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第一話「コーヒー党襲来」・その4

 挑戦隊としての初めての戦闘。

 それは実にあっけないものだった。コスタリーカの合図で、いかにも戦闘員風の男達がわらわらと地下から湧いて出たのだが、はっきり言って弱過ぎて戦いにならないのだ。どうやら相手は、茶色の全身タイツにコーヒー豆を象ったお面をかぶっただけの普通の人間らしい。各人が常人のおよそ百倍のパワーを持つ挑戦隊に到底敵うわけがなかった。軽く撫でてやれば、それで簡単に何メートルも吹っ飛んでしまう。


「あいたたた。つれえよぅ」

 撥ね飛ばされた戦闘員(「バリスタ」という名称らしい)が腰を押さえて弱音を吐く。やられ方も無様だ。なのに皆、懲りもせず挑戦隊に挑んでくる。やられてもやられてもしつこく向かってきた。


(妙ですね。実力差があり過ぎるとわかった時点で、メカ怪人に任せるべきなのに。このままじゃ、いたずらに自分達の怪我が増えるだけですよ)

 バリスタ達の無謀な攻撃を不審に思ったグリーンリョクチャは、降り掛かる火の粉を払いつつ、敵の発する言葉を集音した。彼は生まれつき耳がよく、チャレンジスーツの聴覚センサーを通すと、十キロ先の針の落ちる音が聞こえるという。


「チクショー。もう帰りてぇ。メカ怪人の指示通りにテキトーに働くだけの楽な仕事だと思ってたのに。戦闘があるなんて聞いてねえよ」

「何寝ぼけたこと言ってんだ。戦闘員という名目で仕事を請け負ってるんだから、戦闘があることぐらいは予想しとけ」

「あと二分だ。二分粘れ。メカ怪人は契約通りにしか動いてくんねえぞ。融通の利かん鉄頭だかんな。明治火銃組めいじかじゅうぐみの面目にかけて踏ん張れ」

「くそっ。チャカかナイフが使えれば……」

「武器を使うのは契約違反だからな」

「悪の組織なのに敵の身体を気遣うなんてどうかしてるぜ」

「ま、こっちが弱いおかげで、敵さんも本気を出せないみたいだし、良しとしよう」

「わあ、ピンク色のが来た。こいつ、さっきから全然手加減してくれねえ。うわああああ!」


(何となくわかりましたよ。アウトソーシングですね。どこかのヤクザと、戦闘員を調達する契約を結んでいるわけですか。だったらどれだけ彼らを痛めつけたところで、コーヒー党本体に与えるダメージはゼロですね)

 玉郎は、まともに戦うのを止め、向かってくる相手を軽くあしらうだけに留めた。省エネのためである。なお、他のメンバーにアドバイスをすることはしない。凡人相手に噛み砕いて説明するのが面倒だからだ。


「こら逃げるな! ガチンコ勝負よ!」

「わー、ピンクがしつこい!」

 一人のバリスタが死を覚悟する。


 そこへなぜかイエローカモミールが割って入ってきた。

「びすか、『ガチンコ』なんてハレンチな言葉言っちゃ駄目!」

「なんでよ。ガチンコ大好きなんだから言ってもいいでしょ。ガチンコガチンコガチンコ!」

「もうヤだあ」

「しめた、今のうちに……」

 バリスタは二人が言い争っている隙に逃げ出すことに成功した。


 そうこうしているうちに二分が過ぎ……。

「くそっ、歯が立たねえ。退却だ! ──コスタリーカ様。後をお願いします」

 声と同時にバリスタ達が一斉に戦闘を止め、煙玉を地面に叩きつける。辺り一帯をもうもうたる煙が包み込んだ。やがて煙が晴れた時には、バリスタは一人残らず姿を消していた。


 残るはコスタリーカのみである。だが、コスタリーカは余裕綽々だ。

「おやおや、そんな覆面を付けてたら、おいしいコーヒーが飲めないじゃありませんか。軽く捻って脱がせてあげますね」

 背負ったリュックから銀色の銃を取り出して、レッドダージリンに向ける。

「ショックガンですよ。気絶するだけですから安心してください」


「当たるかよ!」

 レッドダージリンが銃撃を華麗にかわす。次いで連射が来たが、紙一重の見切りで避け切った。と同時にこう叫ぶ。

「──みんな、『スーパーチャレンジアタック』をやるぞ!」


「えっ? いきなりですか?」

 イエローカモミールがすっとんきょうな声を発した。

「俺の見せ場が全然ないじゃないか」

 ブラックウーロンが不服そうに言う。


「聞いてくれ。──敵の強さはまだ未知数。先手必勝で出し惜しみせず最大の技をぶつけるべきだ。先に細かい個人技にエネルギーを割いてしまうと、切り札が通用しなかった場合に、逃げる余力がないってことにもなりかねない」

 強い口調でレッドダージリンが訴えた。

「それは一理ありますね。やりましょう。スーパーチャレンジアタックを」

 グリーンリョクチャが賛同する。

 そして、何だかんだで全員が必殺技の態勢に入ったのだった。


 スーパーチャレンジアタック。──全員が円陣を組んだ状態で空中高く跳び上がり、チャレンジスーツのエネルギーを一気に放出。火の玉と化して急降下し敵に体当たりする、挑戦隊最大の必殺技である。

「うおりゃぁぁぁっ!」

 全員の気合がほとばしり、雄叫びが轟いた。

 五人が空中で眩い光に包まれていく。


 もっともこの技は、円陣を組んだ後、チャレンジスーツ内部のプログラムに従って自動的に発動する仕組みになっており、はっきり言って気合は意味がない。もちろん「燃える闘志」も「不屈の根性」も「心と力を一つに合わせる」ことも、ことごとく無駄である。


 巨大な火の玉が凄まじい速さでコスタリーカ目掛け飛んで行った。

「行くぞ! レッドダージリン・スーパーチャレンジアタック!」

「来なさい。受け止めて差し上げます」

「ちょっ! なんで自分の技みたいに……」

「言ったもん勝ちだぜ、龍よぉ」

「セコーーーーーー!」


 ドガァァァン! 激突音が響き渡った。竜巻にも似た巨大な土煙が立ちのぼる。

 四人のチャレンジャーは見た。地面に巨大なクレーターが形成されており、その底に煤けたコスタリータが横たわっているのを。

「やったか?」

 レッドダージリンがクレーターを覗き込む。


「ダメですね。敵の稼働音は健在。じきに起き上がってきますよ」

「マジか、玉郎」

「ええ。紅さん。こうなったら撤退命令を……」

「──あっ!」

 突然ピンクハイビスカスの叫び声が上がった。


「何だ? びすか」

「龍先輩が倒れてます」

「何だって!」

 レッドダージリンが慌てて駆け寄る。


「意識がない。季彩、玉郎、確認してくれ」

「はい。血の匂いはしません。外傷はないようです」

「心拍音も正常ですね。これなら頭でも蹴ればすぐに復活しますよ」

「よし、びすか蹴っとけ」

「ハイハーイ!」

「お、ウキウキだな」

「だって龍先輩が相手だもん。──やる気満々よ」

「びすか、女の子が 『ヤル気マンマン』なんて、お下劣なこと言っちゃ駄目」

「何よ! やる気満々のどこがお下劣なのよ! あたしはいつだってやる気満々なんだから!」


「時間がないので僕が蹴りますね」

 グリーンリョクチャがブラックウーロンの頭を軽く蹴る。ドゴッという重い音が響いた。ブラックウーロンの身体が吹っ飛んで数十メートルも離れた場所にグチャッと落下し、五回バウンドして停止する。チャレンジスーツの攻撃力恐るべし。


「イテっ! 誰だ、俺を蹴りやがったのは!」

 ブラックウーロンが頭を押さえながら立ち上がる。ダメージはそれほどなさそうだ。チャレンジスーツの防御力恐るべし。


「あー、あたしが蹴りたかったのに」

「何だと。張り倒すぞ!」

「ゴメンなさーい。ジョークですよ。──ところで、なんで龍先輩だけ気絶していたんですか?」

 能天気に訊ねるピンクハイビスカスに対し、ブラックウーロンが苛ついた口調でこう答えた。


「俺の頭がっ! 当たったんだよ!」

「何に?」

「コスタリーカに! もろ激突! ホント、思いっきりもろだし……」

「もろだし?」

「びすか、女の子が『モロ出し』だなんて……」

「あー、もうそれはいいから」

 レッドダージリンが不毛な会話を遮った。

「──なるほど。火の玉と化していたとはいえ、相手にぶつかるのは、ほんの一部。それが今回は龍の頭だったってことか」


「コスタリーカ、再起動します。表面は焦げていますが、内部は無事なもよう。これ以上戦っても勝ち目はありません。逃げましょう」

 グリーンリョクチャが冷静に訴える。


「え、俺がやっつけたんじゃないの? この俺の頭が」

 現状把握ができていないブラックウーロンは納得が行かない様子である。


「作戦失敗だ! 全員撤退! 急げ!」

 緊迫した声でレッドダージリンが叫ぶ。


 しかし、その時。

 クレーターの底のコスタリーカの目に輝きが戻った。おもむろに立ち上がった次の瞬間、背負ったリュックサックからのジェット噴射で地上に飛び出し、挑戦隊の行く手に立ちはだかる。

(しまった、退路を断たれた)

 レッドダージリンは自分の判断の遅さを悔やんだ。


「なかなかやりますね。あと五パーセント威力が大きかったら、あたくしといえども無事では済まなかったでしょうね。──でもここまでですよ」


 じりじりとコスタリーカが挑戦隊に迫る。レッドダージリンが固有武器の「トワイライトニング日刀にっとう」を取り出して構え、ブラックウーロンが「昇竜剣」を抜き放った。


「さあ、俺が食い止めている間に、逃げろ!」

「紅茶郎! てめえばっかりカッコつけるな!」


「ほう。威勢がいいですねえ」

 二人の渾身の剣を、金属の両腕で受け止めるコスタリーカ。

「──ですが、無駄ですよ」

 コスタリーカが腕を軽く振るだけで二人は吹き飛んだ。

「あなた方の実力では、足止め役すら無理ですね」

 圧倒的な絶望感が漂う。


「皆さん。もう一度スーパーチャレンジアタックです」

 鋭くグリーンリョクチャの声が飛んだ。

「何だって? あの技、効かなかったろうが!」

 ブラックウーロンが心底嫌そうな声で叫ぶ。


「それでも、通用する可能性が少しでもあるのは、もはやスーパーチャレンジアタックだけなんです」

 普段冷静なグリーンリョクチャが懸命に訴えた。

「そうだな。天才の玉郎が言う以上、それしかないんだろう。──よし、みんな! スーパーチャレンジアタックだ!」


 すぐさま挑戦隊はガッチリと円陣を組んだ。ブラックウーロンだけは仕方なくといった感じで、動きが少し緩慢だったけれども。


 挑戦隊が光に包まれて空中高く舞い上がる。

「スーツに残ったエネルギーは一回分だけです。泣いても笑ってもこれが最後」

「わかった、玉郎! ──行くぞ! レッ……」

「ブラックウーロン・スーパーチャレンジアタック!」

「おい龍! ずるいぞ!」

「先に言った者の勝ちなんだろ。──さあ、この俺の必殺技でコスタリーカをぶち倒すぞ!」


 火の玉が一直線にコスタリーカを目指す。


「またですか。何度でも受け止めて差し上げますよ」

 コスタリーカが自信タップリに地上で待ち構えた。


 スーパーチャレンジアタック・火の玉の内部。

「おい! このコース、また俺の頭が激突しちまうぞ!」

「お前の技だから、お前が決めるべきだろう」

「くっ、紅茶郎、根に持ってやがるな。──見てろ!」

「お、おい! 身体を揺するな! 反動をつけるのを止めろ!」

 レッドダージリンは泡を食った。まさかブラックウーロンが技の最中にスーツの自動制御を振り切って勝手に動こうとは、予想だにしていなかったからである。


「へっへっへ、紅茶郎! 円陣を回して、お前の頭で決めさせてやる!」

「そんなことさせるか! こうなりゃ俺だって!」

「あ、円陣がブレ出した。空中分解しそう」

 季彩が不安げに言うと、玉郎がすかさずこう言った。

「季彩さん、びすかさん。紅さんと龍さんの動きに合わせて、皆さんも同様に身体を動かしてみてください」

「え、なんで?」

「びすか! 時間がないわ。言われた通りにしましょう」

「後の微調整は私がします」


 空中を悠然と見上げていたコスタリーカは、遥か頭上の火の玉に異変を感じ取った。

(何だか火の玉が横に回転しているように見えますね。いや、これは紛れもない現実。──やや、段々と回転が速くなって……速くなって……速くなって……炎の渦と化しましたよ。あ、さらに速くなって、もはや炎の竜巻。ま、まさかこんな……、こんな!」


 そこにグリーンリョクチャの声が響き渡った。

「グリーンリョクチャ・スーパーチャレンジアタック・ファイヤートルネード!」


  

 凄まじい大爆発が起こった。炎が舞い大地が抉れる。強烈な爆風が吹き荒れ、周囲の木々や草を薙ぎ倒した。


 レッドダージリンが、新たに作られたクレーターの奥底を覗き込む。

「コスタリーカの最期だ」

 そこには爆発四散したコスタリーカの残骸があった。


「やりましたね」

 グリーンリョクチャがレッドダージリンに握手を求める。

「ああ、やったな。勝てたのは玉郎のおかげだ」

 レッドダージリンが一瞬の逡巡の後、手を差し出した。表向き、相手を讃えながらも、まんまと手柄を持って行かれたことを少し根に持っているらしい。


「ご苦労さん。何とか勝てたわね」

 ティーカップとソーサーを持った宗華が、核シェルターから悠々と出てきた。イエローカモミールとピンクハイビスカスが連れ立って迎えに出る。


「──ところで、黒烏君は? 姿が見えないけど」

「あ!」

 イエローカモミールは小さく叫ぶと、嗅覚を全開にして身体をクルリと三百六十度フルターンさせた。

「──そこです」

 慌てて指差した先には、先程の爆発で吹き飛ばされた土が山のように積もっていた。

 すぐさまピンクハイビスカスがそこを掘り始める。


「安心してください。心拍数は正常です。呼吸も問題なし。チャレンジスーツの酸素供給機能が生きている以上、二時間は埋まったままでも大丈夫です」

 グリーンリョクチャがレッドダージリンに報告する。ブラックウーロンはまたしても無事だったようだ。


「とはいえ、俺があんな目に遇うのはまっ平御免だ。結局、龍の奴が二度も貧乏くじを引いたんだな。とことん運の悪い奴というべきか」

レッドダージリンは嘆息した。──すると……。


「いえ、紅さん。これは必然です」

 グリーンリョクチャが平然と言い切ってみせた。

「何だって? 玉郎、お前、まさか狙って……」

「無論です。龍さんが適任だと思ったもので。何しろ龍さんは挑戦部で一番『頭が固い人』ですから」



 そして、物語は現在に戻る。


第二話に続く

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