返せない。そこがまたウザい。
「今、僕の事、強いと思ったでしょ。」
「うぐっ!」
また心を読まれた。思わず声が漏れる。が、
「ふぁ~あ。寝みぃ。」
眠気によって軽減される。時刻を確認してみれば、
「おっと、もう十二時五十分か。本気でそろそろ寝なきゃな。」
子供ならもうとっくに眠っている時間だ。読み聞かせをしてもらっている年頃なら尚更だ。でも、そんなものはマリモには関係ない。
「ねえねえねえ、マリモに馬鹿にされた気分ってどんな感じ?ねえねえ、ねえってば!」
なんだか幼児の様な喋り方で聞いてくる。わざとらしい。でも、段々と眠気が強くなって瞼が重くなってきた。意識が薄れて行く。
「おやすみい~。」
そう言ってそのまま倒れ込む。マリモが何か言っているが、もう耳が聞こえないので分からない。今度こそ眠りに就いた。安心できた。腕から力が抜ける。なにかが零れ落ちた気がした。でも、何もわからない。
分からないままに、意識を無くす。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
朝、カーテンから漏れる太陽の光に照らされて、目が覚める。茶色の天井が広がっている。起き上がろうとしても、腕が重くて持ち上がらない、足が重くて持ち上がらない。
「人間の体って重いんだなぁ。やっぱり慣れるまで少しかかりそうだな。」
見てみれば、昨日いたマリモが居なくなっている。どこに行ったか。それは
「長い間使わせてもらうよ、ニンゲン君。」
ライの体、正確には脳といった方が良いか。あの夜、ライが意識を失った直後、マリモは魔術的な何かを使ってライの体に入り込み、自分のモノにした。だが、思ったより体が重かったため、起き上がるのに結構時間が掛かってしまい、今に至っているのだ。
つまり今のこの人間は、キズキ・ライ、ではなく、
「レグルス・カーロン。これが僕の名前だ。」
「でも、名前を変えると怪しまれちゃうから、ライのまま使わせてもらうよ。」
優しく自分に語り掛けるレグルス、「ライ」。そして再度、全身に力を入れて立ち上がろうとした瞬間、
「ライ~、起きたぁ~?」
祖母のシホが部屋の出入り口に寄りかかりながら聞いてくる。ライは生まれたての小鹿の様な足を無理矢理立ち上がらせ、何事もなかったかのように話しかける。
「起きてるよ。」
「んじゃ、朝ご飯出来てるから準備できたら来てね。」
「はーい。」
ふう、と安堵のため息を漏らすライ。こんなグダグダな感じで目的を果たすことが出来るのだろうか。
ライは先々の事を考えて、ため息を漏らすのだった。
「ああ、不安。」
誤字脱字があれば是非お教えください。
よろしくお願いします。