第二話「謎の戦神現る」・その5
スーパーチャレンジアタックの直撃を受け、コーヒー党副総裁・マンデリーンは爆散した。
手柄を奪われた挑戦隊の面々が我先に挑戦神ラインズマンに詰め寄っていく。
「チャレンジ・マッハダッシュ!」
叫びながらただ走るだけだが、全員意味もなく速い。
「何者だ、てめえ!」
ブラックウーロンが怒声を張り上げる。
「わたしの名は挑戦神ラインズマン」
ラインズマンは中性的な抑揚のない声で淡々と名乗った。
「それはさっき落ちてくる途中で聞いた。素性を教えろって言ってるんだ!」
「正と邪とを分かつ一線を見守り、邪悪へ踏み越えるものあらば直ちに挑み、裁きの鉄槌を下す戦いの神」
「名前の説明してるだけじゃねえか」
「それ以外の素性は言えませんね」
「くそっ!」
このままでは埒があかないとみたブラックウーロンがグリーンリョクチャの方に向き直る。
「おい、玉郎! こいつ、色はピエロみたいにけばけばしいが、形はチャレンジスーツに似てるぞ。お前が関わってるんじゃないのか?」
するとグリーンリョクチャは胸を張った。
「勿論ですとも。私以外の誰にこんなファンタスティックなデザインができますか。先刻私が言っていた『対策』──それは、このラインズマンが側面から支援することで、スーパーチャレンジアタックの的中率を高めるというものです」
「じゃあ、こいつのスーツはお前の開発か?」
「その通り。ですが、その『センシングスーツ』を着用している人とは知り合いでもなんでもありません。私は、社長──千会長に着用者の選定を依頼し、運用をお任せしましたが、指一本も動かさずに横から手柄をさらっていくような礼儀知らずは着用者として失格です。後で会長に抗議しておきますね」
基本的に挑戦部の人間は皆、前人未到のことに挑戦して名を挙げようという意識が強いため、自分の功績というものにかなり執着している。それは既に星の数ほどの発明・発見を成し遂げている緑玉郎といえども例外ではなかった。
「ということは、あなたは会長の息のかかった人ですか?」
イエローカモミールがレッドダージリンの陰に隠れつつ、警戒しながら訊ねる。
「その問いにのみ答えましょう。──否、と」
「でも会長からセンシングスーツを渡されたんでしょう?」
ラインズマンの答えに納得のいかないイエローカモミールはなおも食い下がった。
「ノーコメント」
「なぜ潔く話せないんですか? 会長に訊いたらわかることなんですよ」
「会長は言いませんよ」
「え、どうして?」
「さあ、どうしてでしょう」
曖昧な言葉ではぐらかすと、ラインズマンは疾風の如く駆け出した。すぐさま挑戦隊も全員が反応し、追い掛けようとするものの、たちまち引き離され姿を見失ってしまう。
「さすがはセンシングスーツ」
真っ先に息切れして立ち止まったグリーンリョクチャが感想をもらす。
「緑先輩、なんであの人、あんなに速いんですか!」
ピンクハイビスカスが思わずグリーンリョクチャをなじる。センシングスーツの圧倒的速さが気に入らないのだ。
「玉郎、俺も訊きたい」
レッドダージリンが冷静に問い掛ける。
「──もしかして、センシングスーツはチャレンジスーツより性能が高いのか?」
「何だと! チャレンジスーツの性能アップは無理だと言ってたじゃねえか!」
横からブラックウーロンが怒鳴り込んでくる。
「私は嘘は言ってませんよ」
ブラックウーロンの剣幕に慌てることなく、グリーンリョクチャは平然と応じた。
「現段階のセンシングスーツは、総合力ではチャレンジスーツには遥かに及びません。側面支援用なので防御力と耐久力を切り捨てて、瞬間的な火力と移動力に力を割り振っています。加えて連続活動時間に制約がありますね。ラインズマンが突然逃げるように去って行ったのは、時間切れが近かったからでしょう」
「チャレンジスーツより優れているのはほんの一部に過ぎないというわけか」
「そうです。もっとも今回、その本領を発揮したのは逃げ足だけでしたけどね。挑戦神と勝手に名乗っているようですが、性能が『超先進』的ということではないのです」
「なるほど」
レッドダージリンが深く頷く。
「──一応、会長に今のことを報告して、あいつについて訊いておいてくれ」
「勿論です。ピジネスパートナーとして、今回の件は見過ごすわけにはいきません」
「会長が話を拒んだら?」
「それはないでしょう。さっきの台詞は、素性の追及を嫌がったラインズマンがその場しのぎで言っただけだと思いますよ」
「…………」
グリーンリョクチャの言葉をレッドダージリンは束の間無言で反芻した。
そして。
一言「任せる」とのみ言い残して踵を返したのである。
「あ、部長、どこへ?」
思わずイエローカモミールが訊ねた。
「修行のやり直しさ。地道に身体を鍛えるのが一番の近道だ」
レッドダージリンが至って真面目な声で答える。
「はあ」
「考えてもみてくれ。チャレンジスーツは身体能力を概ね百倍に増強するんだ。素の俺の能力を僅か一パーセント向上させるだけで、レッドダージリンとしての力は百パーセント増強される。トレビアン!」
「はあ」
レッドダージリンは明らかに計算違いをしているのだが、イエローカモミールは指摘するのが億劫でそのまま適当に相槌を打った。
「もっと素晴らしいことに、百メートルを走る時間を俺が〇・一秒縮めることができたなら、レッドダージリンとしては、十秒も短縮でき、ほぼ瞬間的に百メートルの移動が可能となる。トレビアン!」
「ええと、それはあまりにも……」
「さらにもっと素晴らしいことに、もしも〇・二秒まで縮められたなら、理論上俺は、百メートルをマイナス十秒で走ることになり、小規模ながら時間遡行までできてしまうのだ。トレビアン!」
「はあ……」
とてもついて行けないと思いながら、イエローカモミールはレッドダージリンを無言で見送った。そこへピンクハイビスカスがやって来てこう問い掛ける。
「季彩、臭いで誰だかわからなかった?」
「それが、完璧に無臭だったの。スーツの中に強力な消臭装置が付いているみたい」
「その通り!」
少し離れた場所でたまたま会話を聞いていたグリーンリョクチャが大声で認めた。
「──私がセンシングスーツに付けておいたのです。ラインズマンが凄いのはダッシュだけでありません。脱臭も凄い。我々の素性は既にコーヒー党に知られてしまっていますが、ラインズマンがその轍を踏まないよう、スーツには情報漏れを防ぐ装置をてんこ盛りに組み込んであります。ボイスチェンジャーや体型補正機能なんかも付いてますよ」
イエローカモミールとピンクハイビスカスは顔を見合わせて、ふうっと大きな溜息をついた。余計なことを、と言いたい気持ちでいっぱいだったのだろう。
二十分後、生徒会室。
校長室よりも広く豪奢な室内で、千宗華と緑玉郎はテーブルを挟んで二人きりで何やら話し込んでいる。
「すると社長、どうしてもラインズマンの正体は明かせないということですか?」
「誤解しないで。誰が装着していたかは、私にもわからないの」
「なぜですか? センシングスーツの運用は社長に全部お任せしていたはずですが」
玉郎が厳しい表情で問い質す。
「装着者は複数いるのよ。ぶっちゃけると生徒会の役員達ね。まあ、全員お祖父様の弟子で、私の言うことは何でも聞くしもべみたいなもんなんだけど、ほら、装着者を一人に固定すると、その人間の手が空いていない時に事件が起きたらどうするって問題が出てくるでしょ」
「なるほど。つまりこういうことですか。その場その場で最も適した者がラインズマンになると。だから社長にも先刻の装着者が誰だかわからないと」
「そうなの。とにかくそれを言い訳にさせてくれない? 本当のことを言うと、装着者の特定くらい、生徒会役員全員に聞けばできなくもないわ。でも、無料奉仕で頑張ってくれている部下を追い詰めるようなことはしたくないのよ」
宗華が拝むような仕草をする。玉郎は薄い笑みを口許に浮かべると、こう言った。
「いいでしょう。社長の部下思いの心に免じて、この件はこれで終わりにします。その代わり、もう二度と私達の手柄を横取りしないよう、装着者全員に周知徹底を」
「わかったわ。ラインズマンはあくまでも脇役──そうみんなに伝えておくわね」
「お願いします。いやあ、うちの部には自分の手柄にやたらと拘る意地汚い人が多いもので、突き上げを受けて私も参ってたんてすよ」
玉郎は完璧に自分のことを棚に上げた。
「あら、緑君も結構手柄に拘ってるように見えたけど?」
宗華が悪戯っぽく問い掛ける。
「それは挑戦部の皆さんの競争意識を高めるために、わざとやっていることですよ。仲間を出し抜くための知恵や工夫が、コーヒー党を打ち破る原動力になるんです。私自身は既に有り余るほどの栄誉を得ていますので、今さらちっぽけな手柄を求めて一喜一憂しませんよ。私はコーヒー党さえやっつけられればそれでいいんです。おいしいお茶を今まで通りおいしく飲むために」
嘘だピョーン、と内心で呟きながら、玉郎は堂々と言った。
「その気持ちは私も同じよ。だから、一刻も早くセンシングスーツの完成をお願いするわ」
「わかりました。お任せください。まずは戦闘装備の『冷茶ブレード』の開発を急ぎます。必殺技は『茶番ダイナミック』といいますが、脇役のラインズマンは使用禁止ということでよろしく」
「随分と奇妙なネーミングね」
「ちょっとしたおふざけですよ。わかる人にはわかるという」
そして、玉郎はおもむろに眼鏡を外した。
えっ、と宗華が目を見開く。
「緑君、あなた、瞳が茶色なのね。初めて知った」
「眼鏡に仕掛けがありましてね。本来はご覧の通りほうじ茶の色です。ただ、緑茶を愛する者としては、なぜこれが『茶色』なのだという不満が強く、普段は表に出さないようにしているのです。とはいえ、私がおふざけやジョークを好む理由もこの目にあるわけで……」
「どういうこと?」
不思議そうな表情を浮かべる宗華に玉郎はニヤニヤしながらこう答えた。
「ほら、お茶目でしょ」
第三話に続く