第一のダンジョンへ・2
「そろそろ最適化を始めよか?」
とマリモ?が相変わらず加藤英美理みたいな声で言った。まあ、いきなり声質が変わったら驚きだが。
…この子、いきなり裏切ったり嘘ついてたりしないよね?
異世界に来てすぐ、得体のしれない生き物にあって不安があったようだ。
いかんいかん。
彼(?)は助けようとしてくれている。
とりあえず、信じよう。
「ああ、だけど君の名前が無いと不便だな」
「それがまさに最適化の最初の手順やで!」
とマリモ君が我が意を得たり、な風情で言いきった。
「んん、というと?」
「つまりやな、今はまだ私もあんちゃんもこの世界ではまっさら、白紙の存在やねん。せやからこの世界の法で有るところの魔法は使えへん」
この世界の法で、魔力を含んだ音でお互いを名付け合うこと。
それによってこの身体(と彼)はこの世界に完全に定着し、適応し、この世界の魔法を使えるようになるのだ、と。
マリモ君は胸を張って言った。
いや、そんな雰囲気であっただけで実際は球形だから普通にしゃべっただけなのかもしれないけどさ。
とにかく。
「まず、俺が君に名前をつけて…」
「そのあと私があんちゃんに名前をつけたるわ!」
「わかった。だけど、俺は名前はもう有るぞ?偽名ってことになるのかな?それで大丈夫なのかな?」
「ん?そう思う?せやったら名乗ってみー」
「ああ、俺は……」
あれ?
なんだこれは。
いくらなんでも自分の名前を忘れるか?
「…もうわからんやろ?」
待て待て。
順番に思いだそう。
俺は交通事故で死んだ。
生前は居酒屋チェーン「タワミ」華川南支店長だった。
大学は北海道鋼業大学経営学部経営工学科。
高校は私立造成高校文理科理系コース。
付き合っていた彼女の名前は八島ゆかり、その前は伊藤小春。
そして俺の名前は……なんだ?
自分の名前が思い出せない……。
何が起きてるんだ。
「あんなー、色々理由はあるねんけど名前は絶対思い出されへんで?この世界にくる代償として支払わないとならんものがいくつかあるねん」
「…代償って…何だよ、ソレ…」
お前、やっぱり裏切るのか?
「ちゃうちゃう。たとえばあんちゃん一回死んだやろ?それもこっちにくる条件の一つやねん。もう死んでること」
「…」
「そんでな?生まれたときにいたやつが死んだ時にいないと生前の世界の法則が崩れるねんて。せやから帳簿上鬼籍に名前を載せたら魂だけ引っ張ってくるねんけどそのとき名前はおいてこんと、あ、コイツおらん!ちゅうことになるやろ?やから魂と名前を切り離すんやけどその過程で名前は忘れてしまうねんて」
話がさっぱりわからん。
「名前だけおいてきてもそれは魂の影。それプラスそれまで生きた軌跡があるかぎり魂はその世界から動いとらんて認識されるんやて」
「誰にだよ?」
「そら、あんちゃんの世界の冥府の神さんやがな。ま、とにかくあんちゃんの元の名前は元の世界にあるからこっちの世界では絶対思い出されへんねんやって、私の中の女神様の知識が言うてはるわ」
「…はあ」
「ちなみにこっちの世界で死んだら魂は元の世界に戻れるねんけど名前が残ってるから戻れるんやって」
別に戻りたくないけどさ。
まあ、とにかくわかったよ。
ちんぷんかんぷんだけど。
まずは命名式を続けよう。
元の世界にも名前にも、もう意味なんて無いんだから。
「せやな。その辺は神さん同士の取り決めみたいやし考えてもしゃーないやろ。いっちょ気張って、ええ名前つけたってーや!」
「わかったよ。ところで…君ってオス?メス?」
毬藻に性別はあるのか?
あるとしたら雄しべ雌しべだろうか。
「性別は無いでー」
「そっか、じゃあどっちにもとれる名前にしよう……ウメボシでどうだ?」
「……あんなあ」
「ごめん。じゃあ……タクアン?」
「……あんちゃん?」
「え、これもだめ?じゃあじゃあミソ」
「なんでことごとく発酵食品から取るねん!」
「いやオスメス関係無いし良いかな、と」
「お前はミソやタクアンと冒険したいんかーい!」
怒られた。
雄しべ雌しべからとって、オシメとか。
我ながらセンスが無いな。
名前何にしよ