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第二話「謎の戦神現る」・その3

 モニターに映る紅紅茶郎は、修行の時に着る道着ではなく、年がら年中着ている紅茶色のハーフコート姿だった。


「紅さん。その風景……学園内ですね。学食の入り口の向かって右側に並んで立っている三本の菩提樹のうち、一番奥にある木の東側の幹が間近に映っています。樹皮の特徴からして間違いありません」

 緑玉郎は無駄に詳しく紅茶郎の居場所を指摘した。


「ああ、当たりだ。体内の紅茶成分が切れたんで、補給しに学園へ戻ってきたら、いきなり奴に出くわした」

 紅茶郎が淡々と状況を説明する。玉郎の変態性を熟知しているためか、現在地を一瞬で突き止められたことに驚いた素振りは全くない。


「マンデリーンはどこですか? 戦闘にはなっていないみたいですが」

「ああ、奴にはまだ気付かれていない。奴は今、自分の仕事に掛かりきりだからな」

「仕事?」

「来ればわかる。──ま、一応簡単に説明しておこう。奴は今、売店の横でコーヒーを一杯十円の大特価で販売している。お茶会やお茶の販売を妨害する作戦から、コーヒー愛好家の人口を増やす作戦に切り換えたようだな。着ぐるみ調の装飾を全身に付け、顔をゆるキャラ風に変えているから、生徒には怪しまれていない。目下、大行列ができていて、奴は客を捌くのにてんてこまいだ」

「だったら不意打ちを食らわせられるな」

 不意打ちフェチの龍が邪悪な笑みを浮かべる。


「今の場所では無理だ。今のマンデリーンは、小遣いの乏しい生徒にとっては神にも等しい。それを邪魔すれば、俺達の方が悪者扱いされる。後で尾行して人気のない場所で仕掛けるしかない」

「そうか。そこで闇討ちか」

 龍が嬉しそうな顔をした。


「いや、奴の感知能力を思い出せ。奴が客あしらいに追われていない状況では、どこに潜もうとまず見つかる。正攻法で行く以外、道はないだろう」

「でも、正攻法じゃわたし達……」

「今はまだマンデリーンには勝てませんよ」

 季彩とびすかが不安げな表情をモニターに向ける。


「だろうな」

 妙に冷静な答えが返ってきた。

「奴の戦闘スタイルは防御重視だ。余程トリッキーな仕掛けをしない限り、俺達の今までの技は全てあっさり避けられてしまうに違いない」


「その点、緑先輩が、何か対策を考えてるみたいなんですけど、具体的な説明は紅先輩が部室に来てからということに……」

そう言ってから、びすかは大きく息を吸った。


「──要するに部長がいないと話は何も進まないんです。だいたい、この時間に作戦会議をするって決めたのは紅先輩じゃないですか。部長のくせに部を放り出して勝手に修行に行くなんて、ひど過ぎだと思います」

 びすかが猛烈な勢いで紅茶郎に抗議する。季彩も首を縦に何度も振った。


「すまんすまん。負けた後は無性に滝に打たれたくなるんだよな。作戦の方は頭のいい玉郎に丸投げしとけば大丈夫だと思ったんだが……。──さて、今から部室に戻るわけにもいかないし、しばらくこんな感じで会議といこう。で、対策って何だ、玉郎?」

 たじたじとなった紅茶郎が申し訳なさそうに頭を掻きながら、玉郎に訊ねる。


「必殺技を直撃させるために、何とかしてマンデリーンの注意を逸らすというものです。そのための試作品は一応完成しているんですが、まだ本来の性能の半分しかパフォーマンスを発揮できていないので、紅さんを交えた作戦会議でいい案が出たらそっちを採用するつもりでした」

「なるほど。対策はあっても、万全ではないというわけだな。まあ、多少心許なかろうが、マンデリーンが目の前に出てきてしまった以上、一か八かで挑戦してみるしかないだろう。俺達は挑戦部だからな」

「ではその方向で。僕達はすぐにそちらに向かいます。紅さんは見張っていてください」

「わかった。なるべく早く頼む」

 滅多に見られない紅茶郎の真剣な表情を最後に、モニターの電源が切れた。それと同時に部室の扉が開く。


「会議は終わったみたいね」

 入ってきたのは千宗華だった。


「あ、会長」

 あまりのタイミングの良さに、季彩がびっくりした眼差しを向ける。


「様子見に来たら、会議中だったから入るの遠慮しちゃった。といっても、聞くとはなしに聞こえてきちゃったから、事の次第は理解してるわ。大変なことになったわね」


「まあな。そこをどいてくれ。出撃だ」

 龍が血の気の多いところを見せる。宗華は一旦はうなづきつつも、すぐには動かない。


「ちょっとだけ言わせて。──戦ってみて、駄目だと思ったらすぐ逃げてね。無茶は禁物よ。無茶は『お茶の無い』世界を招くことになるわ」

 玉郎の眉がピクリと動いた。


「だけど、もしも僅かでも希望があるのなら、力の限り踏み止まって戦って。お茶の存亡はあなた達の踏ん張りにかかっている。重過ぎる使命かもしれない。でも、元々『茶の道を行くは、重荷を負うて遠き道を行くがごとし』よ。頑張って。──あ、これ、徳川家康公の遺訓のもじりで、お祖父様の口癖なの」


「家元の?」

 反射的に季彩が言葉を返すと、宗華は凛とした顔で肯定し、こう続けた。


「ええ。わたしの祖父、裏表千家家元・千宗者の言葉ですわ。お祖父様はこうも言っておられます。『茶の道はヘビーじゃ』と」

 神妙な顔で聞いていた龍と季彩とびすかが、一斉に大きく溜息をついた。


「いい話だと思って真剣に聞いていたのに……」

 季彩がぽつりと呟く。


(なんで道がヘビーなの? ハードとかタフとかじゃないの?)

 びすかは、宗華の話がネタ混じりだったことに、全く気付いていない。


「あら、なんだか妙な空気ね」

 そもそも宗華自身に、ネタの自覚がまるでなかった。


「あんたがビミョーな話をするからだよ! 見ろ! みんなの士気が下がっちまったじゃないか」

 龍が怒りの声を上げる。


「え? わたしはただみんなを励ましたかっただけなのに。なんで?」

「それはな、あんたの話が『さあ、今から戦争だ。ウオー!』レベルだったからだよ」

「何それ?」

 宗華には龍の話がまるで理解できない。


 そして、玉郎はこんなことを考えて、ただ一人にやついていた。

(さすがは家元。『ヘビーじゃ』の『じゃ』が効いてますね。単なる『蛇の道は蛇』のパロディに終わらせず、上乗せまでするとは……)


続く

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