第一のダンジョンへ・4
高速走行中のエンジンのシリンダー並に
やべえな。
俺は茂みの中に隠れて事態の推移を見守っていた。
状況は刻一刻と悪化していくようだ。
少なくとも好転するとは思われなかった。
あのあと俺とナビはナビの誘導で、まず飲み水を確保すべく移動した。
だがその過程で思わぬ問題が発生した。
ウェーヒヒヒッヒィー!
まず水だが。
これはどうにかなった。
結局川にはたどり着かなかったのだが、途中に生えていた竹に似た植物をたまたま折ってしまったところ、折った場所からビショビショと水分が滴り落ちたのだ。
毒がある可能性も考えたが背に腹は代えられない。
意を決して飲んでみたところ、普通に飲めた。
いやそれどころかそこに納められた水分は青竹の匂いに近い独特の清涼感があってむしろ旨かった。
走り続けて失った水分は完全に取り戻せたと考えていい。
一応、明日以降のことを考えていくらか余分にとっておいた。
しかもこの水、飲んだ途端に疲労が消えた。
さらにここまで走って来た際にできた足の裏や脛の細かなキズまで治ってしまった。
さすが異世界、変わった竹が生えているものだ。
水分が収められている部分は限られているようなので探さなくてはならないのが手間だが。
ヒヒィーヤー!ハゲシクー上下スルダー!
そして食料だが。
これもなんとかなった。
俺がいま隠れているこの背の低い茂み。
俺の握り拳よりやや小さな果実がなっているのだが、これは身の部分がビワに似た風味だがほどよく甘酸っぱく、しかもビワよりずっと涼やかでえもいわれぬ高貴な薫りなのだ。
もちろんこちらも毒の可能性を考えたが走り続けて疲れた体はこの果物に気がついたとき、陶然となって勝手にその果肉部をかじりとっていた。
一口、口にいれて衝撃が走った。
そして気がついた時には満腹になるまで食べていた。
めちゃくちゃうまかった。
やや種が多いような気がしたが身のうまさを考えるとそうやって草食動物に食べてもらい、移動・繁殖する性質なのだろうとおもえた。
ウィーヒヒヒ!レンゴクヲシッテルカー!
しかもこの葉は防虫作用があるのか虫は全く寄ってこない
茂みの中にいれば僅かな風は遮ってくれるし、実際ここはなかなか快適な寝場所だった。
試みに身を横たえてみると土のベッドは――いやもちろんただの地面なんだが――思ったよりも温かく、柔らかく、1日2日をそこで過ごしたとしてもなんの問題もないだろうと思えた。
竹の水も果実も最初に摂取してからすでに6時間以上は経過しているはずだが自覚症状もなく、体調は悪くない。
むしろ疲れが取れてリラックスムードで鼻歌まで出てきた。
おそらくこれらには毒性は無いだろう、と素人判断で安堵しつつ改めて俺は『問題』に目を向けることにした。
賢明なる読者諸兄諸姉に置かれては既にお気付きだろう。
ナビが発狂した。
絶好調だ。
いま、ナビは捕らえたバッタのような昆虫を相手に激しいピストン運動を繰り返していた。
これで15匹目だ。
今回はお気に入りの相手だったのかねちこくしつこく責めていたのだがそのバッタはもう、虫の息だった。
虫だけに?
―――――――――――――――――――――――――――――――
そもそも移動中から少しずつ様子がおかしくなっていたのだ。
まず、最初はなかった口がパックリと開いた。
パッ○マンより開いた。
最初は罠か何かにやられたのかと思って随分あわてたのだ。
が、じきにそこからダラダラとヨダレ?のような液体を滴らせウヒヒ、ウヒヒと笑いながらクルクル廻りはじめたので次にはガスか何かを吸ったのかと思った。
ナビの体を両手で包んでみたらどうも呼吸している気配がなかったのでガスの可能性は否定された。
無駄に息を止めてしまった。
そしてそのうちに自分と同サイズくらいの昆虫を捕まえては――――激しいピストン運動で『拷問』しはじめたのだ、次々に。
実際これが交尾に類する行為なのか判断に迷うところだ。
昼間聞いたとき、ナビは確かに『性別はない』と言っていた。
俺や女神様の力の一部とかから作られた、とも。
つまり普通の生物みたいな繁殖はしないのではなかろうか。
そしてナビの『拷問』から解放された虫の死骸を調べてみたのだが、目に見えるような傷や何かを差し込まれたような痕は見つからなかった。
震動のせいか脚や触角がもげたやつはいくらでもいるが、このくらいですぐに死ぬかなあ?
トンボとか羽をもいでもしばらくは生きてた、と思う。
ナビは常に背中側に乗っているし毒針を刺したとかの傷痕があったらおそらくわかるだろう。
振動とストレスで死んでしまうのだろうか?
コレガアーレンゴクダァー、ヒィーアー!
『レンゴク』
このフレーズが何かの鍵のような気がする。
ナビはこのフレーズを何度も繰り返しているのだ。
だが、意味のあることはなにもわからない。
こいつの精神世界でいったい何が起きているのか。
あ、バッタ死んだわ。
ナビはなおも少しの間ピクピク、ピクピクと跳ねたかと思うと何か憑き物が落ちたようにフラフラとしだした。
そしてやがてパタリとバッタの上から地面に落ちた。
死んだか?
俺は食べ終わったビワモドキの皮でナビの鼻をふさいで楽にしてやろうと―――してそもそもコイツは呼吸してないことを思い出してやめた。
皮は毛布代わりにかけてやることにする俺は多分優しい男なんだろう。
うーん叩いたら治るかな、この虫姦精霊?
俺は左の手刀を振り上げた。
恨むなよ……。
俺は映りの悪い箱形テレビにするようにナビに手刀をふりおろそうとした。
「モルスァ……」
うぉっ、生きてたか。
寝言か……。
ハァ……。
びっくりしたわ。
とりあえず落ち着いたらしい。
いまのうちにこいつの『ステータス』を確認してみよう。
「ステータス、ナビ」
俺はのんきに寝ているナビを指指してそう唱えた。
バッタはナビを鎮めてくれたようなので感謝して埋葬しようかと思ったのだが
体液が溢れて気持ち悪かったので結局ぶん投げ