第三話 稲柄郁音、それでも彼女は夢を見る。
ーーー頑張ったって何も変わらない。
ーーー努力したって何も変わらなかった。
無駄無駄無駄、それに意味なんてなかった。
変えることに、意味があるなんて思えないし、そんなことに意味があるんだなんて思いたくなかった。
なのに...
『努力すれば、なんだって叶うんだから.... 君も頑張れ』
....なんだよ、それ。
『.................嘘つきが』
あぁ、雪だった。
その日は、空から雪が降っていた。
それも、えらく冷たい雪だった....
........あれ?
ーーーなんで俺、ここにいるんだ?
「.......」
....晴れの日。
五月十日の水曜日、昨日と同じく、天気は晴れの日。
カーテンから差し込む、朝の日差しは、ポカポカとした暖かさでできており、夏を間近に控える春の季節にしてみれば今日は、やや暑すぎる日であった。
......悪い夢だったな。
俺の名前は、稲柄正斗、高校二年生、趣味もなければ特技もない、唯一誇ることがあるとすれば、学年総合成績十位であるということぐらい。
今は朝の七時ちょうど、登校時間までちょうど一時間ほどある。
とりあえず、寝起き早々、俺は、一階の風呂場に取り付けられている洗面台まで行き、歯を磨き、顔を濯ぎ、寝癖を直すことにした。
「..........」
暇人な俺が、洗面所で大抵いつもしていることは笑い方の練習だ。
周りからはよく「気持ち悪い」だの「ひきずりすぎ」だのどうやら俺の笑い方は周りから見ても少し、いや、とてもおかしいようだった。
「....ッニヤ」
いや、それほど悪いものじゃないと思うんだが、うん、悪くない、悪くないぞ......
......いや。
「っキモ」
うん、これは確かにキモいな。
そうこうしてるうちに登校時間まで残り45分。
毎朝思う。 どうして朝というのは、こう時間が過ぎるのが早く感じるのだろうか?
俺はその後、部屋へと戻り、制服に着替え、カバンの中身を確認する。
そして、後は、今日の俺と姉貴の分の朝食と昼のお弁当の用意をするだけであった。
朝一番から朝と昼の食事を用意するのは、学生にしてみれば多忙な用であると思うが、今やそう面倒なことではない。
それに、昼の弁当の中身は、ほとんどが昨日の晩御飯の残りでできたもので、朝ごはんは冷蔵庫にある適当なもので適当なものを作るだけで、手間も掛からずに直様、事は済む。
「....卵とハム、食パンか。 今日もサンドイッチだな」
時間が空いたことだし、ここで我が家について少し説明しておこう。
我が家は二階建ての木造住宅だ。
築八十年の長い歴史があり外にはだだっ広い庭もある。 家の庭に置かれている小屋で二羽のニワトリを飼っている。
雄のほうがグラ、鳴き声が「グラグラ」っと聞こえたのでそう名付けたそうだ。
そして、雌のほうはセモ、由来は作物の神セーモニアという神からとったそうだ。
セモの方は時々、小屋を覗いてみると稀に卵を産んでいる時があり、それを料理に使う時もある。
一階には、リビング、トイレ、キッチン、風呂場に洗面所などの家庭的なスペースがあり、この家一番の自慢点を挙げるのなら大きな日本古来の大浴場である。
縦横三mほどのスペースがある、これまただだっ広い風呂で、複数人同時に入れることは楽勝で十分に足も伸ばせる。
そう言えば、昔はよく姉貴と入っていたような気がする。
サブ..... 急に寒気がした。
俺と姉貴の部屋は二階にあり、両親は一階の寝室で寝ている。
「....正斗ぉぉ〜 晩御飯にアスパラは入れないでって、あれほど」
「ん〜〜 朝っぱらからうるさいよ。 もう少し寝かせてくれ...」
相変わらず仲の良い夫婦であった。
まぁ家のことについて話すのは、これくらいでいいだろう。
そろそろ、朝ごはんにしよう登校時間もギリギリだ。
手際よく、あまりの食材でできた残飯サンドイッチを俺と姉貴の分のお弁当箱に入れ、準備は完了。
我が家のリビングはとてもシンプルである。シンプル・イズ・ザ・ベスト。
リビングの中心に円形型のちゃぶ台とソファーが置かれ、最近購入したブルーレイ対応の新型テレビがテレビデッキの上に置かれている。
あとは難しい本がいっぱい並べられている本棚が置いてあるだけで至ってシンプルなリビングであった。
そして、そんな平和なリビングの空間に彼女は居た。
彼女は、黒く鋭利な瞳に長い黒髪を黒と赤のリボンで髪を結び、ポニーテールの髪型をしていた。
「......ほんと、早起きだな」
ポニーテールと長い黒髪は俺の好みに一致している。っが、しかし、一番の大問題はそれが俺の大嫌いな姉貴ということ。
朝一、姉貴は俺より早くすでに制服に着替えており、ソファーの上で朝のニュースを見ながら一人、俺の出す朝食の到着を待っていた。
高校に入学してからは、朝の朝食は俺の担当になった。そのため、朝は基本姉貴はただリビングに一つあるソファーの上で偉そうに佇んでいるだけで、特に何かをしているわけではない。
「........」
これが、我が家の日常で、稲柄郁音の今のスタンスだ。
『さぁ皆さん、今日もいい日を迎えてください、それでは恒例こうれいのジャンケンタイムです。 行きますよ〜 ジャンケン! っぽん!』
姉貴は、いつものようにお気に入りのニュースを見ながら、テレビのアナウンサーと外見に似合わずテレビに向かってジャンケンをしていた。
『パー でした〜 それではまた明日、さようなら〜』
「.....勝った」
いい年して何やってんだか...
姉貴は案外、子供な性格をしている。
家ではだらしない姉貴であるが、俺と似て私生活のリズムはよく、姉貴に関しては、まず朝は寝坊をしなく寝相もいい。それに 夜になれば、決まっていつもの時間帯には眠りにつき、昼間とは比較的に大人しい素振りを見せている。
これで、寝起きが悪かったら、また俺の仕事が増える。
「...おはよう」
「....」
....無視ですか。
「ほら、今日はサンドイッチだ」
サンドイッチを片手にその皿をちゃぶ台の上に置き、俺がちゃぶ台の前に座ると、やはり、彼女は、俺を見下すような態度ですぐ様、俺の言動にその口を開く。
「”今日も” だろ? 愚弟貴様、サンドイッチしか作ることができないのか? もっと料理のバリエーションを増やすことは、貴様のその低レベルな脳じゃ無理があるのか? 」
「.....うっせな、これでも、味付けの方は毎回、結構凝って変えてんだぞ」
「ん..... そう言えば、昔、貴様の誕生日にくれてやったあの料理本はどこへやった?」
「あれなら、ちゃんとうまく活用させてもらっている。 ちょうどいい薄さだし、暑い時はうちわ代わりに仰いで、鍋の時は敷物に代わり」
「貴様...... 私はな、立派な日本人として朝は、鮭とサラダと味噌汁がいい、お味噌は濃い方が好きだ」
「バカなのか? 昨日、そうしようとして、多めに作り置きしておいた鮭と味噌汁全部夜中に平らげやがった、バカはどこのどいつだ?」
「そ、それは、父さんが昨日も酔っ払って」
「学年一位、あの稲柄郁音がまさか言い逃れをするとはな、酒弱い父さん酔っ払せて、姉貴がつまみ代わりに色々と用意して、結局は、ほとんど、姉貴がそれを食ってたことは知ってんだぞ」
「う、そ、それは、夜食を用意していない、弟が悪いわけで....... っち、キモい、どれだけ家の中で私のことを見ているんだ」
「..........はぁ」
あぁ〜 だるっ...
何で、朝一からこの俺が姉貴の相手をしなくちゃならねぇんだ、一々、構わなくちゃ怒鳴られる弟の身にもなってほしい。
「もぉ、俺は姉貴と違って朝は弱いんだ、こんなんでも用意してやってる分、感謝しろよ」
「.....私が中学の頃は、毎朝、もっとちゃんとしたものを用意していた」
「ん、それを言われると俺も弱る」
「とにかくだ、明日の朝ごはんは、鮭とサラダと味噌汁、それからスクランブルエッグにデザートのヨーグルト。 わかってると思うがたくさんはつくなるよ、私が食べきれなくなるからな」
なんか、余計なもんが増えてるし....
「んな、面倒なこと自分でやれよ。」っとは言わず。
「はいはい、わかりましたよ」
っとここは、軽く流すのが一番だ。
俺だって成長してるんだよ、姉さん。
「流した、貴様、今の感じは話を流しただろ!」
もぉ、いや、こいつ。
まぁ、平日の稲柄家の朝はこんなもんだ。
父さんと母さんは、俺たちが学校に向かう頃に起き出す、平日の朝はほとんど顔を合わせない。
「起きろ、馬鹿ップル。朝だぞ」
「う、うぁあぁぁぁ、やめてくれ、郁音、父さん、実は朝一に日の光を直で浴びてしまうと持病の」
「なら、さっさと起きろ。 母さん、何時まで寝てるんですか、今日は会社で大事なプレゼンがあるんでしょ」
「い、郁音ちゃん、あぁ、起こしに来てくれたの? んぅ.... そのね、ついでで悪いんだけど、喉渇いちゃった。 お母さん、牛さんの朝一搾りたてのミルクが飲みたいな」
「自分でどうにかしてください」
まぁ、何時ものように学校に向かう前、俺が食器を洗っている最中、寝相の悪い両親を姉貴がお越しに掛かっている。 今日は随分と手こずっている。
午前八時、学校登校時間。
俺と姉貴は、自転車通学だ。
「んじゃ、俺先行くから」
俺は玄関から出ると、庭に止めてある自転車の鍵を解く。
俺の自転車の鍵は暗証番号式で四桁の番号を押せば開く仕組み、カバンを背負い、出発を目前としたその時だ。
「おい愚弟、もう学校に行くのならついでに私のカバンも持っていくことを特別に許可しよう」
「は?やだよ面倒い。てか姉貴、今日学校来ねぇのかよ?」
「い、いや、今日は母さんたちの寝起きが一段と悪いことだし、二度寝すること十分にあり得る。だから..... 今日は付きっ切りで」
『母さんたちは、もう元気だぞ!!!』
「.........」
家の中から、母さんはとても元気発剌とした声でそう主張している。
......姉貴、どんまい。
「らしいぞ」
「そっその.... 一時間目が、体育なのよ」
「ああぁ.... 姉貴、友達いねぇしな」
「うっさい」
っと姉貴は俺に自分のカバンを押し付け、俺はそのカバンを嫌々(いやいや)、自転車のカゴに置き、何も文句を言うことなく学校へと向かった。
「さてと..... 学校には、二限目から顔を出すか」
「あれ〜? 郁音ちゃん、今日、学校お休み?」
「ん!? ....か、母さん。 そ、その、実は母さんのために昨日、隣町で有名な美味しいケーキを用意しておきました。 よかったら、この清々しい朝の一時に、お一つどうですか?」
それは昨日、学校の帰り際に校門前で知らない男子生徒から貰った何やら高そうな店のケーキなんだが、普段の私なら知らない男子生徒から貰ったものは帰り際に捨て帰るところ、昨日は気分で捨てずに持って帰ってきてのが正解だったな。
「えぇ、郁音ちゃんが私のために? じゃぁ〜お一ついただこうかしら?」
.....ちょろい。
「わかりました。すぐに用意します。」
「ところで郁音ちゃん、話反らせたけど、今日は学校お休みなの?」
「...........」
一方、稲柄正斗はというと。
こんな、いい天気の日には、何かいいことが起こりそうな気がする。
「.....今日もいい天気だ」
家から学校までは、そう長い道のりではない。しかし、こう毎日通い詰めれば、ほとんど毎日も通う道というのは、ありふれた光景で、もう見飽きたというか、面白みのないとても面倒で長い道のりに思えてしまう。
「.........」
すごく突然な話だが、俺たち姉弟は文武両道である。
姉貴の成績は学年一位、俺の成績は学年十位、姉貴は運動神経抜群、俺もそこまで悪くわない、姉貴は顔立ちもご立派だ、俺も顔立ちは悪い方ではない。
しかし、そんな俺たち姉弟にも一つだけ欠点があった。
そう、俺たち姉弟は、ぼっちだった。
俺自身は、今更、友達なんてものを作りたいとは思っていなかった。
友達なんて、いろいろと面倒なことが多いからだ。 一緒に会話するのも面倒臭いし、みんなを引き連れてどこかに遊びに行くのも面倒臭いし、それを楽しいと感じたことは一度もない。
ーーーしかし、稲柄郁音は違った。
姉貴自身、いつもはクラスでも態度の悪い素振りを取っているが本当は、姉貴は姉貴で友達だの親友だの、そんな下らない関係に気づけば何時しか、自分の周りには存在しない、そんな関係に姉貴自身は憧れを抱いていたんだろう。
ーーー稲柄郁音。
何せ彼女は、自他共に認める完璧超人だ。
だからこそ、彼女は昔からクラス関係なく同性である女子からは恨まれることが数多くあった。
反対に男子からは、ちやほやされることは確かなんだが、それなりに姉貴本人には近づくも姉貴自身は話しかけづらい雰囲気を出している。
結果、姉貴は未だに友達が一人もいない。
そう、俺たちは仲の悪い双子の姉弟だが、やはり双子らしく色々と似ている箇所が多くある。
だからこそ、俺たち姉弟は、昔のように仲良く、分かり合えることができるんじゃないのかっと俺はたまに思う。
いや、今となっちゃ、そんなことはあり得ないことだろう。
.....普通は嫌だ。
誰だって実際のところは嫌なんだ。
あんな完璧な存在が自分の隣に居て、しかしもそれが自分の双子の姉弟であることなんて誰だって迷惑な話だ。
そう、こんな完璧超人を隣に置いたところで、自分と彼女との差に劣等感を感じるだけで、周りからは比較されて、実際の所、良い所なんて一つもありやしない。
あぁ見えて寂しがり屋な姉貴は、ずば抜けて人より頭が優すぐれていた分、誰よりも自分の置かれていた現状をよく理解していた。
しかし、彼女は望み続ける。
『ーーー友達が欲しい』
そんな下らない夢を。
もっと他にマシな夢はないのか?
成績を上げたい、志望校に合格したい、彼女彼氏が欲しい、部活動で良い成績を上げたいだの、金持ちになりたいだの、周りからちやほやされたいだの....
どうして彼女は、それほどまでの力が合って、今更そんなことを望むのか?
「...........」
やはり、俺は姉貴のことが大嫌いであった。
それから暫く、自転車を漕いで約五分ほどが経った頃だろうか?
辺り一面、まだ畑とお墓だらけ、この景色は一体いつになったら終わるのだろうか?
そう思いながら自転車を走らす、ここらは周辺に畑の広がる長閑のどかな田舎町であることもあり、信号だの歩道などがあまりない分、登校時には楽に登校できる。
.......とても清々しい天気だった。
しかし...
この時の俺は、気づくべきだったのかも知れない。
そう、まさか、あんな悲劇が俺たち姉弟を襲うとは....
その時の俺は、夢にも思わなかった。
そんな、気を抜いていた俺に朝一早速、第一の悲劇が起きるのであった。
「正斗!!!」