第六話 その夜は、痛くも痒くもないただの日常。
五月十日の水曜日、時刻は夜中の七時過ぎ。
「......悩む」
「......」
帰宅後、直ぐに何時ものように制服を着た状態、ソファーの上で寛ぎ始め、お気に入りの小説を読みながら俺が作る夕食の準備を待つ稲柄郁音、俺の姉貴。
しかし、そんな中、俺は一人キッチンの中で悩み耽っていた。
「.....なんで姉貴は、あんな余裕に寛いでんだ」
突然、奥島先生から告げられた強制的部活動入部通告を受けた俺と姉貴、ついでに姫稲。
とりあえず、俺は私立光凛高校が発行している学内パンフレットの部活動リストを見ていた。
このパンフレットには、学内の様々な情報、光凛高校で現在活動している全部活動の名前と活動内容、部員数などが記載されていた。
現在、俺の通う私立光凛高校には、様々な部活動が活動をしている。
運動部系が十九種、文化部系が三十六種。
他校と比べてみても、その数は多い方であると思う。それもそのはずだ、私立光凜高校では、生徒が自ら部活動を設立することが許されており、申請を出せばほとんど確実に受諾されることから生徒らも自分に合う新しい部活動を積極的に創設していた。その中でも文化系の部活動に関しては、その半分以上が確か去年と今年に創設された部活動であった。
「.....にしても、ろくな部活動がないな」
俺には、大嫌いなことが二つあった。
一つは、今、家のリビングで寛いでいる姉貴。
そして、二つ目は、疲れることと汗を掻くこと。
言うまでもなく、学生の本分は勉学である。
汗を掻いたり身体を動かして疲れることはその本分に反することだ。それなのになぜ真夏の中、わざわざほぼ毎日グランドの周りを走り回らなくちゃいけないんだ。
ので、俺は運動系の部活動に所属することは結論からして論外であった。
できれば、クーラーの設備が整いつつ、できるだけ部員の数が少なく、活動内容の薄い文化系の部活動を選びたい。
「.........」
それにしても、へんな部活動ばっかだ。
その一つがこの『ピンポンダッシュ部』
部員数八名、部活内容は、付近の老人民家の家にピンポンダッシュをして遊ぶだけの部活動。
夏のピンポンダッシュ全国大会に向けて、現在猛特訓中、同士たちよ、ここへ集え!
なんて、端迷惑な部活動だ、てか全国大会まであるのかよ。
「こんなんばっかなのか?」
二つ目に目立っていたのは『SSS研究会』
部員数十六名。
「部員数は少し多いが部活動名から見て、とてもカッコよさそうな部活動なんだが....」
活動内容。
略 S:水泳部男子に見せかけ
S:水泳部女子の部活動を
S:視聴、見物する研究会。
この学校のプールは室内プールであるため、女子水泳部の活動期間は年中行っているため、我々も彼女らのように年中活動をしている。
もうすぐ行われる文化祭で販売するSSS研究会出店 『総写真集 夏の水泳部女子、波乱! ポロり大決戦 〜夏の陣〜』の完成に向けて部員一同日々努力しています!
.....盗撮経験のある生徒、大募集中!
いや.... もう、これは犯罪行為じゃ.....
「....本当にろくな部活動がない」
運動部を除いた文化系の部活動は、そのほとんどが学生らが作った部活動であったと聞いていたが、まさかここまで普通じゃない部活動ばかりだったとは....
「.......」
それにしても...
『夢見明日へのる若き童貞部』って。
活動内容「童貞の君なら必ずわかるはず!」ってわかるかよ。
なんだこの部活は、なんでこんな部活動の部員数が七十九人もいんだよ.... バカなのか?
うちの高校はひょっとしなくてもバカなのか?
そして、数々の部活動を見てきて俺はあることに気がついてしまった。
「......これはどういうことだ」
どの部活にも必ず四人以上の部員が在籍しているということだ。
それもそのはず、光凛高校の校則上、部員数が四人以上に満たない部活動は部としてので活動が許されていないと記されている。
俺の許す最高部員数は俺を含めて、三人ほどが限度なのだが...
俺は、深々と現実を理解し部活動決めを後にする。
「.....晩飯の支度すっか」
晩御飯の支度を初めて暫くのことだ。
今日の献立は、豚汁に簡単な野菜炒め。
いつもの事ながら、今日も両親は仕事の残業で家に着くのは深夜を超えるそうだ。
うちの両親は共働きで、二人共、家にはほとんどいない。そのため、晩飯は俺と姉貴の二人で済ますことが毎日の日常だった。
「できたぞ」
「.....んむ」
晩飯の支度はすぐに出来た。
何時ものように作った料理をリビングのちゃぶ台に並べるのも俺の仕事で、俺はいつものように姉貴と二人、夕食を食べ始める。
気づけば姉貴の姿は、制服から姉貴がよく部屋着として利用をしている黒を基調とした赤の混じった短めのジャージにラフな感じの薄い半ズボンに着替えられていた。
「......」
「......」
姉貴は基本、食事中は何も話さない。
リビングに置かれている新品のテレビを眺めながら、 俺たち姉弟は何も話すことなく食事を終えるとすぐに姉貴はまたソファーの上で寛ぎ始める。家にあるテレビは、リビングにあるこのテレビ一台だけであったため仲の悪い俺たち姉弟二人は、リビングの同じ空間で寛いでいる暇がよくあった。
「今日のはどうだ?」
「.....普通」
「そうですか」
俺が料理をし始めたのは、両親の仕事が忙しくなり始めた高校に入学した頃からであった。
そもそも中学の頃は朝昼晩全て姉貴が支度しており、高校一年の頃、あまり料理経験の豊富ではなかった俺は、姉貴とは違い料理が苦手分野であった。
姉貴の作る料理の味は、もちろん言うまでもなく絶品。普通に外食をするよりも姉貴の出す料理の方がそれ以上に美味しかった。
しかし、高校に入学してからのある日、いきなり料理をすることに飽きたのか姉貴は俺に料理を教えてくるようになってきた。俺は嫌々、姉貴のその指導を受け、まぁ将来は一人暮らしになった際、料理ができることは色々と便利なことだろうと自分に言い聞かせ姉貴のその指導に耐え続けていた。
中学の頃からも、姉貴はその天才質を露わにしていた。文武両道、勉学では常に学年一位、体育の授業でのスポーツテストでは姉貴の叩き出した記録を越す生徒は過去にも先にもきっといないだろう。
夕食が終わり、食器の片付けや洗い物も今では全て俺の役目。
夕食の洗い物を片付けている最中、姉貴は普段と変わらずリビングのソファーの上で寛いでいる。
「姉貴、俺、6チャンネルの ”イマキテマス!現代社会危機一髪生放送SP”が見たいんだけど、チャンネル変えてくんねぇかな?」
「愚弟、貴様は何を言っている? 私は今このドラマを見ている最中だろうが、それに 趣味が悪い、稲柄家条例第四条を忘れたのか?」
....なんだそれ。
十六年近くこの家にいるがそんな条例、全く初耳であった。
どうせ姉貴が即席で作ったんだろうが....
「なんだよ、それは?」
いちよ、乗ってあげた。
「はぁ〜ほんとに馬鹿ね。 えっ〜〜とっ稲柄家条例第四条、一度テレビをつけたら二度とそのチャンネルを変えないこと....っよ」
薄いシャツにジャージ、太ももまで見えている半ズボン、姉貴の服装は家の中では大概このような格好で、その見た目とは裏腹に姉貴のその姿はとてもだらしなく、学園で見せるその凛とした風貌からは想像出来ないものであった。
「んなめちゃくちゃな、ただの姉貴のわがままじゃねぇか」
「愚弟貴様、私に逆らっているのか? 稲柄家条例第一条、姉の言うことは絶対に反しているわよ?」
独裁家庭でしたか....
いや、でも第一条があったらもう第四条もそれ以外もいらないと思うんだが。
そんなことは、どうでもいいことで、その後も結局、テレビのチャンネルが6の数字なることはなかった。
ソファーに寝転びながら女子学生向け雑誌を読んでいる姉貴、そして、洗い物をしている俺....
なんかね、これって格差だよね?
「それよりも愚弟」
「....っん?」
「.......」
「なんだよ」
「クラスの男子が話しているのを聞いたのだが、私の体は付きはエロいのか?」
「.......」
.....なっなぜ、いきなり?
珍しいこともあるんだな。
「エロいって別に... なんでそんなこと俺に聞くんだよ」
「YESかNOかで聞いてんのよ。でどうなの? エロいのか、エロくないのか?」
「......ん」
スタイルもいい姉であった。
身長は双子の弟である俺とはほとんど変わらず、女子のよく気にする胸の大きさも周りの生徒たちと比べれば、平均以上に大きいものを持っていた。
まぁそうだ。 彼女のその容姿を判断するにエロいのか、エロくないのかと聞かれれば、それは間違いなく....
「.....まぁ、そうだな。 エロいんじゃねぇか、多分」
「.....」
学校での姉貴はどうであれ、少なくとも家にいる際の姉貴の姿は、弟である俺でもエロいものなんだと感じ取れるほどだった。
「...なんだよ」
「キモいわね」
「っち.... どうした、クラスの連中にエロく見られていることがそんな気になることなのか?」
「別に、聞いただけよ。 クラスの連中が私のことをどう評価しようと微塵の興味もない」
「....」
...嫌いだ。
そう言い終えると姉貴はまた小説のページに顔を向け始める。 恥ずかしがっているのか? まさかあの稲柄郁音が?
.....まさかな。
それから数分後、漸く洗い物が終わった。
季節は五月、冷水に当たってかやはり洗い物の後には体が冷える。
ちょうどお風呂が沸いた頃合であろうか...
「姉貴、俺先に風呂入るけど、いいよな?」
いちよ、聞いておく必要があった。
「いいわけがないだろ、それじゃぁ私がまるで弟よりも下の立場みたいじゃない」
このように駄々をこねるからだ。
....はぁ もう、わけがわからん。
やっぱり聞くんじゃなかった....
「いいじゃんかよ、俺洗い物したばっかで体冷えてんだよ」
必死に凍えているアピールをしてみる俺。
なんて可愛いそうな弟なんだろうか....
「はぁ〜 じゃぁわかったわよ.... あと五分ほどでドラマも終わるしその後すぐに私がお風呂に入ってあげるから、弟はその間、私の制服にアイロンがけでもしておいて」
っと姉貴は床に散らばり脱ぎ捨てられていた自分の制服を指差す。
....は?
「いやぁいやぁ、もう正直なこと言うけど、俺は姉貴の後の風呂に入んのが嫌なんだよ、なんかもう、色々と嫌なんだよ」
そう、稲柄家では基本、お風呂を沸かせば大抵姉貴が一番風呂に入っている。
確かに、普通の男子なら、こんな美人が入ったあとの風呂に入れるのなら願ったり叶ったりだが.... それはあくまで一般人の話だ。
「愚弟、それを人は贅沢っていうのよ? 私の残り湯なんて、そう易々と味わえるもんじゃないの、もっと自分が幸運であること、私の弟に生まれてきたことに感謝なさい」
んく、また自分勝手なことばかり。
「なぁ姉貴、もしもの話するけど、今から俺が脱衣所にまで駆け込んで、脱衣所の中に立て篭ったら、姉貴はどうする?」
「あんた、前も同じことしたわよね? 前は愚弟が脱衣所の鍵を内側から閉めて立て篭もるもんだから、外側から扉の鍵を壊した挙句、私のお小遣いで新しい鍵に取り替えさせられたのよ? その後に父さん母さんにも叱られたし、もぉあんなのは、やめなさい」
「なるほど。 つまり、姉貴は脱衣所に立て篭った俺には、下手な真似はできないってわけか」
「.......」
「.......」
「.....ちょっと待って愚弟、今このドラマいいところだから、喧嘩なら後で幾らでも付き合ってあげるから」
..........ーーー作戦開始。
「待てるかよ、バカ!」
「あ!ちょ! 愚弟!」
俺は、急いで脱衣所に向かう。
こうなりゃ先に入ったもん勝ちだ。
稲柄家の脱衣所はキッチンのすぐ隣、距離からすればすぐ隣のキッチンにいる俺とリビングで寛ぐ姉貴とでは、圧倒的に俺が有利で脱衣所にさえ逃げ込み内側から鍵をかければ向こうは何もできないはず。
のだが.....
「ちょ! 離せよ姉貴、扉が閉めれねぇだろうが!」
姉貴はソファーで仰向けに寛いでいた体勢から、その持ち前の運動神経を上手く使い、素早く立ち上がると、俺が鍵を閉めようとしていた脱衣所の扉をこじ開けようとしてくる。
「愚弟貴様、私の許可なく一番風呂とは許さん!万死に値する! 私は今日、機嫌が悪いのよ」
「知るかんなもん! どうせ、奥島に自分は完璧じゃないって言われたのが結構ショックだったんだろ? そうだな、姉貴、中学の頃はあいつと結構仲良かったからな」
「ち、違うわよ! あんな奴の言うことなんか、眼中にないどうでもいいことよ! 」
「そうか? まぁそんなことはどうでもいいんだよ、さっさと諦めろよ!」
「い、嫌よ! 愚弟の次とか絶対に嫌、考えらんない」
「わ、わかった。姉貴、一旦落ち着こう。な? ここはお互いに仲良く」
「そう言って私の気をそらす気だろうが! 私を甘く見るな!」
っち。
....どうする稲柄正斗、このまま力比べをしても力も体力も女ながら姉貴の方が優っているんだ、長期戦はなるべく避けたいんだが....
「.....どうすれば」
「空きありだ!」
『ッバン‼︎‼︎』
扉の隙間から足を通し俺の腕を蹴り上げ、俺はその衝撃で扉から手を離し、脱衣所の洗面台まで吹っ飛んだ。
「いっいてぇぇ、ちょ、姉貴、少しは手加減しろよ」
姉貴の足は、俺の右肘に直撃した。
「はぁーはぁー随分と手こずらせてくれたわね。愚弟、覚悟はいいだろうな?」
「軽い姉弟喧嘩。そんな、本気になるなよ」
「私は常に本気で生きる女だ、それは貴様が一番よく理解しているだろ」
「.......」
....ここじゃ分が悪い。
狭い脱衣所だ、間合いの取りにくいこの場所じゃ直ぐに姉貴に捕まる。
たかが、一番風呂。幼稚な姉貴の性格から考えて、まさか姉貴がここまで本気になってキレてくるとは、想像していなかった。
どんだけ一番風呂が良くて、俺の後が嫌なんだよ。
稲柄家では、脱衣所よりも風呂場の方が遥かに広かった。ここは、間合いを取るため俺は脱衣所から、風呂場の中に向かう。
脱衣所には姉貴がいるのにも関わらず、風呂場の中に入っていった俺に勘違いをした姉貴は...
「貴様、一番風呂はこの私のだ!」
「ちげぇよ、ここじゃ狭すぎるんだよ」
「愚弟の分際でこの私と殺り合おうと? 面白い、久しぶりに相手をしてやろう」
っと姉貴は、手首に巻いていたヘアゴムで髪をポニーテールにまとめ上げ戦闘体制に入った。
俺の力じゃまともにやり合っても、あれには勝てない。
ここは脱出を最優先。先手必勝、姉貴が風呂場に入ってきた瞬間に奇襲をかける。
「.......」
姉貴が風呂場に入ってきた。
ーーー今だ!
『っツルン』
「え?」
っと、明らかにまずい事態だと察する俺。
勢い良く飛び出してしまったせいか俺は湿っていた風呂場の床に足を滑らせ、風呂場に入ろうとしていた姉貴も俺を受け止めきれず後ろへ倒れ込んでしまった。
「っきゃ!」
「あぁミスった」
「.........」
「.....あ」
....これはラッキースケベ、と言えばいいのだろうが?
姉貴は後ろに倒れ込み尻もちを付いた際、頭を打ったのか後頭部が痛い素振りを見せ、一方、俺は姉貴の胸の谷間に倒れこんだが、それを触る余裕はなく、顔が埋もれる状態となっては.....
すげぇ、いい匂いがしていた。
「.........」
「あ、姉貴....」
「.........」
「......悪りぃ」
「き、き、キサマァァァァア!!!」
っと姉貴は直様我に帰り、その倒れ込んだ体勢から俺の首を両足でロックし肘を強く引き付け固められ、三角絞めを決めてきた。
「ちょ、姉、貴、し.... 死ぬ、マジで。死ぬ」
「なら死ね、ここで死ぬんだ! 」
「ご、、、ごめ、、わ、悪かっ」
姉貴はその手、いや、足を緩めることなく、俺を締め上げ本気で落としにかかる。
「貴様は、今技とだろ?技と誰のどこを!」
「ち、ちげぇ、、、よ」
.....あぁぁぁぁぁぁ。
『チーーーーン』
俺は姉貴に落とされ、暫くの間、意識を失っていた。
「.......」
暫くして、目が覚めた頃には、俺は脱衣所の前まで押し退けられていた。
姉貴は既に風呂から上がっているのか、洗濯機の中に姉貴の部屋着と見られるジャージが入れられており、風呂場とリビングの電気が消されていたことから、姉貴は既に二階の自分の部屋にいるのだろうと考察する。
「っち、手加減ってのを知らねぇのかよ」
目が覚めた後も、姉貴に蹴られ固めれていた右肘には感覚がなく、未だに少し動かすだけで激痛が走っていた。
時刻は、夜中の十一時過ぎ、何時もなら既にベットに入り眠っている頃、さすがに、この騒ぎの後にのんびり風呂に浸かっている気力は俺にはなかった。
「.......寝るか」
とりあえず、風呂には浸からず、軽くシャワーを浴び脱衣所に置かれているパジャマに着替えた俺も二階の自分の部屋に向かう。
「はぁ、、、今日は色々と疲れた」
明日からは、どの部活動に所属するのか、よく考えなくてはならない。
俺は部屋に入り、即自分の部屋のベッドにダイブした。....すると、それとほぼ同時に
『ドン!!!』っと。
姉貴の部屋は俺の隣にある。
その隣の部屋から、ドンッと向こうから壁を強く叩く音が聞こえてくる。
まだ、怒ってるのか?
直接触ったわけじゃないんだ。それに弟が姉の胸に顔を埋めるぐらいのこと、今更、どうってことじゃないだろう。
.....姉貴は変なところで気を使いすぎだ。
『コンコンコン』
俺は、壁を軽く叩き返す。
『 わ、る、い 』
まぁ、姉貴ならこの意味がわかるだろう。
「.......」
返答なし。 さて、寝るか、明日は騒がしい日になりそうだ。.....そんな予感がしてならない。